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花びら雪舞う、北の故郷 48

 翌朝、僕は誰よりも早く起きた。  疲れは、もうすっかり取れていた。  身体も、どこも痛くない。  だからコテージのカーテンを開けて、雪景色を楽しんでいた。 「綺麗だな」  僕にとっては、懐かしい白銀の世界。  大沼の家に住んでいた時よく早起きして、こんな風に……二階の子供部屋から裏の草原を眺めていた。  窓からの景色は素晴らしかった。  春から夏にはシロツメクサが生い茂り、夏には庭の花壇の向日葵がスクスク成長していた。秋には色鮮やかな落ち葉が舞い、冬には一面の雪景色だった。  そこは一番身近に四季を感じられる場所だった。  そして1年を通じて弟との遊び場だった。  転んでも牧草や雪が夏樹を守ってくれるので、思う存分小さな夏樹と遊ぶことが出来た。 『おにいちゃん、なっくんもやりたい』 『おにいちゃん、なっくん、おんぶ』  思い返しても、いつも可愛いおねだりだったな。  コテージの裏庭に広がる白い平野を見つめながら思い出に耽っていると、ポスッと背中に温もりがくっついた。 「お兄ちゃん~ おはよう!」 「芽生くん、おはよう! 今日も早起きだね」 「うん! お兄ちゃんと一緒に遊ぼうと思って」 「わぁ、うれしいよ、何して遊ぼうか」 「あそこに行ってみたい」  芽生くんが指さすのは、僕が今見ていた裏庭だった。 「よし! 外で遊ぼうか」 「あたらしい雪、ふんでみたいな」 「行ってみよう!」  芽生くんに壁にかけて乾かしていたスキーウェアを着せて、僕もダウンを着込んで外に出た。  よく晴れているね。 「雪がキラキラだね」 「降り積もったばかりの雪だからね」 「お兄ちゃん、走ってみよう!」 「うん!」  ここなら大丈夫! 転んでも雪が守ってくれるよ。 「わーい、雪だ~」  芽生くんが大きな声で叫びながら、元気よく駆け回る。  だから、僕も一緒になって走ってみた。  気持ちいいし、楽しいね! 「あれ? お兄ちゃん、あそこにまた天使の羽が!」 「あ……」  空を見上げると、あの日のように天使の羽が舞っていた。 「そうか、ダウンが……」  崖から落ちた時に僕を守ってくれたダウン。気が付かなかったが腕の部分が少し破れてしまって、そこから羽毛が漏れていたのだ。 「だいじょうぶだよ。おにいちゃん、なおせばいいんだよ」 「そうだね」 「やっぱりここには天使の羽がギュッとつまっていたんだね。だからお兄ちゃん、ケガしなかったんだね。天使さんにまもってもらったんだね」  芽生くんの発言に、破れて悲しいという後ろ向きな気持ちは吹っ飛んでいく。   「芽生くん、ありがとう!」 「えへへ、お兄ちゃん~、だっこ」 「いいよ!」  芽生くんがピョンっと僕に飛びついてくれる。  だからギュッと抱きしめて、高く抱っこしてやる。  また少し重たくなったかも。  あとどれ位、こんな風に抱きついてくれるのか。  あとどれ位、一緒に眠ってくれるか。   愛おしいよ、この一瞬一瞬が。 「おーい、朝ご飯だぞ~」 「あ、宗吾さん」 「パパー おなかすいたー」  朝食はホットケーキだった。宗吾さんの十八番で、ふわふわな生地がとても美味しい一品だ。 「そうだ、バターが残っているから、たっぷりのせよう」 「パパ、あれもぬりたい」 「あれって?」 「森のくまさんのハチミツだよ~ 昨日くまさんにもらったよね?」  ギョギョ!  あれは……残っているのかな?  昨日、宗吾さんがたっぷり塗ったような?  違った! 塗ったのは僕だった!  わ、わ……まずいな。  宗吾さんも、頬が引きつっている。 「芽生~ ごめんな」 「どうしたの?」 「パパが全部食べちゃった」 「えー!」  芽生くんが目を丸くしている。 「美味しくて止まらなくなって……なっ、瑞樹」 「え? ぼ、僕は知りませんよ」  僕にふらないで下さいー! 「くすん……とってもおいしそうだったのに、パパ、たべちゃったんだ。ひとりじめはだめだよぉ。くすん……くすん」  わわ、芽生くんのテンションが下がっていく。 「そうだ! 芽生くん、またもらいに行こうか」 「え? いいの?」 「ん、お兄ちゃんも少し用事があって……」 「おー、朝食後また遊びに行くか」 「是非!」  くまさんのログハウスまでは、コテージから車で10分ほどの距離だ。 実はまだ夢を見ているようで、本当にくまさんが存在するのか、確かめたくなっていた。  宗吾さんも、快諾してくれた。 ****  徹夜で作業してしまった。  夢中で俺は写真ネガを現像して、アルバムを作った。 「よし、出来た。あとは……そうだ」  昨日持たせた蜂蜜は小瓶だったが、みーくんの家族には少し少なかった気がするんだよな。  大瓶の蜂蜜も持っていこう。  時計を見ると、もう10時だった。  ところが……そこまで夢中で準備して、急に怖くなった。  昨日の出来事は、本当に現実だったのか。  まるで夢のようだ。  みーくんを俺が助けることが出来るなんて。  みーくんが俺を許し、俺を父親代わりに思ってくれるなんて。  全部……都合のいい、俺の夢では?  完成したアルバムと大瓶のハチミツを抱えた俺の足は、ぴたりと止まってしまった。  怖がっている場合か。  だが、怖い。  幸せに慣れていないから、この一歩を踏み出すのが怖い。 『熊田、お前はヘンな所で気弱だな。ほらもう前を見て歩け』 『熊田さん、歩み寄って……お願いよ』  大樹さんが昔のように背中を押してくれる。  澄子さんが励ましてくれる。  意を決して車のキーを握って歩き出した瞬間、敷地に入って来る車が見えた。 「え……」  

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