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花明かりに導かれて 11
瑞樹の胸元で、芽生が泣いた。
普段明るい芽生の涙は重たく……俺の心を切なく掻きむしった。
「うぇっ、うぐ……ぐすっ」
「芽生くん、大丈夫だよ。僕もパパも一緒だよ」
「お兄ちゃ……ん」
よほど威圧的な態度だったのだろう。
玲子の母親は、俺を最初から気に入っていなかったので、当たりが強い。
親権はこちらにある。だから俺たちのことは放っておいて欲しいのに、利発な可愛い孫のことが気になって仕方が無いらしい。
しかし……俺の虐待を疑うなんて冗談じゃない。酷すぎる。
信頼されないって……こんなに口惜しいのか。
奥歯を噛みしめていると、瑞樹がそっと手を重ねてくれた。
優しい手だ。
優しい心に触れると、強張っていた心も身体も解れていく。
「宗吾さんは、大丈夫ですよ。宗吾さんのことは、僕が保証します」
「瑞樹、ありがとう」
「お兄ちゃん、今日、いっしょにねたい」
「いいよ。どこで眠ろうか」
「ボクのベッドにきて」
「うん」
芽生も俺も、瑞樹の優しさに触れて、癒やされていく。
特に小さな芽生は、こういう状況の時は、母親的存在に近い瑞樹を求めてやまない。
「瑞樹、悪いな。芽生を任せてもいいか」
「もちろんです。僕も一緒に眠りたいです」
「お兄ちゃん……お兄ちゃん」
「どうしたの?」
「えっとね、呼んだだけ」
「ありがとう、大切な人から呼んでもらえるのって、とってもうれしいよ」
大切な人から二度と呼んでもらえなかった瑞樹が言うと、泣けてくる。
「瑞樹っ」
「はい」
「瑞樹、俺、まだまだ不甲斐なくて悪いな」
「そんなことないです。自分ではどうしようもないのが他人の感情です。嫌われたくないのに、一方的に嫌われたりすることもあります。だから……自分ではどうしようもない事には執着せずに、手を離した方がいいです」
そこまで言って、瑞樹がふっと笑った。
「これは……僕の教訓です。嫌われるのが怖くて……顔色ばかり見ていた僕の反省です」
「君がそう言ってくれると、気が楽になるよ」
「宗吾さんは、今のままで大丈夫ですよ。僕が大好きな宗吾さんですから」
芽生は泣き疲れて瑞樹の胸元で、目を擦っていた。
「あの、そろそろベッドに寝かしつけてきます」
「頼む」
俺が芽生をベッドに運んでいる間に、瑞樹はパジャマに着替えてきた。
「くまさん、すみません。先に寝ますね」
「あぁ今晩はずっと傍にいてやるといい。みーくんは本当に大樹さんの子だなと感心したぞ」
「そうでしょうか」
「大樹さんが言った台詞と同じだったよ」
「え……そうなんですか」
「あぁ、そうだ」
瑞樹が野花のように可憐に微笑む。
くすぐったい春風のように優しく揺れる。
「嬉しいです。僕……お父さんのこと細かい性格までは覚えていないので……もっともっと話して欲しいです」
「あぁこれからいくらでも話してやるよ。だから今日は坊やと一緒にお休み」
「はい」
芽生と瑞樹は消えてから、俺はくまさんとビールをサシで飲んだ。
くまさんは、瑞樹の父親的存在なので、いささか緊張する。
「いいものを見せてもらったよ。今日も」
「そうでしょうか。俺はまだまだ不甲斐ない人間ですが、瑞樹のこと愛する気持ちで溢れています」
「いいな。そういうの。君はストレートに感情を出せていい。大樹さんと澄子さん夫婦もそんな感じだった。みーくんが君に惹かれるの、分かるよ」
「生前に……お会いしたかったです」
「きっと今も天上の世界から見ているさ。俺のことも、君のことも」
くまさんがマンションの天井を見上げて、ふいに溜め息をついた。
「空が見えなくて、コンクリートのマンションは息が詰まる。都会暮らしは大変だなぁ」
「そうですよね。いつか引っ越したいと」
「いつか? それでいいのか……言葉は言霊だぞ」
「いえ、必ず引っ越します。ここではなく一軒家がいいと思っているので」
「それは、みーくんにとっても嬉しいことだ。この部屋は……前の奥さんと暮らした場所なんだろう」
「はい……」
図星だ。
カーテンや家具は取り替えたが、玲子と結婚した時に新築で購入したものだ。
「一緒に暮らし始めた時は、坊やも小さかったらしいし仕方がないにせ……いずれは引っ越した方がいいな」
「あの……どうして気付いたんですか」
「キッチンカウンターさ。特注で低くしたようだし、寝室の天井の壁紙も独特だな」
「あっ、そういえば……玲子の背丈に合わせて……あと壁紙はあいつの趣味で黒に」
「意外と気配は残っているもんさ」
「迂闊でした」
「みーくんは優しく思慮深いから、自分からは決して言わないよ」
小さな我慢をしていたのかもしれない。
小さな我慢が大きくなって抱えきれなくなる前に、取り除いてやりたい。
「くまさん、気付かせてくれてありがとうございます」
「……父の心境だ、余計なお節介を許せ」
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「そろそろ着くのか」
「そうですね。もうすぐですねぇ。お父さん、そんな場所にいなくても」
「最初が肝心だ。しっかり見極めないと」
「まぁそんな……」
お父さんってば、玄関先で仁王立ちしちゃって。
菫が連れてくる青年のことが気になって仕方が無いのね。
菫よりも5歳も年下だと聞いて、心配なのね。
私も心配よ。
しっかり見つめるわ。
菫の幸せのバロメーターは、私達の可愛い孫のいっくんだから。
「おや、もう咲いたのか」
お父さんが指さす方向に、花が咲いていた。
庭の花壇に、可憐な菫が咲き出していた。
幸先がいいわね、菫。
どうか幸せな笑顔を見せてね。
私達の不安を取り除いてね。
「じーじー! ばーば!」
ほら、可愛い孫の声が聞えるわ。
幸せを呼ぶ鈴の音のようよ。
あとがき(不要な方は飛ばしてください)
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いつも読んで下さり、ありがとうございます。
旅行のため、珍しく4日間お休みをいただきました。
脳内リフレッシュ、創作意欲をチャージ出来ましたので、今日からまた連載再開させていただきますね🍀どうぞよろしくお願いいたします。
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