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賑やかな日々 12

 くまさんが来てくれた。  僕の誕生日に、空を飛んで駆けつけてくれた。  芽生くんと原っぱで四つ葉を探している間、僕の心はずっと跳ねていた。 「お兄ちゃん、よつば、見つかった?」 「うーん、まだだよ」 「よーし、ボクとがんばろうね! くまさんにプレゼントしたいんでしょ?」 「芽生くん、よく分かったね」 「お兄ちゃんのことなら、なーんでもわかるよ」 「芽生くん」  何気ない一言が、僕の心をポカポカに温めてくれる。  芽生くんとは、心がしっかり繋がっている。  それが嬉しくて溜らない。    ちらりと木陰に座っている宗吾さんとくまさんの様子を窺うと、何やら話し込んでいた。  でも僕と目が合うと二人とも同じように目を細め、僕が小さく手を振ると、大きくブンブンと豪快に振り返してくれた。  あっ、いいな、こういう瞬間が大好きだったんだ。  僕は……ずっと、ずっとね。    夏樹と原っぱで遊ぶ時、いつだってこんな風に両親が見守ってくれた。  母の優しい眼差しと、父の暖かい眼差しにすっぽりと包まれていた。  そんな幸せな日々を思い出せるのは、今の僕が幸せだから。  ずっと山小屋という大きな殻に閉じこもっていたくまさんには、まだこの幸せで賑やかな日々が、夢かもしれないと怯えてしまう事があるのだろう。  不安な気持ち、痛い程分かる。  何故なら、僕がそうだったから。  宗吾さんと芽生くんと暮らし始めた頃、夜眠るのが怖かった。目を覚ました時、何もかも消えてしまっていたらどうしようと、深刻に考えることもあった。  そんな幸せが怖かった時期を経て、今に至る。  僕は……いつしか怯えることをやめ、確かな幸せな存在を信じられるようになった。もしかしたら、あの日この公園で泣きじゃくっていた僕は、四つ葉の指輪をもらった時に、幸せになれる魔法をかけてもらったのかもしれない。  だからこそ、くまさんにも贈りたい。  僕のために来てくれたくまさんに、幸せな贈りものを届けたい。 「あ……これかも!」 「お兄ちゃん、あった?」 「うん。これは四つ葉だよ」 「わぁ〜 やったね! お兄ちゃん!」  芽生くんがにっこりしてくれる。 「芽生くん、一緒に探してくれてありがとう」  みんなの笑顔が繋がって輪になり、その真ん中に今の僕はいるんだね。  四つ葉とシロツメクサで指輪を作り、くまさんの左手薬指につけてあげた。 「くまさんに、しあわせが舞い降りてきますように」 「みーくん、君は昔も今も変わらないな。優しくて可愛くて、天使のようにいい子だよ」  僕が天使?  そのまま、くしゃっと髪を撫でられて、擽ったくなった。 「くまさんも全然変わらないです。あの頃のままです」  お父さんとお母さんと夏樹は、もうここにはいないれども、くまさんがいてくれる。 「さぁ、お昼にしよう。一杯食べてくれ」 「いただきます!」  皆で輪になって食べたタマゴサンドは、懐かしい味がした。 「これ……どことなくお母さんの味と似てます」 「そうか、俺もよく台所に立つ澄子さんを手伝ったからな」 「そうだったのですか」 「澄子さんともよく語り合ったよ。君たちのことも沢山聞かせてもらった」 「お父さんとお母さんの思い出、これからも沢山聞かせてくださいね」 「もちろんだよ。さーてと、俺はそろそろ大沼に帰るよ」  突然、くまさんがスクッと立ち上がったので、驚いた。  そんなっ、今日来たばかりなのにもう帰ってしまうなんて! そんなのイヤだ!  でも幼子のように駄々を捏ねるわけにはいかないので、ギュッと両手を握りしめて我慢していると、芽生くんがトコトコやってきて、くまさんの手をグイグイ引っ張ってくれた。 「いやだよぅ。おじいちゃん。まだまだ、かえらないで」 「坊や……だが……家族の邪魔をするわけには」 「おじゃまじゃないよー。それにね、もうすぐボクのおたんじょうびなんだよ。だから、おじいちゃんもいっしょがいい」  芽生くんが、僕の代わりに駄々を捏ねてくれる。  あぁ、嬉しいよ。  宗吾さんも、同じように引き止めてくれる。 「そうですよ、熊田さん。俺もまだ帰しませんよ。急いで帰らないといけない理由でもあるんですか」 「きゅ……急用があるわけではないよ」 「じゃあ決まりですね。明後日は芽生の誕生日なんですよ。くまさんも一緒に祝ってやってください。芽生はくまさんにとって孫のような存在ですしね」  くまさんが目を見開く。 「宗吾くん? い、いいのか。本気で……君の息子を孫と思っても」 「もちろんです。芽生はもうそのつもりで『おじいちゃん』と呼んでいますよ」 「あ……あぁ、なんだかずっと一人だったから……まだ信じられなくてな」  僕はくまさんの手を握り、囁いた。 「くまさん。四つ葉のクローバーの花言葉は『幸運』と『約束』です。この世界は現実で、この幸せな世界は本物だと約束します」 「みーくん、ありがとう。そうだ、君たちの写真を撮ってもいいか」 「もちろんです」  くまさんはリュックから今度は黒い一眼レフを取り出し、野原を駆け回る僕らを撮ってくれた。お父さんのカメラが、カシャカシャと音を奏でるたびに、ずっと止まっていた時が動き出す。  今日という日が、思い出の1ページに刻まれる。  そして四人でやってきた道を、また四人で戻る。  誰も、もう減ったりしない。  行きも帰りも、全員揃っている。  そんな当たり前のことが嬉しくて、やっぱり少しだけ視界が滲んでしまった。  僕がこんな風に、日々の小さな幸せに感謝出来るようになったのは、天国にいる家族のおかげ。  お父さん、お母さん、夏樹……  僕、小さな幸せ探しがだいぶ上手になりましたよ。  あなたたちが、いつも空から、幸せの種を蒔いてくれているんですよね?  春には優しい春風、夏には恵みの雨、秋には爽やかな秋風、冬にはぬくもりのある雪として、そっと届けてくれてありがとうございます。  『君に、いい風が吹きますように』と願う心。  いつも感じています。 「みーくん、ここにも心地いい風が吹くんだな」 「はい! 僕は今の僕が好きです」  

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