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花明かりに導かれて 10

 芽生くんの、言葉にドキッとした。  僕は芽生くんから学ぶことが多い。  出会った時は小さかった芽生くんも、小学校に通うようになって、いろんな体験をしているのだろう。  大人も子供も同じだ。  小さくても、毎日いろんなことが起きるよね。  お友達と小さなケンカをしちゃう時も、悲しい気持ちになることもあるだろう。  僕もそうだったよ。  宗吾さんが芽生くんの背中をポンポンと叩いていた。 「芽生は偉いな。でも、ふぅってしてもすっきり取れない時は、パパと瑞樹に相談するんだぞ。芽生……なんでも一人で解決すんなよ」 「うん、そうする! あ……あのね」 「どうした?」 「……この前ね……おばあちゃんが学校に来たよ」 「ん? 母さんが?」 「ちがくて」 「……あ、玲子の?」  その言葉にドキリとした。    玲子さんのご両親は、まだ芽生くんのことを諦めていないのだろうか。   「小学校の門を出たら……いたの」 「……そうだったのか。何か言っていたのか」 「ん……それがね……んっとね……」  芽生くんが、ふぅっと息を吹き出した。  イヤな予感がした。  芽生くん、何かを我慢しているのでは? 「芽生くん、まだ取れてないんだね」 「う……ん、ボクね、なんだか……よくわからなくて」 「何をされた? 何を言われた?」  宗吾さんも血相を変えていた。  僕もとても心配になってしまった。 「芽生くん、ちゃんと教えて」 「あのね……ママのお母さん、ボクがケガしてないかしんぱいだったんだって」 「……っ」  宗吾さんが僕と暮らしていることは、玲子さんは親御さんには話していないはずだ。    離婚の原因も、詳しくは話していないと言っていた。  じゃあ標的は……宗吾さんなのか。 「そうか……」 「ね、へんだよね。ボクの手や足をじっと見て言うんだもん……こまっちゃった」  ひどい。  宗吾さんがまるで我が子に暴力を振るっているかのような扱いだ。   だが……ここで僕が出しゃばっては駄目だ。  悔しいが、事を荒立て、余計な心配をかけるだけだ。  キリリと奥歯を噛みしめていると、一部始終を見聞きしていた、くまさんが声を掛けてくれた。 「なんとなく事情は察したよ。一部のニュースが世界の全てだと勘違いする輩はいつの世もいるもんだな。心にゆとりがないから……血の繋がりなどなくても、心で繋がれることを知らないんだなぁ」  心の繋がり。  それは僕がいつも思っていることだ。 「くまさん、くまさんと僕達もです」 「ありがとう。俺に君たちの子守を任せてくれた大樹さんと澄子さんには常々感謝していたよ。丸ごと信頼してもらっていると。人って信頼されると、それに応えようと努力するものさ」 「信頼がなくなったら、ひとりぼっちだな」  宗吾さんも、ポツンと呟く。  少し寂しそうだ。 「宗吾さん……」 「あぁ悪い。信用、信頼……されていないって、なんだか悲しいな」 「パパ、元気だして。ボクはケガなんてしてないよ。運動会のかけっこでころんじゃって泣いたら、パパがはげましてくれたよ。って言ったら、ママのお母さん、ムッとしてそのまま帰っちゃった」  芽生くんの優しさ。    芽生くんの明るい言葉に救われる。  同時に、ふと潤のことが心配になった。  菫さんの両親から見たら、いっくんと潤の関係も心配になるのだろうか。  どうか僕の大切な弟を……言葉で傷つけないで欲しい。  必死に生まれ変わろうとしいるのだから。   「そういえば、おにいちゃんは、たまにケガしているけど、だいじょうぶ?」 「へ?」 「え?」  くまさんの顔が一気に厳しくなる。 「宗吾くん、瑞樹に何を?」 「え? あ、そこかぁ。参ったな……す、すまん」  そこで僕はさっと首筋を押さえて、真っ青ではなく真っ赤になった。  時々宗吾さんの制御がきかなくなって、首筋に痕をつけられる。  僕も首筋は感じやすいので、熱心にそこを愛撫される。  だからワイシャツで隠れるギリギリのところについてしまうことが……たまにあって……あぁぁ、きっとそのことだ。 「あのね、くまさん。その赤いケガは、会社のかっこうのときは見えなくて、パジャマのときにだけ見えるんだよ」 「……め、芽生くん……それ以上はもうっ」    僕と宗吾さんは茹で蛸のように、真っ赤になっていた。 「はははっ、みーくんは随分大人になったんだなぁ、はははっ」  くまさんの高笑いと、芽生くんのニコニコ顔で、場の雰囲気が一気に和んだ。 「君たちは大丈夫だ。大きなハートで繋がっているからな」 「くまさんとも、はぁとだよー」  芽生くんは頭上でハートを作って、笑っている。 「あー、話してすっきりしたよ」 「芽生、今度あったらすぐに話すんだぞ」 「うん、パパからもお話しておいてね。ボク……パパとおにいちゃんの子だよ。ママのおかあさんの子にはなりたくないなぁ」 「芽生くん」 「おにいちゃんといっしょがいい」  そこまで笑顔で話していた芽生くんが、ほっとしたのかほろりと泣いた。  僕の胸元で。  **** 「いっくんがね、パパを『いっくんのパパですよ』っていうんだ!」  電車の中で、いっくんが小さなガッツポーズを取っていた。 「頼もしいな」 「えへへ、だってね、パパのこだもん」 「ははっ、そうかそうか」 「パパぁ」 「なんだ?」 「えっとね、よんだだけ」  キュン――  ヤバい、いっくんの可愛さは世界一だ。 「もぅ~ なんだかいいなぁ」  菫さんが俺といっくんを見て、口を尖らせた。 「菫さん」 「ママぁ~」  だから俺といっくんは声を揃えた。    「え? なあに?」 「呼んだだけ」 「うん、よんだだけ」  菫さんが頬を染める。 「も、もう―― 潤くんといっくんってば、似てきて」 「ははっ」 「えへへ」  笑顔の花咲く幸せ列車は、まだ雪が残る道を真っ直ぐに駆けていく。         

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