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花びら雪舞う、北の故郷 39
「すごい! すごい! くまさん! すごいよ~!」
雪で動物を象るのは得意技なので、次々に作ってやると坊やは大喜びだった。
人懐こい笑顔と輝く瞳に、思わず笑みが漏れる。
みーくんとなっくんの遊び相手をしていた日々を、思い出す。
「えっと、坊やの名前は?」
「メイだよ! 7さい!」
「そうか」
利発で優しい子供だ。
少しみーくんと似た部分もあるな。
思いやりがあって大人しいみーくんと活発で明るいなっくん。
ちょうどメイくんは、中間地点にいるようだ。
「ボク、これ、パパにも見せたいな」
「みーくんも呼んでくるか」
「えっとね……お兄ちゃんはきょうはタイヘンだったから……もう少しきゅうけいしてもいいかな?」
「そうか、君は本当に優しいんだな」
****
「パパー! お兄ちゃんは?」
「しーっ、瑞樹は今眠ったところだ」
「ボク、お兄ちゃんと一緒にいてもいい?」
「いいぞ。芽生も少しお昼寝するか」
「ううん、お兄ちゃんをまもるよ」
寝返りを打った瑞樹が手を空に彷徨わせたので、芽生がその手を取りキュッと握ってやった。
「あったかいね。ボク……お兄ちゃんがだいすきだよ」
「芽生、その気持ち、大きくなっても絶対に忘れるなよ」
「うん!」
瑞樹には、俺と芽生が家族の温もりと愛をいつも届けていく。
ずっと、ずっと傍にいる。
****
暫くすると、坊やのパパがやってきた。
俺はずっと一人で暮らしていたので、人の名前を覚えるのが苦手だ。
「芽生は瑞樹と一緒にいると言うので、俺だけ戻ってきました」
「えっと……名前は?」
「あぁ、滝沢宗吾です」
「あぁそうだったな。そうごさん、どうも」
「どうも」
なんとなく照れ臭い気持ちになった。
彼がみーくんの恋人なのだと思うと、変な感じだ。
まだ俺の頭の中のみーくんは、小さな子供のままだから。
「瑞樹の相手が……俺みたいな男で驚かれたでしょう?」
「いや……別にいいんじゃないか、性別が同じだって」
相手の幸せを願い、相手の喜びを自分の喜びだと感じられる相手。
大切な宝物のような存在が、生涯の伴侶だ。
大樹さんと澄子さんのように。
「そう言ってもらえると助かります」
「みーくんが崖から落ちて来た時、えらく可愛い顔の青年だと感心したよ。で、気絶していたから、ダウンを脱がし俺のベッドに寝かせてやったんだ。勝手に悪かったな」
「……そうだったのですね。助けてもらって感謝しています」
「目を覚ました時、あんなに驚かれるとは思っていなかった」
「……」
明らかに俺を見て顔を引きつらせていた。
何か過去に、見知らぬ相手から酷い目に遭った経験でもあるのか。
あの驚き方と怯え方は尋常でなかった。
今考えると天真爛漫で天使のようなみーくんが、あんな悲壮で悲痛な表情を浮かべるなんて、ありえない。
「……オレが知らないうちに、もしかして何かあったのか」
そう呟くと、宗吾さんは息を呑んだ。
やはり――あったのか。
「くまさんが瑞樹の嫌な記憶を見事に塗り替えてくれました」
「そうか……オレでもまだ役に立つこともあるんだな。青木家に……」
「あります! 大ありですよ! これからですよ!」
詳しくは話せない事情がありそうだな。だが……それは彼らがもう昇華した過去なのだろう。
ならばこれ以上は、突っ込まない。
「オレも生き甲斐を見つけたよ」
「嬉しいです。瑞樹も言っていましたが、どうか前向きに生きて下さい。そして瑞樹の父親代わりになってやって下さい。瑞樹はとても寂しい思いをして成長してきたんです」
なるほど、流石みーくんが選んだ男だ。
いい表情だ。
心構えもいい。
雄大な山のように大らかな性格、明るい気質。
宗吾さんの顔を見つめていると、確信を持てた。
「今は君に愛され可愛い息子を持って、幸せなんだな。ただ、その……一つ気がかりが……」
「何ですか」
「その……君の両親や兄弟にはちゃんと同性愛を受け入れてもらっているのか」
そこだけが気になった。
もしも反対されているのなら、オレが一肌脱いでやりたいとも思った。
「俺の父は既に亡くなっているので、今は母だけですが、受け入れてもらっています。俺の兄にも兄の奥さんにも……それから瑞樹の育ての親兄弟にも、瑞樹は周りから慕われ、皆に愛されていますよ」
「そうか、良かったよ。なぁ……少し思い出話をしてもいいか?」
「もちろんです。聞かせて欲しいです」
……
皆に愛されているか。 みーくんらしいな。
天性の人の良さと可愛らしさは、成長した今も健在だ。
みーくんは両親に愛され弟に慕われ、学校でも控えめな性格なのに沢山の友人に囲まれ笑っていた。彼の背中には天使の羽が生えているように見えたので、いつも清らかな気持ちになったものだ。
大樹さんとは二人で撮影旅行に出て、山登りしながら高原植物や森の動物を撮影した。
山の写真も多かった。
「熊田、この景色は最高だな。瑞樹にも見せてやりたいな」
「いいですね、息子さんと山登りをしたらどうですか。もう10歳なら出来ますよ」
「そうだな。そろそろいいか」
「いいと思いますよ」
そう後押しすると、大樹さんは上機嫌だった。
「秋になったら誘ってみるか。カメラの手解きもして……瑞樹の世界を見せてもらおうかな」
「息子さんと写真で交流ですか。それ、最高ですね」
「他にも、したいことだらけだよ。一緒に酒を飲む日も来るだろうし」
秋は永遠にやって来なかった。
未来もやってこなかった。
……
「うっ……瑞樹のお父さんの話を具体的に聞くのは初めてなので……」
宗吾さんは瞳を潤ませていた。
「あのカメラのことですが、丁度、瑞樹はこの春からカメラを本格的に学ぶことになっていますよ」
「へえ、どこで?」
「あ、申し遅れましたが、俺、広告代理店勤務で友人にカメラマンがいるんです」
「なるほど」
「瑞樹は高校卒業後、上京し、大学卒業後は花の総合商社に勤めています。今はプロのフラワーアーティストです」
そうか、みーくんらしい職業に就いたんだな。
大樹さんは山や動物を撮ることが多かったが、実は野草を撮るのも好きだった。クローバー畑を撮影した写真は、爽やかな風が写真から吹いてくるようで、写真展で評判だった。
「みーくんは、知らず知らずのうちに大樹さんに近づいていたんだな」
「そうですね。瑞樹のお母さんは助手を?」
「そうだな。澄子さんは仕事に理解があって感謝していたよ。撮影のため九州まで行った時は、澄子さんが俺の代わりに助手をしたんだよ」
「九州にも?」
「あぁ、大樹さんの写真が評判になり、地元の観光協会から声がかかってな」
大樹さんはいつも、招かれた土地について深く学び愛着を持ち、写真に深い愛情を込めていった。いつも実直で丁寧な仕事ぶりで好評だった。
今でも、オレの憧れのカメラマンだ。
「それ、瑞樹が起きたら、また話して下さい。当時の彼はまだ幼く、事故の恐怖で父親の記憶が吹っ飛んでいたので……喜びますよ」
「分かった。オレがこの17年間温めてきた大樹さんの姿を伝えるよ」
大切な思い出を語れる人がいる。
受け継いだ願いを、伝えられる人がいる。
そんな人が存在すると、生きていくのが楽しくなるんだな。
みーくんは、オレにとって『幸せな存在』だ!
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