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花明かりに導かれて 6

 いっくんの寝顔を見つめていたら、心がポカポカしてきた。  小さい子供の寝顔って、本当に天使だ。  いつまでも見つめていたくなるよ。 「むにゃむにゃ……」 「いっくん、おはよう」 「わぁ~! パパぁ、パパがいる!」  いっくんは目をパチッと開けて、オレに飛びついてきてくれた。 「パパぁ~ あのね、いっくんね、ゆめをみていたの」 「どんな夢だった?」 「おほしさまが、びゅーんってながれていたよ」 「流星か」 「だから、いっくん、おててをぺったんこにして、おねがいしたよぅ」 「なんて?」 「ずーっとパパとママといっくん、いっしょがいいなって」 「一緒だよ」  その願い、絶対に叶えてやりたい。  この温もりから、もう離れられないよ。  ひとりって、寂しいもんだな。  実家を離れ軽井沢に出てきて、それを痛感していた。  孤独を自ら体感することにより、兄さんの当時の状況を思いやる心が芽生えていた。兄さんが両親と弟を一気に失った喪失感は、どんなに辛いものだったか。  特に小さな弟は、兄さんにとって宝物のような存在だったはずだ。  いっくんが俺の宝物なのと同じだ。   「いっくん! ずっといっしょにいような」 「うん! やくそくだよ」 「よーし、じゃあそろそろ着替えるか」 「はぁい」  まだ三歳になったばかりのいっくんの、着替えはたどたどしかった。  ボタン一つ外すのにももたついてしまう。 「出来る?」 「できるもん!」  どこまで手伝っていいのか、どこまで任せたらいいのか……線引きが難しいな。  こんな瞬間にも、ふと昔を思い出す。  10歳で我が家にやってきた兄さん……兄さんだって、まだ子供だったのに、いつも俺の着替えを手伝ってくれたよな。  兄さん、ありがとう。今更だが感謝している。   「いただきます~」 「いただきます!」  菫さんといっくんと、朝食を取った。 「潤くん、ご飯のお代わりは?」 「ありがとう! もらうよ。ご飯美味しいよ」 「本当?」  炊きたてのご飯と味噌汁が、最高のご馳走だった。 「今日は潤くんも仕事よね。食べたら支度してね」 「菫さんもだよな。オレが食器は洗っておくから先に支度をして」 「え? いいの?」 「あぁ、作ってもらったから」  正直……後片付けなど、したことなかった。実家では食い散らかしてばかりだった。   これからはちゃんと手伝いたい。協力し合いたい。今まで出来なかったことは、これからどんどんしていきたい。 「潤くん、私達の関係って……なんか良い感じね。負担を半分こしているみたいね」  対等でありたい。菫さんとは……この先も。  もう以前のように力で支配するようなことは、絶対にいやなんだ。  相手を尊重し、歩み寄っていきたいんだ。  菫さんとなら、きっと出来る! ****  大沼。 「大樹さん、澄子さん、今から東京に行って来ますよ」  上京前に、大樹さんと澄子さんの墓に立ち寄った。  ここに来ると、大樹さんと澄子さんが傍にいてくれるような心地がして落ち着くんだ。  足繁く通っているのは、この17年間の報告をしている最中だからさ。 「ところで大樹さん……俺って寂しがり屋でしたかね?」     みーくんたちが帰った後、今までとは違う寂しさに包まれていた。  独りの寂しさではない。会いたい人が出来たのに、すぐに会えないもどかしさから生じる、寂しさを感じていた。 『くまさん、いつでも東京に遊びにきてくださいね。すぐにでも!』 本気で会いたいよ。正直まだまだ話し足りなかった。  みーくんは社交辞令ではなく本心から誘ってくれたのに、いきなりこんなおっさんが押しかけたら驚くだろうと躊躇していた。    そんなモヤモヤした気持ちでいたところに、1本の電話。  朗報だった。  みーくんのカメラの先生から、まさかの講師依頼の仕事が舞い込むなんて。  願ったり叶ったりだ!  今までだったら、nitayの正体を隠すことに徹していたのに、今は違う。  飛行機に乗るとニヤニヤと口元が勝手に綻んで、隣の人に気味悪がれてしまった。  みーくんとその家族に会える。  みーくんに写真を手解きできる。  みーくんの暮らす家に泊まらせてもらえる。  楽しいことしか待っていないのだ、笑みが零れて当然だろう?  17年間後ろ向きに暮らして来たので慣れない面もあるが、嬉しい気持ちの方が勝っている。  こんな気持ちにまたなれるなんて――  みーくんとの再会に改めて感謝した。 **** 「おはよう葉山、なぁ、今度ダブルデートしないか」 「え?」 「こもりんがさぁ、葉山にいろいろ聞きたいことがあるんだって」 「聞きたいこと? なんだろう? 僕は和菓子には通じてないのに、お役に立てるかな?」 「そうだなぁ~ きっと花のことじゃないか。花の蜜とか、花の開花とか蕾とか……たぶん、そういう類いのことだよ」 「? よく分からないけれども、僕で役に立つのなら」 「やった!」 「今週末はどうだ?」  いつになく菅野が強引に聞いてくる。 「あ、週末は来客があって、その次の週でもいい?」 「もちろんだ! こもりんに大いなる刺激を与えてやってくれ」  菅野の言うことは、どうも支離滅裂だ。  僕から刺激って……一体なんだろう? 「菅野、もしかして何か困ってるのか」 「おぉぉ、流石、瑞樹ちゃん。分かるのか!」 「顔に書いてあるから……で、何に?」 「実は……こもりんが可愛すぎて困ってる」 「あ、そっ……そうか」  惚気ー?  あの菅野がこんなにもメロメロになるなんて、驚きだ。  あ、まずい。  菅野の惚気顔を見ていたら、宗吾さんの顔を思い出してしまった。  週末でもないのに……昨夜は抱かれてしまった。  僕から求めてしまった。  一度きりだったが……深く穿たれた身体は、まだ火照っている。  宗吾さんに貫かれた奥が、じんじんとしている。 「おーい、葉山、俺の話、ちゃんと聞いている?」 「え?」 「だから、葉山のその色気を分けてやって欲しいよ」 「わ、今の顔はどうか忘れてくれ!!」  ポカポカと菅野の背中を叩いていると、リーダーが通りかかって笑われてしまった。 「お前たち、仲良しだな」 「俺たち、大親友ですから」  菅野がさらりと言う台詞には、ほっこりした。    

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