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花明かりに導かれて 2
「葉山、ちょっといいか」
「はい!」
朝、着席するなりリーダーに呼ばれた。
「おめでとう!!」
「え?」
「『花々の再生』が、花と緑のコンテストで『特別優秀賞』を取ったぞ」
「ほ……本当ですか」
「あぁ、あれは良かった。本当におめでとう。また君のフラワーアーティストとしての経歴が増えたな」
「そんな……」
函館旅行から帰ってすぐにコンテストに会社の推薦を受けて出た。
『花と緑のコンテスト』は、大切な人に贈りたい愛の花をテーマに開催されたものだった。
僕はくまさんとの再会の喜びを表現したくなった。だから、枯れ果てた荒野が緑の絨毯で覆い尽くされ、やがて花咲く様子をフラワーバスケットの中で再現した。
人は誰もが心に小さな種を持っている。
幸せな時も辛い時も、その種は心の中で確実に育ち、小さな芽生えを迎える。そこから先は、まだ弱い根を必死に張って芽吹いていく。
茎を伸ばし葉を大きく広げて、空へと向かって咲く花。
僕はここにいる。
ここに根を張り、ここで成長していく!
そんな願いを込めて作ったものが、受け入れられたのか。
とても嬉しい。
「葉山、良かったな。認められて」
「嬉しいです。とても――」
「そうだ、君が撮影した写真も社内で好評だぞ」
「え? 本当ですか」
「カメラスクールに通い出した効果が出ているのかな? カメラと花を扱う新進気鋭の若手職員、葉山瑞樹というテーマで広報誌の特集を組むと広報室が張り切っていたが……取材はNGだったよな」
「あ……いえ」
そうか、リーダーはあの軽井沢の悲惨な事件を知っているから、ずっと警戒して、僕を守ってくれていたのか。
「少し、その件で話しても?」
「あぁ、移動するか」
「はい」
会議室で僕は函館で宗吾さんから聞かされたことを、リーダーに伝えた。
「なんと! じゃあ、もう会社ごと函館から消え……しかも葉山への執着がなくなったのか」
「はい、そうなんです。だから僕はようやく堂々と函館の街を歩けたんです」
「よかった! 本当に良かった。君は何も悪くないのに、怯え、隠れるように過ごしているのが、ずっと勿体ないと思っていたよ」
やはり以前の僕は、そんな風に見えていたのか。
自覚があるので、否定はしない。
「その節は、ご心配をお掛けしました」
「葉山、いい休暇だったようだな。一皮剥けたように晴れやかな顔をしているぞ」
「ありがとうございます。実は……父の親友と再会出来たのもあるかもしれません」
「そうなのか。良かったな、本当に良かったよ。俺では頼りにならなかったかも知れないが、君のことは息子のように思っているよ」
「あ……ありがとうございます。勿体ないお言葉です」
リーダーの理解があったらから、僕はあの事件の後、職場にスムーズに復帰出来た。噂が広まらないようにしてくれて、部署も変わらずに済んで……
今、僕が職場でこのポジションにいられるのは、全部リーダーのお陰だ。
この賞は、自分一人で得たものではない。
周りの人に支えられて、手にしたものだ。
感謝――
感謝という言葉を忘れずに、僕は前進していこう。
****
「パパ、あそこ、はっぱ~ はっぱさーん、すき」
「いっくん、もうすぐ街中が緑で溢れるよ。その頃になったら、いっしょに暮らせるかな」
「えっと……いますぐ……だめ?」
じわっと瞳を潤ませて、いっくんがオレを見つめる。
「駄目っていうか、そのけじめっていうか」
「けじめって、なぁに?」
「も、もういっくんってば、潤くん今日もうちでご飯食べていって」
「だが……」
「私といっくんのリクエスト! 2週間ぶりなんだもの」
こんな風に誘ってくれる人がいる。
オレの居場所が、どんどん出来てくる。
「あのね、潤くんの席を作ったのよ。クローバーの座布団が潤くんの席よ」
「パパー これね、パパのこっぷだよ。ママとおかいものしてね、いっくんがね、えらんだんだよ」
「あ、ありがとう!」
あぁ……居場所があるって、こんなに嬉しいものなのか。
かつて兄さんに意地悪をして、兄さんの居場所をなくしてやろうと画策した自分が恥ずかしい。兄さんはずっと肩身の狭い思いをしながら過ごして、高校卒業と同時に家を出て行ってしまった。
あまりにあっけない別れに拍子抜けした。
あの日……家を出て行く兄さんが頭を下げて、小さな声で呟いた。
『……八年間、お世話になりました』
すぐに、兄さんは母さんに訂正されたけど……
『もうっ、あなたって子は何を言うの? 瑞樹の家はここなのよ。いつでも戻っていらっしゃい。ねっ』
『お母さん……ありがとうございます。潤……ごめんな。長いこと……部屋を占領して』
今考えれば、なんてお人好しだったのか。
オレがしたことを責めることもなく、黙って受け入れ続けてばかりで。
「潤くん、どうしたの?」
「……過去の過ちを思い出していた」
「お兄さんとのこと?」
「あぁ、ここが居心地良すぎて……それで昔を思い出すんだ」
菫さんが、オレの手を取ってくれる。
いっくんが笑窪のある可愛い手をのせてくれる。
二人ぶんの温もりが、オレを溶かす。
「大丈夫……潤くんはね、もう大丈夫よ」
「パパっ、えーんえーんなの?」
「いっくん……菫さん」
「あなたはもう道を間違えないわ。それを証明できるのよ。この先ずっと……」
「パパぁ、あのね、もうしなかったら、いいんだよ。いっくんも、おやくそくまもれたよ。パパにもできるよ」
優しい言葉。
優しい心。
この先はずっと身近に感じていたい、優しさに触れていく。
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