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花びら雪舞う、北の故郷 44 

 雪が暖かいと思ったことなんて、この17年間一度もなかったよ。  孤独の世界を、更に孤独にするものだと思っていた。  ずっと、ずっと……雪はこの胸のつっかえのように、苦しく重たかった。 「大樹さん、大樹さん、俺を許してくれるのですか」  雪降る空を、大きく仰ぎ見た。  雲のまた上に、大輝さんと澄子さんとなっくんが、肩を寄せ合って笑ってくれているような気がした。  ずっと探していた……彼らの気配を初めて感じられた。  大樹さんの声だ。 『全く熊田は馬鹿だなぁ、自分をそんなに追い込んで……あれは……俺の運命だったのに。なぁ、瑞樹のことはお前に頼んだぞ。俺たちが出来なかった親らしいことをしてやってくれないか』  澄子さんの声が続く。   『熊田さん、あなたは責任感が強く真面目だったから、そんな風に自分のことを責めてしまっていたのね。苦しかったでしょう……どうかもう解き放たれて。私が願うことは、地上に独り残してきた瑞樹の幸せよ。瑞樹は、知っていると思うけど、恥ずかしがり屋で優しい子なの。どうか見守ってやって……瑞樹が幸せに暮らせるように』  なっくんの無邪気な声も聞える。 「もりのくましゃん~ おにいちゃんとあえた? おにいちゃんといっぱいあそんでね。ぼくのかわりに、いっぱいだよ」  彼らの言葉が聞える! 「うっ……うう……許してくれるのですね。俺がしたことを」  墓前の前に跪き泣き崩れる俺の背中に、みーくんがそっと寄り添ってくれた。 「くまさん、くまさん……あの、よかったら僕たちと一緒にスキーをしませんか」 「え?」 「お父さんとは、よくしたんですよね? 僕も上達したんですよ」 「だが、みーくんの身体が……」 「あぁそれなら、休んだので大丈夫です。不思議な程、元気ですよ。宗吾さんと芽生くんとも一緒に滑って欲しいです」 「いいのか、喜んで!」 ****  僕たちは再び昨日のスキー場にやってきた。 「瑞樹、本当に身体は大丈夫なんだな?」  宗吾さんに念を押されたので、僕は笑顔で答えた。 「はい! 問題ないです。それより滑りたくってウズウズしています」 「いいな、今日の君……とても前向きだ」 「お兄ちゃん、みんなですべろうよ。くまさんをせんとうに」 「そうだね」  くまさんはお父さんとスキーしながら写真を沢山撮っていたようだから、きっと上手なのだろう。 「みーくん。俺は17年ぶりにスキーをするよ」 「本当に、ずっとしてなかったのですね」 「何もかも、申し訳なくてな。だが今は違う。みーくん達と一緒に滑りたくて仕方が無いよ」 「嬉しいです」  僕とくまさん、宗吾さんと芽生くんとで、ペアリフトに乗った。   「みーくん、小さな君ともこうやって乗ったよ」 「そうだったんですね。すみません。思い出せなくて」 「いや、大丈夫さ。ゆっくり思い出していこう」 「はい」 「ほら、ストックをしっかり持って、落としちゃうぞ」 「あっ……」  小さい頃、僕はリフトに乗るのが怖かったことを思い出した。  落っこちたらたらどうしようって、心が震えていた。  そんなある日、僕はストックを本当に落下させてしまった。  失敗したショックで泣いてしまった。  ストックがなかったら滑ることが出来ないと、怖くもなった。 『あそこならコース内だし、取りに行ける。ちょっと待ってろ』    その時、いち早く滑り降りて、ストックを取って来てくれた人がいた。 『おーい! あったぞ』  その人は、若かりし頃のくまさんだ。 「あ……くまさんでした。僕のストックを拾ってきてくれたのは」 「そうだよ。一度落として、みーくん、しくしく泣いちゃったよな」 「すみません」 「謝らなくていいよ。俺が取ってきてやったら、可愛い笑顔で笑ってくれたよな」  そんな日もあった。 「みーくん……何かを失うのは怖いが、今を生きていれば、掴めるモノの方が多いんだな」 「僕もそう思います」  僕は生きている。  今を大切に生きている。  以前は心配ごとや不安なことに気を取られて、目の前のことに集中できなかった。だが最近は、今いてくれる人や目の前にあることが、この瞬間だけの大切なことだと感謝して過ごしている。 「よし、滑るぞ! みんな付いてこい」  くまさんの身体は、スキーを覚えているようだ。だから彼を先頭に、僕らはゆっくり滑っていくことにした。 「芽生くん、大丈夫かな?」 「うん。パパはだいじょうぶかな?」 「なんとか」 「宗吾さん! 上手です! その調子です」 「皆、もう少し身体の力を抜け、転んでもいいんだぞ~ 俺が手助けしてやるから」  ところが、くまさんが最初に派手に転んでしまった。 「くまさんっ、大丈夫ですか」  すっと手を差し出すと、くまさんが泣きそうな顔で僕を見上げた。 「みーくん。俺……もう、独りじゃないんだな。転んでも手を差し出してくれる人がいるんだな、嬉しいよ」  僕の存在が意味を成す。  そんな言葉だった。 「はい! くまさんはもう独りではありません。僕らがついています」    生きていてよかった。  くまさんの希望になる。  くまさんの未来になる。  この地上に残された僕が――

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