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花明かりに導かれて 3

「瑞樹くーん、こっち、こっち」 「林さん! 今日もよろしくお願いします」 「あぁ、この前はnitayさんの情報をありがとう。早速アポを取らせてもらったよ」 「そうなんですね!」  カメラ講座の前に、林さんから講師の控え室に寄るように言われていた。その理由は、くまさんのことだ。林さんもnitayの写真に心を奪われた一人で、どうしても話してみたいと言うので、紹介した。 「それでくまさんは、了解して下さいましたか」 「くまさん?」 「あ、すみません。nitayさんのことです」 「瑞樹くんに会えるのならと、快諾してくれたよ。風景写真の撮り方の特別講師とし上京してもらえることになったぞ」 「本当ですか」 「あぁ」 「やった!」  思わず口に出して喜ぶと、林さんに意外な顔をされた。 「あ、すみません」 「いや、瑞樹くんって、想像より明るいんだな」 「……明るくなったのかもしれません」  そう答えると、林さんがニヤリと笑う。 「な、なんですか」 「いや、滝沢さんの影響だろ? 彼って明るくって大きい男だから、付き合っていると似てくるよな」 「そ、そうでしょうか」 「好きな人に似てくるのは、いいことさ」 「は、はい」  僕と宗吾さんの深い関係を知る林さんにそう言われるのは嫌ではない。むしろ嬉しいが、やはり照れ臭いな。 「よし、来月はnitayさんを招いて屋外撮影会だ」 「楽しみです」  僕はスタジオの人工的な照明で撮るよりも、自然光の中で花や草木を撮りたいと思っていたので、嬉しい。技術を学ぶのはスタジオでもいいが、本当に撮りたいものは、ここにはなかった。 「よし、じゃあレッスンだ」 「お願いします」  来月にはくまさんと会える。  そう思うと、期待に胸が膨らむよ。  森のくまさんはお父さんの親友。この世でお父さんの志を継いだ、僕のお父さん的存在だから。    レッスンが終わると、今度は潤から電話がかかってきた。今日は忙しいな。 「どうした?」 「兄さん、来週、いよいよ菫さんの家に挨拶に行くんだ。で、何を着ていけばいいと思う?」 「んー そうだね。いつもの潤らしい服装でいいと思うよ」 「オレ、あまり服をもっていない。どれも真っ黒でボロボロなんだよ」  潤のオロオロと困った様子が可愛いくて、ついブラコンを発揮してしまう。 「しょうがないな。僕が見繕ってもいいのなら、選んであげるよ」 「本当に? ぜひ、そうしてくれないか。兄さんが選んでくれたら、きっと上手く行く気がする」 「了解!」 「代金は請求してくれよ」 「プレゼントするよ。もうすぐ誕生日だろ?」 「え……」 「ずっと潤に何か贈りたかったんだよ」 「あ、ありがとう」  レッスンの帰りに、遅くまでやっている駅ビルに寄ってみた。 「何かお探しですか」 「あ、あの……畏まりすぎないで……でも年配の方が好感の持てる服を……」 「もしかして、ご挨拶ですか。おめでとうございます!」 「へ?」  おめでとうって……盛大な誤解を生んだような? 「あ、違うんです。僕じゃないんです。弟の服を選びに来ました」 「わぁ、いいお兄さんですね」  いいお兄さん……その言葉にご機嫌になってしまうよ。 「ありがとうございます。あのサイズはだから、僕のサイズじゃなくて……弟は、えっと180 cmあって……」  僕はMサイズだが、潤も宗吾さんもLサイズだ。この体格の差が男として正直羨ましいよ。  それにしても、もう三月、店内はすっかり春物になっていた。  まるでお花畑だな。今は紳士物でもこんなにカラフルなのか。  軽井沢の春はまだ先だが、結婚の挨拶に行くのなら春らしい色目がいい。いつも黒い服ばかり着ている潤にも、希望に満ちた春色を纏って欲しかった。  すぐに目に付いたのは、菫色の薄手のセーターだった。 「あ、これ……これがいいです」 「菫色って、綺麗ですよね」  これは、まさに菫さんの色だ。  その時、ふと近くに置いてあった群青色のセーターが気になった。  こんな色のセーター、宗吾さんが着たら似合いそうだな。 「あ、このセーターも一緒に。Lサイズで」 「わぁ、贈りたい人が多いって素敵ですね」 「あ、ありがとうございます」 **** 「ふぅ、すっかり遅くなってしまったな」  宗吾さんが心配しているかも。  僕は大きな紙袋を二つ持って、急ぎ足で帰路に就いた。  マンションを見上げると、ベランダに宗吾さんの姿が見え、僕が手を振ると、振り返してくれた。一日で一番、ほっとする瞬間だ。  そして玄関を開けると、すぐに抱き寄せられキスをされた。 「瑞樹、お帰り!」 「あ……あの、芽生くんは?」 「もう寝ちゃったよ。今日はいつもより遅かったな」 「すみません。潤の服を選んでいました」 「へぇ~ アイツは随分と兄に甘えてんなぁ」 「潤って、ああ見えて……結構甘えん坊ですよね」 「そうだな。うーむ、弟の特権みたいで羨ましいよ」  宗吾さんが僕にキスを繰り返しながら、少し羨ましそうに耳元で囁く。 「そ……宗吾さんも、僕に甘えていいんですよ」 「そうなのか。じゃあ、俺も君が選んだ服が欲しい!」 「あ……それなら、もう買って来ました」 「え? 本当か」 「はい、ちょうど似合いそうな服があったので」 「なんと! サプライズか、参ったな」  宗吾さんが破顔する。  彼の照れ臭そうな笑顔に、心がポカポカになる。 「実は俺もさ、君に似合いそうな服を買ってきたんだよ」 「え? そうなんですか」  お互いに同じことを考えていたのか。 「気候も良くなってきたし、ピクニックに着て行こうと思ってな」 「あ……僕も、僕もそう思って……選びました」  宗吾さんも、同じお店で購入していた。駅ビルで紳士物のお店は限られているから被る可能性があるのは分かるが、包みを開けてびっくりした。 「これって、まったくの色違い、お揃いですね」 「ははっ、瑞樹に似合うと思ってな」 「僕も、僕も宗吾さんに似合うと思って選びました」    宗吾さんが僕に買ってくれたセーターは、陽だまりのクリームイエローだった。あの日の草原で着ていたベストと似たような色目で和む。 「気に入ったか」 「はい!」 「瑞樹、また季節が巡るな。暖かくなってきたし、芽生と一緒に沢山公園に出掛けよう!」 「はい、喜んで――」  春になる。  芽生くんも進級し、四月には小学二年生になる。  僕らが出会った四月が、またやってくる。  あの頃からは考えられないほど、僕は煌めく日々を過ごしている。  大切にしたい人に囲まれて、毎日を大切に生きている。  

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