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花明かりに導かれて 1

 季節は巡り、三月。 「瑞樹、今日は遅くなるんだったよな」 「はい。カメラ教室なので」 「あのさ、林さんの所だから行かすんだぞ」 「あ……はい」 「とにかく気をつけて」 「分かりました」 「おっと、ちょっと待て」    玄関先で、最初は頬にチュッとキスをされた。 「あ、あの、もう、行かないと」 「もう少しだけ、あと1分……」  その後、顎を掬われ、唇にキスを落とされる。    芽生くんは一足先に登校していったので、家には僕たちだけだ。  だからキスがどんどん深くなっていく。  宗吾さんに包まれるようにキスを受けていると、いつも感じることがある。  ――まるごど愛されている――  大きな船に乗っているような安定感と安心感を感じる、居心地が良い場所がここだ。 「ふっ……うっ……」  困ったことに、スーツ姿の宗吾さんはかなり格好良くて、熱く求められるとクラクラしてしまうよ。 「ん……っ、ん……」  舌を差し込まれ絡まり合う深いキスをされ、身体がどんどん火照っていく。  だから唇を離されても、ぼうっとしたままで、宗吾さんの胸元にもたれてしまった。 「トロンとして可愛いな。怒った?」 「怒ってはいません……ですが、その……出社前に……困ります」 「感じそうになった?」 「も、もう――」 「瑞樹、週末が待ち遠しいよ」 「僕もです」  旅行中は例外で、普段は宗吾さんに抱かれるのは週末限定だ。  受け入れる僕の身体の負担を考えてくれ、大切にされている喜びを知る。 「ごめんな、がっついた」 「い、いえ……」 「濡れて色っぽい」     濡れた唇を、宗吾さんが照れ臭そうにハンカチで拭いてくれる。   「よし! 俺もなんとか静めた」 「くすっ、さぁもう行きましょう。遅刻ですよ!」 「ヤバいな。よしっ駅まで走るか」 「はい! 僕も負けませんよ」    今日も僕は宗吾さんと、前へ前へと進む。  いつも通り最寄り駅の改札で宗吾さんと別れて歩き出すと、菅野に声を掛けられた。 「葉山、おはよう!」 「おはよう! 菅野!」  小森君とお付き合いしている菅野の幸せオーラは、僕が蹴落とされてしまう程に目映い。 「管野、今日もご機嫌だな」 「分かるか。今日は、仕事の後、デートなんだ」 「熱々だな」 「寺の仕事は夕方終わるから、その……会いやすいんだ」 「いいね。そうか、管野は実家に戻ったんだよね。通勤、大変じゃないのか」 「こもりんと会える時間が増えたから、苦にはならないよ」  分かる。    好きな人と過ごす時間のためなら、人は空を飛ぶ鳥のように舞い上がり、愛しい人の元に舞い戻る。  僕もそうだから。  月二回の林さん主催のカメラ教室は、とても勉強になるし楽しいが、終わった途端に帰りたくなる。  仕事の後21時までの教室なので、帰り道はどうしても急ぎ足になる。  林さんに何度か飲みに誘われたが丁重に断ってしまうよ。  何故なら……  早く、僕の大切な家族に会いたくなる!  宗吾さんと芽生くんの顔が見たくなる! 「そういえば、不思議だよ」 「ん? 何が?」 「あんなに和菓子を食べているのに、菅野は全然太らないんだな」 「そういう瑞樹ちゃんだって、スリムなままだぞ」 「そ、そうかな?」  菅野は明るくて爽やかで、いい奴だ。  最近キリッとデレッを、繰り返しているが…… 「俺さ、実はそんなに食ってないんだよ。こもりんに食べさす方が楽しくて、つい自分の分もあげちゃうんだ」 「え? じゃあ小森くんが太ったの?」 「いんや、こもりんは小さな身体で重労働しているから、きっと消費カロリーが多いんだよ。相変わらず三度の飯よりおやつが好きだけどな」  確かに月影寺は広い山寺なのに、住職の翠さんと副住職の流さん、そして通いの小坊主、小森くんしかいないなんて不思議だ。  丈さんと洋さんもいるし、あまり目立ちたくないのか……本当にあのお寺には私利私欲がなく、穏やかな気持ちになれる。また彼らにも会いたい。 「そういえば、驚くことがあって」 「何?」 「こもりんとデートしていたら偶然、俺の高校時代の同級生と会ったんだ」 「うん?」 「そうしたら、なんと彼らも付き合っていてさ」 「ん?」 「男同士なんだ」 「……そうなのか」  それは驚いただろうな。  僕だって、菅野が僕のように同性と付き合うことになり、驚いた。  しかしそれ以上に嬉しかった。  管野の嬉しそうな顔を見ていると、僕の心もポカポカになった。 「そのうち、葉山にも紹介するよ」 「いいの?」 「きっと、気が合うよ」 「嬉しいよ」  こうやって人と人の輪は広がっていくのか。 「そういえば、葉山のコンテスト応募作品、すごく良かったな」 「見てくれたのか」 「冬のスキー旅行を経て、また一皮剥けたようだって、リーダも褒めていたよ」 「そうかな? だとしたら嬉しいよ」  函館旅行で、僕は森のくまさんと出逢った。  くまさんとの出逢いは、両親の記憶を取り戻す鍵だった。  扉を開けると、次々に思い出した。  一番忘れてしまっていたお父さんのことを。 「タイトルも良かったよ。『花々の再生』か……深い意味がありそうだな」  **** 「パ、パー!」  いっくんに呼ばれて、オレは勢いよく駆け寄った。 「いっくん、お帰り!」 「パパっ、だっこぉ」  可愛い声に誘われるように、高く、高く抱っこしてやる。 「元気だったかー」 「パパ、あいたかったよ~、いっくんね、もう、どこにもいかないで、ずっといいこしてたよ」 「えらかったな」  頭を撫でてやると、目を閉じて気持ち良さそうな顔をしてくれた。  隣を歩く菫さんも、そっといっくんの頭を撫でた。 「いっくん、いい子に待てたのよね。潤くん、お帰りなさい」 「ただいま!」 「やっと帰って来てくれたのね。急な研修で2週間もいないなんて、ちょっと寂しかったな」  函館から戻ってすぐ、蓼科高原のイングリッシュガーデンへ2週間、泊まり込みの研修を命じられたのだ。タイミング的に迷ったが、その研修を経れば仕事のスキルもアップするし、給料もあがるそうなので頑張った。  もう間もなく……オレは一人ではなくなる。  一緒に成長を見守りたい家族が出来る。  だから仕事ももっと頑張ろう! 「菫さん、待たせてごめん」 「ううん、仕事だったし」 「いよいよ今週末だな。菫さんの両親に挨拶に行くの」 「うん、緊張しちゃう」 「オレ、頑張るよ」 「潤くんなら大丈夫。私が太鼓判押すわ」 「……オレさ、そんないい奴じゃないよ」 「それを言ったら私だって……潤くん、あのね、人間は完璧じゃないわ」  菫さんの言葉はいつも前向きで、オレの後ろめたい過去を解放してくれる。  だから好きだ。  だから愛してる。  この人といっくんと暮らしたい。   確固たる夢を叶えに行こう!  信州、松本へ。 あとがき(不要な方は飛ばしてくださいね) **** 今日から新しい節に入ります。 『花明かりに導かれて』というタイトルに沿って、また宗吾さんと瑞樹、芽生のこと、 彼らの周りの人達のこと、何気ない日常生活をのんびり書いていければと思います。 どうぞよろしくお願いします。

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