987 / 1651

花明かりに導かれて 4

「パパ、パパぁ……いっくんとねんね」 「あぁ、いっくんのそばにいるよ」  申し訳ないと思いつつ、今日もいっくんに引き止められて、菫さんの家に泊まらせてもらうことになった。 「ふふ、いっくんってば、潤くんにくっついてばかりね。そろそろ潤くんの枕も買わないとね」 「えっ! それは申し訳ないよ」 「潤くん、私の家に挨拶した後は、潤くんのご実家にも連れて行ってね」 「ありがとう! 本当にありがとう」  今ここにいられることに、感謝している。 「パパ、いっくん。まだねむくないの。なにかおはなしして」 「お話?」 「はっぱさんのことがいいなぁ」 「ははっ、じゃあ今日は桜の葉っぱの話をするか。桜はどうして葉よりも先に花が咲くのか知りたくないか」 「うん! いっくんにおしえて」  いっくんの大きな瞳が、キラキラと輝く。 「潤くん、いっくんが食いついて眠れなくなるわよ」 「あ、そうか」 「パパ、どうして、どうしてなのぉ? はやくおしえてぇ」 「じゃあ、今日は特別だぞ。葉が一枚もない枝に咲く花って、すごく目立つんだ。俺たちがその花の美しさに目を奪われるのと同じで、昆虫や鳥にも花を見つけてもらいやすくなるんだよ。美しい花の色や香りで誘って、蜜を与えて花粉を媒介してもらうことが出来るんだよ。つまり……」  そこまで一気に喋ると、いっくんはスゥスゥと寝息を立てていた。 「あれ? 寝ちゃったのか」 「くすっ、潤くんの説明、難しすぎ!」 「あ……そうか」 「でも、私にはよく分かったわ。私も桜になりたいな」 「……菫さんはそのままでも魅力的だ。クラクラするほどに」 「潤くんってば」  そっと受粉するように、菫さんとキスを交わす。  甘い蜜を与えて貰い、愛を確かめ合う。 「続きは、挨拶を済ませてからにしよう」 「潤くん……ありがとう。私のこと、大切にしてくれて 「当たり前だ。好きな人なら大切にしたいものさ」  ……好きな人なら、大切にすべきだった。  オレ、本当は優しくて綺麗な兄さんが大好きだった。  それなのに……大切にしたかったのに、ちっとも出来なかった。  悲しませて、怖がらせてばかりだった。  そんな過去を許してくれた兄さんを、今度こそ大切にする。  そして兄さんから教えてもらったことを、これから生かしていくよ。 「潤くん、手をつないで眠らない?」 「あぁ」  手と手を繋ぐのって、安心する。  なのに、オレは、何度も何度も差しのばされた手を振り払ってしまった。 『潤、手をつなごうか』 『いい! いらない!』 『……そうか』  兄さんの手は、虚しく空を掴むしかなかった。  兄さん、ごめんな。  本当は、兄さんの手を汚しそうで怖かったんだ。 「潤君、どうしたの?」 「ごめん……昔、素直に手を繋げなかった人がいたのを思い出して」 「本当は繋ぎたかったのよね」 「あぁ、でも……触れたら消えてしまいそうな儚い人だったから……怖かったんだ」 「……すぐ上のお兄さんのことね」 「そうなんだ」 「潤くん、あのね、菫って、たくましいの」  ドキッとした。 「えっ……どういう意味?」 「手は、私からも伸ばすし、潤くんからも伸ばしてね。互いに歩み寄って求め合っていけば、そんなに怖くないと思うな」 「あ、そうか。そんな単純なことだったんだな」 「そうよ。物事は意外とシンプルなのよね。どうして人は生きていると複雑に考えてしまうのかしらね?」  菫さんの手が、すっと離れていく。  オレはその手を追いかける。  また繋ぐ。  ギュッと握りあう。  女性の柔らかい手。  この手でいっくんを必死に育てて来たのだ。 「これからはオレがいる。いっくんのパパになる」 「ありがとう。もう一生いっくんにパパは出来ないと思っていた。なのに……潤くんは不思議。潤くんとだと……全てが上手くいく予感がしたの」 「菫さん、オレもだ。こんな気持ちになったのは菫さんが初めてだ」  **** 「かんのくーん」 「こもりん、待ったか」  ブンブンと頭を横に振る小動物のようなこもりんが可愛くて、デレッと目尻が下がってしまうよ。 「待ってないですよ! あのあのあの、お仕事、お疲れさま」 「こもりんこそ、大丈夫だったか」 「はい、住職は今日も優しくて、デートに行くのなら精をつけろとお饅頭を沢山食べさせて下さいました」 「それは、甘やかされてんなぁ」 「住職はまさに天使です」  んん? その日本語はかなり間違っていると思うが、こもりんが言えば、ならでもありな気がする。 「あ、でも流さんが心配していました」 「ん? 何を?」 「『小森~お前に色気はあるのか』って」 「ぶほっ!」  こもりんが俺をじっと見上げる。  瞳が、うるうると潤んでいる。 「あ、あるさ!」 「本当ですか」 「もちろんだ!」 「よかったです。あの……流さんが教えてくれたんですけど、好き同士って、最終的には、あんこと最中の関係になるそうです」 「⁇」 「つまり最中の皮がお布団で、あんこは僕なんです」 「‼」  こもりんがポッと頬を染める。  あんこがこもりんで、最中の皮が布団って、何かが惜しい。何かが少し違うような。 「お、おいっ、俺はどこにいる? 俺は最中の皮以下なのか」 「えへへ、かんのくんは、ちゃんといますよ」 「どこに?」 「だって、僕を丸ごと食べる人ですよね?」    やべー! 鼻血が出る三秒前‼  **** 「瑞樹、まだ寝ないのか。もう遅いぞ」 「あ、少し待って下さい」  芽生くんの部屋を片付けていると、宗吾さんに呼ばれた。  あーあ、僕がいないと散らかしっぱなしだね。  床に転がる短くなった鉛筆を拾い上げると「たきざわ めい」の文字が見えた。  入学時に頑張って何本も書いた鉛筆、もう、どれも短くなってしまったね。  芽生くんは、この1年で沢山のことを学び、吸収した。  散らばったプリントをまとめながら、感慨深い気分になってしまった。 「宗吾さん、子供の1年の成長ってすごいですね」 「ん? どうした?」 「こんなに文字も上手になって……もうすぐ芽生くんも2年生です」 「瑞樹の成長も同じくらい凄かったぞ」 「そ、そうでしょうか。今日、林さんにも言われました」 「なんて?」 「宗吾さんに似てきたって。夫婦は似てくるっていうし……って、あれ? いやちょっと違いますが」  自分で言って、支離滅裂だ。  でもいい影響を受けているのは確かだ。 「みーくん、随分と可愛いこと言ってくれるんだな。さぁもう寝よう」 「あ、でも時間割が……」 「芽生が明日の朝やることだよ」 「あ、はい……」 「みーくんがやることはこれだ」  お・や・す・みの熱い熱いキスを受ける! あとがき(不要な方は飛ばしてください) **** こちらのサイトでは今日で1000話達成でした。 ここまで読んで下さり、リアクションで応援をして下さり、ありがとうございます。 これからもほっこりする話を書いていきたいです。    

ともだちにシェアしよう!