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花びら雪舞う、北の故郷 40

 見渡す限りのクローバー畑。  そこに、僕はいた。  正確には空から見下ろしていた。  真っ白なワンピースを着ているのは、お母さん。  青いシャツを着ているのは、お父さん。  二人は木漏れ日をウェディングベールに、白ツメ草の指輪を結婚指輪に見立てて、結婚式を挙げていた。  カシャッ――  小気味よいシャッター音が、何度も聞こえた。  まるで参列者の暖かい拍手のようだと思った。 「大樹さん、澄子さん、結婚おめでとうございます!」 「ありがとう、熊田」 「ありがとう、くまさん」  あぁ……なんて幸せな光景だろう。  こんな人達の子供になりたいな。  あのクローバー畑に立ってみたいな。  そう願うと……急に目映い光に包まれて、僕は天国から地上に舞い降りていた。  あの人達の子供として生まれるために――  僕は、その日、天使から赤ちゃんへと生まれ変わったんだ。 「大樹さん、私たちに赤ちゃんがやってきたみたい!」 「妊娠したのか」 「えぇ!」 「澄子、ありがとう」  喜んでもらっている。  心から歓迎されている。  うれしいな。  この人達が、ボクのパパとママになるんだね。   「あっ……」  不思議な夢を見て飛び起きると、小さな温もりを感じた。  僕の手を、芽生くんがギュッと握ってくれていたのだ。  芽生くんは僕の膝の上あたりに頭を乗せて、スヤスヤと眠っていた。 「芽生くんのおかげだ。あんなに素敵な夢を見られたのは。でも転た寝は、風邪をひいてしまうよ」    そっと芽生くんを抱きあげて布団に入れてあげると、芽生くんはムニャムニャと寝言を言って、また眠りに落ちてしまった。 「お兄ちゃんは……ボクがまもるよ」  心がぽかぽかになる言葉を、いつもくれるんだね。  芽生くん、ありがとう。  僕も芽生くんを守るよ。  君がスクスク成長するのを、ずっと傍で見守らせて欲しい。  芽生くんの温もりに包まれながら、改めて辺りを見渡した。  さっきは恐怖に包まれて逃げ出してしまったが、今は違う。  ここは懐かしい匂いがする。    ここは、くまさんの家であり、僕のお父さんの仕事場だった場所だ。  僕はまだ小さかったので、中に入ったことはなかった。でも、よく思い出せば、このログハウスの前までは何度か車で来たことがあった。 「参ったな。僕……事故を境に色んなことを忘れてしまっていたんだ。さっき二階の扉を開けてから、まるで記憶の扉が開いたように、どんどん蘇ってきている」  お父さんを一番よく知る、くまさんとの再会が嬉しくて溜まらない。 「……森のくまさんのシチュー、また食べたいな」  ふと口をついて出た言葉に、芽生くんがパチッと目を開けて反応した。 「お兄ちゃん……あれれ? ボクいつの間に?」 「芽生くん、僕の眠りを守ってくれてありがとう」 「えへへ。ぐぅうう~」 「もしかして、お腹がすいた?」 「うん!」  なにやら美味しそうな匂いが漂ってきたので空腹を感じたのかな。  ふたりで手を繋いで、リビングに行ってみた。 「あっ!」  驚いたことにそこには、さっき飲みたいと呟いたばかりの『森のくまさんのシチュー』が湯気を立てて並んでいた。 「みーくん、起きたのか。 ちょうど起こそうと思ったんだ」 「これ……森のくまさんのシチューですか」 「そうだよ。みーくんの好物だったよな」 「僕の家に来た時に、よく作ってくれましたよね。ミルクとチキンに人参や玉葱がゴロゴロ入っていて美味しかったです」 「覚えているのか」 「今、さっき思い出したばかりですが……」 「そうか」  宗吾さんが、くまさんとのやりとりを目を細めて見つめてくれる。 「瑞樹、幼い頃のこと、どんどん思い出しているんだな」 「はい……もっともっと知りたいです」 「それがいい。俺も君が小さかった時の話を聞きたいよ」 「はい!」  記憶って、不思議だ。  何かの拍子に戻って来てくれる。  楽しかった思い出、嬉しかった思い出。  そんな思い出は普段忘れていても、心の引き出しにきちんと収まっているようだ。  幸せな記憶を辿ってみよう。  くまさんともっと話してみたい。 「瑞樹、今日はここでゆっくりしていこう。俺も熊田さんともっと話したい」 「宗吾さん、いいんですか」 「ボクもそうしたい。おにわであそびたいんだ」  庭先には、雪で出来たうさぎやキツネが並んでいた。    まるで童話に出てくるようにデフォルメされていて、かわいらしかった。 「あっ……」 「これ、みーくんにも作ってやったよな」 「はい、覚えています。『うさぎのミミ』と『キツネのナッツ』って、名前つけていましたよね」 「そうそう!」    ほら、また思い出す。  幼い頃の記憶が、次々に戻って来ている。 「僕……幸せだったんですね」 「そうだよね。今も昔も、みーくんは幸せだったんだよ」           

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