984 / 1741
花明かりに導かれて 1
季節は巡り、三月。
「瑞樹、今日は遅くなるんだったよな」
「はい。カメラ教室なので」
「あのさ、林さんの所だから行かすんだぞ」
「あ……はい」
「とにかく気をつけて」
「分かりました」
「おっと、ちょっと待て」
玄関先で、最初は頬にチュッとキスをされた。
「あ、あの、もう、行かないと」
「もう少しだけ、あと1分……」
その後、顎を掬われ、唇にキスを落とされる。
芽生くんは一足先に登校していったので、家には僕たちだけだ。
だからキスがどんどん深くなっていく。
宗吾さんに包まれるようにキスを受けていると、いつも感じることがある。
――まるごど愛されている――
大きな船に乗っているような安定感と安心感を感じる、居心地が良い場所がここだ。
「ふっ……うっ……」
困ったことに、スーツ姿の宗吾さんはかなり格好良くて、熱く求められるとクラクラしてしまうよ。
「ん……っ、ん……」
舌を差し込まれ絡まり合う深いキスをされ、身体がどんどん火照っていく。
だから唇を離されても、ぼうっとしたままで、宗吾さんの胸元にもたれてしまった。
「トロンとして可愛いな。怒った?」
「怒ってはいません……ですが、その……出社前に……困ります」
「感じそうになった?」
「も、もう――」
「瑞樹、週末が待ち遠しいよ」
「僕もです」
旅行中は例外で、普段は宗吾さんに抱かれるのは週末限定だ。
受け入れる僕の身体の負担を考えてくれ、大切にされている喜びを知る。
「ごめんな、がっついた」
「い、いえ……」
「濡れて色っぽい」
濡れた唇を、宗吾さんが照れ臭そうにハンカチで拭いてくれる。
「よし! 俺もなんとか静めた」
「くすっ、さぁもう行きましょう。遅刻ですよ!」
「ヤバいな。よしっ駅まで走るか」
「はい! 僕も負けませんよ」
今日も僕は宗吾さんと、前へ前へと進む。
いつも通り最寄り駅の改札で宗吾さんと別れて歩き出すと、菅野に声を掛けられた。
「葉山、おはよう!」
「おはよう! 菅野!」
小森君とお付き合いしている菅野の幸せオーラは、僕が蹴落とされてしまう程に目映い。
「管野、今日もご機嫌だな」
「分かるか。今日は、仕事の後、デートなんだ」
「熱々だな」
「寺の仕事は夕方終わるから、その……会いやすいんだ」
「いいね。そうか、管野は実家に戻ったんだよね。通勤、大変じゃないのか」
「こもりんと会える時間が増えたから、苦にはならないよ」
分かる。
好きな人と過ごす時間のためなら、人は空を飛ぶ鳥のように舞い上がり、愛しい人の元に舞い戻る。
僕もそうだから。
月二回の林さん主催のカメラ教室は、とても勉強になるし楽しいが、終わった途端に帰りたくなる。
仕事の後21時までの教室なので、帰り道はどうしても急ぎ足になる。
林さんに何度か飲みに誘われたが丁重に断ってしまうよ。
何故なら……
早く、僕の大切な家族に会いたくなる!
宗吾さんと芽生くんの顔が見たくなる!
「そういえば、不思議だよ」
「ん? 何が?」
「あんなに和菓子を食べているのに、菅野は全然太らないんだな」
「そういう瑞樹ちゃんだって、スリムなままだぞ」
「そ、そうかな?」
菅野は明るくて爽やかで、いい奴だ。
最近キリッとデレッを、繰り返しているが……
「俺さ、実はそんなに食ってないんだよ。こもりんに食べさす方が楽しくて、つい自分の分もあげちゃうんだ」
「え? じゃあ小森くんが太ったの?」
「いんや、こもりんは小さな身体で重労働しているから、きっと消費カロリーが多いんだよ。相変わらず三度の飯よりおやつが好きだけどな」
確かに月影寺は広い山寺なのに、住職の翠さんと副住職の流さん、そして通いの小坊主、小森くんしかいないなんて不思議だ。
丈さんと洋さんもいるし、あまり目立ちたくないのか……本当にあのお寺には私利私欲がなく、穏やかな気持ちになれる。また彼らにも会いたい。
「そういえば、驚くことがあって」
「何?」
「こもりんとデートしていたら偶然、俺の高校時代の同級生と会ったんだ」
「うん?」
「そうしたら、なんと彼らも付き合っていてさ」
「ん?」
「男同士なんだ」
「……そうなのか」
それは驚いただろうな。
僕だって、菅野が僕のように同性と付き合うことになり、驚いた。
しかしそれ以上に嬉しかった。
管野の嬉しそうな顔を見ていると、僕の心もポカポカになった。
「そのうち、葉山にも紹介するよ」
「いいの?」
「きっと、気が合うよ」
「嬉しいよ」
こうやって人と人の輪は広がっていくのか。
「そういえば、葉山のコンテスト応募作品、すごく良かったな」
「見てくれたのか」
「冬のスキー旅行を経て、また一皮剥けたようだって、リーダも褒めていたよ」
「そうかな? だとしたら嬉しいよ」
函館旅行で、僕は森のくまさんと出逢った。
くまさんとの出逢いは、両親の記憶を取り戻す鍵だった。
扉を開けると、次々に思い出した。
一番忘れてしまっていたお父さんのことを。
「タイトルも良かったよ。『花々の再生』か……深い意味がありそうだな」
****
「パ、パー!」
いっくんに呼ばれて、オレは勢いよく駆け寄った。
「いっくん、お帰り!」
「パパっ、だっこぉ」
可愛い声に誘われるように、高く、高く抱っこしてやる。
「元気だったかー」
「パパ、あいたかったよ~、いっくんね、もう、どこにもいかないで、ずっといいこしてたよ」
「えらかったな」
頭を撫でてやると、目を閉じて気持ち良さそうな顔をしてくれた。
隣を歩く菫さんも、そっといっくんの頭を撫でた。
「いっくん、いい子に待てたのよね。潤くん、お帰りなさい」
「ただいま!」
「やっと帰って来てくれたのね。急な研修で2週間もいないなんて、ちょっと寂しかったな」
函館から戻ってすぐ、蓼科高原のイングリッシュガーデンへ2週間、泊まり込みの研修を命じられたのだ。タイミング的に迷ったが、その研修を経れば仕事のスキルもアップするし、給料もあがるそうなので頑張った。
もう間もなく……オレは一人ではなくなる。
一緒に成長を見守りたい家族が出来る。
だから仕事ももっと頑張ろう!
「菫さん、待たせてごめん」
「ううん、仕事だったし」
「いよいよ今週末だな。菫さんの両親に挨拶に行くの」
「うん、緊張しちゃう」
「オレ、頑張るよ」
「潤くんなら大丈夫。私が太鼓判押すわ」
「……オレさ、そんないい奴じゃないよ」
「それを言ったら私だって……潤くん、あのね、人間は完璧じゃないわ」
菫さんの言葉はいつも前向きで、オレの後ろめたい過去を解放してくれる。
だから好きだ。
だから愛してる。
この人といっくんと暮らしたい。
確固たる夢を叶えに行こう!
信州、松本へ。
あとがき(不要な方は飛ばしてくださいね)
****
今日から新しい節に入ります。
『花明かりに導かれて』というタイトルに沿って、また宗吾さんと瑞樹、芽生のこと、
彼らの周りの人達のこと、何気ない日常生活をのんびり書いていければと思います。
どうぞよろしくお願いします。
ともだちにシェアしよう!