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花明かりに導かれて 5
『こもりんを食べる』
それっていよいよ次のステップに進んでいいという合図なのか。
そう思うと、一気に心臓が高鳴るよ。
ところが、ウキウキな俺と正反対に、こもりんの影がどんどん薄くなっていく。
「ど、どうしたんだ?」
「あのあのあの、やっぱり駄目です」
「何が」
「僕を食べちゃ駄目です!」
えぇぇっ、それって寸止め劇場???
「ど、どうして?」
「だって食べられちゃったら……僕、もうかんのくんに会えなくなってしまいます。そんなの悲しいですよ。ぐすっ……ぐすっ」
こ、この可愛い生き物を、俺はどうしたらいい?
「こもりん、心配するな。俺はこもりんを絶対に食べたりしないよ」
「え?」
「愛で包むのさ。最中の皮のようにふんわりとな」
「そうなんですね。僕のお布団は、かんのくんなんですね!」
「そうだ!」
「頼りになりますね」
「だろう」
なんだかいい方向に向かっているような……?
「じゃあ、これでぐっすり眠れそうです」
「へ? あ、あのさ、ぐっすりって、目が覚めたら朝ってヤツ?」
「もちろんそうですよ。他に何か」
○△□!! お、おーい、誰かこもりんにしっかり教育してやってくれ~
適任者は誰だ?
青山と白石はまだキス止まりだよな。同じ空気を纏っていた。
やはりこれは日々宗吾さんに磨かれている葉山が適任か。
「こもりん、今度さ、ダブルデートしないか」
「いいですよ~ この前江ノ島で会った駿くんと想くんですか」
「いや、まずは葉山たちだ」
「わぁ、ぜひぜひ」
「いいか、その時は、よーく葉山のいうことを聞くんだぞ」
「はい!『色気』というものをバッチリ入手してきますね」
ヘンな所でガッツポーズで意気込むこもりんに、やはり一抹の不安を覚えた。
可愛いんだけどな。
****
「ハクション!」
「瑞樹、ほら、風邪を引くぞ。まだ春の夜は冷える」
「花冷えですね」
「だから俺のベッドで寝よう」
「あ……でも」
「何もしないよ。えっちは金曜日の夜のお楽しみだしな」
「も、もう……そんなあからさまに」
宗吾さんに誘われ、彼のベッドに潜る。
「……おやすみなさい、宗吾さん」
「おやすみ、瑞樹」
「重たいですよ」
「悪い悪い、独り寝は寂しかったから、嬉しくてな」
「僕もです」
宗吾さんに抱きしめられると、とても大きくて暖かい布団を被っているような心地になる。
「ポカポカですね」
「じっといい子に我慢しているよ」
「……ありがとうございます」
毎晩のように求め合えたらいいが、お互い明日があるので、自重している。
「あ……そういえば、くまさんが来月上京するそうです」
「知ってるよ」
「え?」
「今晩、家に電話があったから」
「そうだったんですね」
「その時は、ここに泊まってもらっていいよな」
「え? いいんですか。でも客間がないのに」
「君の部屋を貸せばいいさ。瑞樹はその間俺とこうやって一緒に眠ればいい」
宗吾さんが嬉しそうに肌を擦り寄せてくる。
僕は宗吾さんの気遣いが嬉しくて、彼に抱きついてキスをした。
「いいのか」
「触れて欲しくなりました」
「参ったな。俺はキスじゃ済まないのに」
「あ、あの、我慢ばかりは身体によくないですよ」
「あー、もうっ」
さっきまで布団のようだと思っていた宗吾さんが、グッと精悍な顔つきになる。雄々しい雰囲気になって、耳元で囁いてくる。
「瑞樹をこのまま食べたい」
「……いいですよ。一度だけならシテも」
「いいのか」
「はい、僕も……そんな気分になってしまいました」
心も身体も、宗吾さんを求めている。
こんな時は僕も彼に甘えよう。
「僕を抱いて下さい」
****
「パパっ~ あったかいねぇ」
いっくんの大きな寝言で目が覚めると、もう朝だった。
「あれ? 菫さんは……?」
菫さんの姿はもうなくて、その代わりに台所からコトコトと物音がした。
「もしかして……朝ご飯を作ってくれているのか」
じんわりと嬉しくなった。
そして手伝いたくなった。
オレが生まれた時から実家は花屋を営んでいたので、朝はいつも早かった。
母は花の仕入れのために早朝市場にいくのが日課で、戻っても開店準備でバタバタだった。
家族揃って暖かい朝食なんて望める環境ではなかった。
兄さんはいつも甲斐甲斐しく母の手伝いをして、その合間に朝ご飯の味噌汁を作ってくれた。
『おい、潤、ちゃんと朝食は食べていけよ』
『いらないよ』
『味噌汁暖めてやるから。まぁそこに座れ』
『面倒臭いなぁ』
『……そう言うなって、暖かいものはいいぞ。心も温まる』
『兄さんはご隠居みたいだな』
好き放題、やってきた。
好き放題、言ってきた。
今、考えれば忙しい合間を縫って、オレの面倒をみてくれたのに。
顔を洗って歯を磨いて、キッチンに立つ菫さんの元へ向かった。
彼女が背伸びして棚の上の乾物を取ろうとしていたので、サッと取ってあげた。
「潤くん! もう起きたの?」
「おはよう。菫さん、これでいい?」
「ありがとう。ワカメの味噌汁でもいいかな?」
「もちろん」
「信州の味噌だけど大丈夫?」
「もちろん、こっちの食べ物は味覚に合うから嬉しいよ」
「よかった。好き嫌いなくて」
「まぁね」
これからは何でも食べてみよう。
食わず嫌いばかりだった、自分はもう卒業だ。
「でも無理しちゃ駄目よ。育ってきた環境が違うんだから」
「分かってる。だが、これから育っていく環境は一緒だろ? 沢山手伝いたい。ずっと……本当はそうしたかったんだ」
「潤くん……うん、じゃあ、お願い」
任される心地良さを知る。
共同作業の喜びを知る。
兄さんも宗吾さんと芽生くんと暮らし、こんな経験をしているのか。
「まずはいっくんを起こそうか」
「助かる!」
「OK! 布団も畳んでくるよ」
「ありがとう!」
よしっ! 最初は口に出して、一つ一つ確認しあっていこう。
もう絶対に……すれ違いだけはしたくないから。
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