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賑やかな日々 13
「憲吾さん、何を調べているの?」
夕食後、PCに向かっていると、美智が背後から近づいて来た。
「あぁ、中華街のレストランを見ているんだ」
「この前言っていた、芽生くんの進級祝いね」
「あの子も、もう2年生なんて早いな」
「そうね。最近は沢山……弟さん家族と交流出来て嬉しいわ」
「そうだな。これからは、ちゃんと祝ってやりたいんだ。疎遠にしていた時の分まで」
弟の宗吾とは長い時間、仲違いをしていた。
だから甥っ子の芽生が産まれても形式ばった祝い金を送ったきり、ろくに会うこともなかった。 親父の葬儀で久しぶりに会った時には、随分大きくなっていて驚いたもんだ。当時の私は子供もおらず、どう接していいのか分からなかったが、今なら分かる。
家族が仲良く、賑やかに和やかに過ごせる時間と場所を、あの子は求めている。
ふぅ……
思い出した過去はなかなかシビアで、暗い溜め息をついてしまった。
すると隣で、美智も同じように息を吐いていた。
「どうした? お前まで」
「分かるわ。私も同じ気持ちなの。芽生くんが生まれた頃は、自分に子供が出来ないのに深く悩んでいて、玲子さんにまで小さな嫉妬をして、恥ずかしかったわ」
「美智……私たちはもう同じ過ちは繰り返さない。出来なかった分は今から取り戻そう」
「そうね」
「なぁどの店がいいか。一緒に考えてくれないか」
「いいの?」
「あぁ美智の意見も聞きたい」
美智は意外そうな顔をした。
それもそうだろう。以前の私だったら妻の意見になど耳を傾けず、独断で決めていたからな。
「あら、ここ……大学の友達と行ったことあるわ。もう随分前だけど」
「じゃあ、ここにするか」
「あ……でも個室があるお店の方がいいんじゃない? 小さい子供が気兼ねなく過ごせる方が落ち着くし」
「確かにそうだな。この店ならどうだ?」
宗吾が調べてくれた中華街のデータを妻と眺めながら、楽しい気分になっていた。親族の集まりなど面倒臭いと思っていた私はどこに行ったのか。
「そうだわ。どうせなら芽生くんのお誕生日当日に行かない? 五月五日は『こどもの日』よ」
「いいアイデアだな。店の方は空きがあるから、宗吾に電話してみよう」
すぐに宗吾も快諾してくれた。
「兄さん、嬉しいよ。芽生の誕生日は『こどもの日』だもんな。実はまだノープランだったんだ。当日に皆で中華街に出掛けられるなんて最高だよ」
弟の声は、どこまでも弾んでいた。
根っからの明るい性格だが、今日は特に機嫌が良いようだ。
「何かいいことがあったのか」
「瑞樹の誕生日祝いが大成功したんだ。兄さんたちのお陰でホテルにも宿泊出来て最高だった。ありがとう。あ、そうだ。中華街のメンバーに一人追加してもいいか」
「誰だ?」
「当日紹介するが、瑞樹の身内、父親代わりの人と偶然再会して……その人がちょうど今、来ているんだ」
「瑞樹くんの?」
「会えば分かるよ」
「本当に大丈夫なのか」
つい職業柄、疑い深くなってしまう。
「大丈夫だ。信じてくれよ」
「そうだな。瑞樹くんの大切な人なら、ぜひ連れて来てくれ。私も挨拶したい」
弟の恋人は男性だ。
最初は驚いたが、すぐに名前通りの爽やかで優しく可憐な人柄の虜になってしまった。 母親不在の芽生が、宗吾とは真逆の柔らかな雰囲気の彼に懐いているのも微笑ましい。 それに瑞樹くんと芽生は馬が合うようだ。きっと相性がいいのだろう。
二人とも清らかな天使のようだから。
長年、司法の世界を生きて来た私は、最近夢見がちだ。
現実が全てだと思ってきたが、そうではなかったのだ。
人は夢を見る生き物だ。
夢が時に人を支え、癒やし、奮い立たせることがあることを知った。
今なら……空に逝ったあの子が星になったという美智の話も信じられるし、彩芽を授かったのも、天国からの贈り物だと思っている。
****
「瑞樹、芽生の誕生日に中華街に行くことになったぞ」
「いいですね。楽しみです」
「是非、熊田さんも一緒に来て下さい。俺の家族に紹介したいので」
熊田さんが突如オロオロし出す。
大きな身体なのに意外と臆病なのか。いや、まだ幸せに不慣れだからだろう。
「そんな身内の集まりに、俺が行ってもいいのか。流石にそれはお邪魔だろう」
「……くまさん、もうその『お邪魔だろう』はナシですよ!」
珍しく瑞樹が小さく怒る。
へぇ、こんな一面も見せて貰えるとは嬉しいな。
瑞樹がどんどん俺の前で素を出せるようになっているのを、実感するよ。
君をもっと幸せにしてやりたい。
もっと眠っていた喜怒哀楽を引きだしてやりたい。
「くまさんは、お父さんのような存在です。滝沢のお母さんやお兄さんのご家族には、僕からきちんと紹介させて欲しいです」
「みーくん。それは……父親である大樹さんに悪いよ」
「もうっ、くまさんは、もっとくまさんらしく堂々として下さい!」
また瑞樹が小さく怒った。
うぉぉ、怒った顔も可愛いなぁ~
「参ったな。君は澄子さんみたいに俺を叱るんだな」
「え? 叱っているつもりでは」
「ははっ、よく澄子さんも今みたいな口調で物申してくれたよ。『熊田さんはもっと男らしく! 名前負けよ』って手厳しかったな」
「お、お母さんみたいですか……僕」
「あぁ顔も似ているしな」
瑞樹が恥ずかしそうに、目元を染めた。
「も、もう――とにかく、僕はくまさんと一緒がいいんです」
「分かった、行くよ。でもその前にこのボサボサな髭と髪をどうにかしないとな」
「くすっ、そのままでも、くまさんらしくていいですよ」
「いやいや、みーくんのお父さん代わりだ。ここはビシッと決めたい」
今度は熊田さんが俄然やる気になったぞ。瑞樹は人をその気にさせる天才だからな。(俺もベッドで君の「もっと」に煽られる!)
そこで、ふと思いついた。
「あ……じゃあ、思い切って美容院に行きませんか」
「美容院? そんな場所には久しく行ってないので緊張するが」
「大丈夫ですよ、俺の知り合いの店なので遠慮なく過ごせます」
そこに場を和ませる天使、芽生がトコトコとやってきた。
「お兄ちゃん、この前あげた絵をかしてもらってもいい?」
「うん?」
絵を受け取った芽生が、その場で絵を書き足した。
「お? いいな」
「あのね、やっぱりくまさんもいないとさみしいとおもったんだ」
ピクニックしているクマとウサギの所に、黒いカメラを首から提げた焦げ茶色のクマがやって来る絵が足された。手には抱えきれないほどのプレゼントを持っている。
誰もが和む、優しくほっこりとする絵だった。
「おぉ! このクマ、もしかして俺か」
「うん! おじいちゃんだよ!」
「坊やは本当に可愛い子だな。絵も上手だなぁ」
「えへへ!」
「これからは、芽生坊って呼んでいいか」
「うん! みんなそう呼ぶよ!」
くまさんの大きな身体に抱っこされた芽生は、ニコニコと笑っていた。
その横で瑞樹も可憐に微笑んでいる。
すずらんのように清らかで清楚な笑みに、胸の奥がキュンとする。
芽生、瑞樹、本当に大好きだ。
何度でも言うよ。
二人とも、愛してる――
この笑顔を守るのが、俺の役目だ。
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