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花びら雪舞う、北の故郷 42

「いただきまーす!」 「いただきます」  くまさんが作ってくれた熱々のシチューを口に入れると、その味にはっとした。 「あ……懐かしいです。この味……僕……覚えています」 「思い出したか」 「森のくまさんのシチューはミルクたっぷりの濃厚な味で、大好きでした」 「よかった。味、変わってないか」 「はい! 当時のままです」  本当に何一つ変わっていない。  なのにどうして僕はこんなにも長い間、くまさんの存在を思い出せなかったのか悔やまれるよ。 「瑞樹……幼い瑞樹は幸せに包まれていたんだな。こんなに美味しいシチューを食べて、両親だけでなく、くまさんにも愛されていたんだな」 「宗吾さん……ありがとうございます。まだ断片的ですが思い出がポロポロ戻ってきています。それが嬉しいです」 「お兄ちゃん、あのね……」  芽生くんが甘えた声を出したので、僕はすぐに察することが出来た。 「シチュー、少し芽生くんには熱いね。お兄ちゃんが、ふぅふぅしてもいい?」 「うん!! えへへ、お兄ちゃんってやっぱり魔法使いだね」  僕と芽生くんの様子を、くまさんが目を細めて見つている。 「あぁ、幸せだ。何だか一気に息子と孫まで出来た気分だ。って、そんな風に思ったら図々しいよな」 「いえ、嬉しいです。とても嬉しいことです」 「そ、そうか。みーくん、俺はこの通り、引きこもりの駄目人間さ。カメラ以外、取り柄もない男だが、俺が大樹さんから受け続いたことを息子の君へと橋渡ししたいんだ」 くまさんは引きこもりなんかじゃない。  僕を幸せにしてくれる存在だ。 「あの……くまさんのこと……僕のお父さんだと思ったら、駄目ですか。図々しいですか」 「みーくん……それは……俺がそんな……大樹さんの変わりなんて無理だよ」 「僕は、そうなれたら……と願っています」  本心から願っていた。  だって、僕たちはこの地上で生きている者同士だから。  力を合わせて、乗り越えて行きたい。 「嬉しいよ。実は……最近、このままここで……独りで老いていくと思うと、妙に寂しかったんだ」 「くまさん、森のくまさんっ、あぁどうか、また以前のように僕と交流してください。僕は父さんの息子です。青木大樹の息子です」 「わかった。君は大樹さんが溺愛していた大切な息子で、今日からは俺の息子でもあるんだ」  熱々のシチューで温まった身体が、更に上昇していく。  芽生くんが、となりでキョトンとしていた。 「芽生くん? ごめん。びっくりさせちゃったね」 「あ、あのね、よくわからないけれど……」 「くまさんはね、僕のお父さんの親友だったんだよ」  師匠と弟子であり、親友だったんだ。 「しんゆう?」 「うん。大切なお友達だよ」 「えっとね、おにいちゃんのおとうさんになるんでしょう?」 「そうだよ」 「じゃあ、じゃあ……」  芽生くんの瞳がキラキラと輝き出す。  何か幸せを見つけた時の表情だね。 「うん?」 「あのね、じゃあ……ボクにも『おじいちゃん』ができたのかな?」  芽生くんは、誰もが幸せになる言葉を放ってくれた。 「あぁそうだ。芽生くん、俺が君のじーちゃんになってもいいか」 「わぁ! すごくうれしい! お兄ちゃんにお父さんができたのも、ボクにおじいちゃんができたのも、りょうほう、うれしいよ」  芽生くんがくまさんに抱きつくと、くまさんが高く抱き上げてくれた。 「わぁ~ くまさんのおひげ、くすぐったい~」 「芽生くん、よろしくな」 「はーい!」  芽生くんが大きな声で、元気に返事をしてくれる。  あぁ僕は、こんな光景を以前見たことがある。  僕もあの腕に中にいたことがある。 「そうだ、みーくんに頼みがあるんだ」 「何ですか」 「よかったら、大樹さんと澄子さんと夏樹君の墓前に、俺を連れていって欲しい」 「あ……嬉しいです。もちろんです。宗吾さん、いいですか」  ずっと僕とくまさんの話を聞いていた宗吾さんも、破顔する。 「そう来なくっちゃ! お墓はここから近いし、俺は最初からそのつもりだったよ」 「え……そうなんですか」 「シチューを食べたら行くか」 「はい!」 「おぉ、ありがとう! 嬉しいよ」   

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