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花明かりに導かれて 7

 土曜日の午後、僕達は揃って羽田空港にくまさんを迎えに来た。 「もうすぐかな?」 「もうすぐだよ」 「すぐにわかるかな」 「芽生くんのウェルカムボードがあるから、大丈夫だよ」 「えへへ」    ~ もりのくまさん ぼくのおうちにようこそ! ~  旅行鞄を持ったクマのイラストが描かれていて、本当に可愛い。  芽生くんのおもてなしの心は、ちゃんと伝わるよ。   到着ゲートで待っていると、大きなリュックを背負った髭もじゃの大男の登場だ。 「うわぁ~ くまさん、北海道であったときのままだね」 「うん、やっぱりくまさんらしいね」 「く、ま、さーん!」  芽生くんが明るく呼ぶと、くまさんがニカッと笑って近づいて来た。  わっ、くまさん、明るくなった! 「やぁ、みーくん、芽生くん!」 「えへへ、くまのおじいちゃん、あいたかったよぅ」 「おー! 俺もだ」  芽生くんの歓迎の言葉に、くまさんが破顔する。  芽生くんには、こんな風に抱きしめてくれる、抱き上げてくれるおじいちゃん的な存在はいないので、微笑ましい光景だ。 「わー おじいちゃんのだっこは、すごいなぁ」 「いい子にしてたか? 可愛い絵で歓迎ありがとうな」 「えへへ、おみやげあるかな?」 「もちろんさ。ちゃんと蜂蜜は管理しているか」 「うん! パパからがんばって守ってるよ。ねー お兄ちゃん!」 「え? あ、うん、くすっ」  そこでくまさんが僕の頭をクシャッとなでてくれた。 「みーくんも抱っこするか」 「えっと、僕はハグでいいです」 「やっと会えたな」 「はい!」  くまさんって、少し広樹兄さんに似ているかも。  本当にお父さんみたいな人……安心できる人。 「みーくん、早速来てしまったが、お邪魔じゃないか」 「とんでもないです。宗吾さんも楽しみにしています」 「悪いな。ホテルに泊まるつもりだったが、宗吾くんが熱心に誘ってくれて」 「もちろんです! くまさんとは出来るだけ長い時間一緒にいたいです」 「嬉しいことを言ってくれるんだな」  そこに駐車場に車を停めていた宗吾さんが、戻って来た。 「もう着いたんですね。熊田さんようこそ!」 「宗吾くん、今日は悪いな」 「大丈夫ですよ。瑞樹の部屋がどうせ空いていますし」 「え? あ、あぁそういうことか。俺、愛の巣にお邪魔するんだな」 「そ、宗吾さん!」  賑やかな再会。    もう涙はいらないね。 「くまさん、東京へはいつぶりですか」 「そうだなぁ、20年ぶりかな?」 「そんなに前なんですね。あの、その時は父と一緒でしたか」 「あぁそうだよ。大樹さんと二人旅だった」 「いいな……あ、すみません」  つい心の声が外に出てしまい、自分の口を慌てて手で塞いだ。  その様子を、宗吾さんに見られて恥ずかしくなった。 「瑞樹、その調子でいいんだよ。君の場合は、心の声をもう少し外に出した方がいい」 「で、ですが」 「お兄ちゃんはもうすこし、きもちをだしなさいって、おばあちゃんも言っていたよ。ためすぎるとよくないって」 「芽生くんってば」  僕らの様子を、くまさんが暖かい瞳で見守っていた。 「みーくん、君のお父さんは、いつもみーくんのことを自慢をしていたよ」 「お父さんがですか」 「あぁ『長男の瑞樹は面倒見も良く優しくて、何でも弟に譲ってしまうんだよ。だから俺と澄子はちょっと心配なんだ。でもそんな瑞樹が大好きなんだ』    お父さんがそんな話を…… 「わかるよ~ お兄ちゃんとおしゃべりすると、いつもやさしいお顔でやさしい言葉でおへんじしてくれるの。だからいつもここが、あたたかいきもちになるの」  芽生くんが胸を押さえて、にっこり笑っている。   「みーくんのこと、よく分かっているんだな」 「えへへ」 「それは君も優しい心を持っているからだよ」 「ほんと? ぼくね、ここに、よつばをもっているんだ」 「四つ葉か。大樹さんと澄子さんも大好きだったよ。家を建てる時、裏庭はクローバ畑にしようと、ふたりで四つ葉の種を蒔いていたよ」  不思議な縁は繋がっていく。    僕と宗吾さんと芽生くんを結びつけてくれたのも、四つ葉だった。  お父さんとお母さんも、四つ葉が好きだったんだね。  くまさんと出逢えたから、伝わることだった。  車で僕達の家まで、直行した。 「くまさん、ここがぼくたちのおうちだよ」  芽生くんがくまさんの手を引いて、早く早くと急かす。 「いいマンションだな」 「あのね、お兄ちゃんがきてくれてからね、ぽかぽかなおうちになったんだよ。ごはんもおいしいし、みんなたのしそうだし、なんでもあるまほうのおうちなんだよ。全部すごいんだ」 「そうか、そうか」  くまさんの目尻は、空港からずっと下がりっぱなしだ。  ****  金曜日の夜、仕事を終えて部屋に戻ると、扉の前に小包が置かれていた。 「兄さんからだ!」  差出人を見て、兄さんの手書きの文字にホッとした。  そういえば、小さい時、忙しい母の代わりに兄さんが名前付けをよくしてくれていた。 『はやま じゅん』  鉛筆にも消しゴムにもおはじきにも、兄さんの丁寧な文字が溢れていた。  兄さんだってよく考えたらまだ小学生だったのに……ありがとう。  オレ、反発しながらも、心細い時は、その文字を指でなぞってホッとしていたよな。  開けてみると、ふわふわな手触りのセーターが出てきた。  これってすみれ色だ。  中には手紙も入っていた。  ……  潤、元気にしている?  僕の趣味になってしまうけれども、菫さんのご両親に挨拶に行く時、着ていったらどうかな?  すみれ色のセーターを着た潤は、きっと優しくてカッコよく見えるよ。  こんな俳句があるのを、潤は知っている? 『菫ほどな 小さき人に 生まれたし』                           夏目漱石  周りの環境を気にしないでどんな場所でも可憐に咲く菫は、小さい存在だが懸命に生きている。目立たなくても、菫のようにひたむきに自分の力を尽くす人生でありたいね。  菫さんのような人と巡り会えて良かった。  潤おめでとう!  今の潤のままでいい。  潤は最高の弟だよ。  ……  兄さんの言葉に、胸を打たれた。  兄さんの言葉に、耳を傾けた。  オレも兄さんみたいに自分の芯をしっかり持ちつつ、謙虚でありたい。    それを忘れない。

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