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賑やかな日々 14

 熊田さんと芽生が一緒に風呂に入っている間に、瑞樹と洗い物をした。 「あの……宗吾さん、さっきの美容院って、もしかして……玲子さんの……ですか」 「あぁ、そうだ。あそこに行ってもいいか」 「あ、そうか……芽生くんの誕生日の前日に、面会の約束をしていたから……なんですね」 「そうなんだ。だが玲子の実家には寄りつきたくない。だから皆で美容院で会おう。それに玲子には一度しっかり話しておきたくてな。玲子の母親がこれ以上芽生に干渉しないように釘を刺したい。どうも心配だ」 「……はい、僕もその方がいいと思います」  熊田さんを連れて行く美容院は、玲子の旦那がやっている店だ。元々明日は玲子と会わないといけなかったし、あそこなら個室があるから熊田さんも気後れしないと思ったのさ。  玲子の今の旦那は一見若くて軽薄そうにも見えるが、玲子の勝ち気な性格をよく把握して、上手く付き合っている。二人の間には昨年娘も産まれ、確実に別々の人生を送っている。  だから俺たちが今更芽生の親権で揉めることはない。  だが突然学校に現れた玲子の母の行動は、気になって仕方が無い。 「俺の知り合いで離婚協議していなかったせいで、いきなり子供を奪い取られたパターンがあってな。もちろん俺たちはきちんと離婚協議しているし、芽生の親権も俺が持っているからそんな心配はないのだが……兄さんとも相談したが、玲子には母親の行動を伝えて注意してもらい、更に念書を取っておこうと思ってな」 「……僕もそれを心配していました」  瑞樹が喉を押さえ、苦しそうな表情をする。 「瑞樹、ごめんな。君にも心配をかけて」 「僕……芽生くんがいない生活なんて、もう考えられません」 「俺もさ! 瑞樹と芽生がいてこそ家族だ」  瑞樹がとうとう手に持っていた布巾を床に落としてしまった。  すまない、君を怖がらせるつもりはなかった。 「瑞樹、大丈夫だ。絶対にそうならないように、早めに手を打とう」 「……はい」  彼の細い腰を抱き寄せ、淡く開いた唇に、俺の唇を重ねた。 「もう誰も消えないから、安心しろ」 「宗吾さん、どうか……どうか、よろしくお願いします」  しがみつくように瑞樹が俺の背中に手を回してきたので、優しく包みこむように抱擁してやった。  君だって熊田さんと同じで、まだ少し幸せに臆病なことを知っている。 芽生は、誰がなんと言おうと、もう俺たちの子だよ。  君と過ごすようになって3年だ。芽生も出会った時は4歳だったのに、間もなく8歳になろうとしている。芽生にとって大切な時期を、瑞樹は心を砕いて接してくれ、芽生も君に絶対の信頼を置いている。 「俺たちは一人も欠けては駄目だ」 「はい……はい……宗吾さんっ……んっ、んっ」  珍しく瑞樹から積極的に口づけを求めてくる。 「大丈夫、大丈夫……大丈夫だ」  そんな健気な彼をすっぽり包み込んで、薄い背中をトントンと叩いてやった。  俺は君の心の安定剤でありたい。  君の全てになりたい。 ****  風呂上がりに二人の会話を立ち聞きしてしまい、じわりと涙が目の端に滲んだ。  男同士の抱擁と口づけは初めて見たが、少しも不快なことはなかった。  みーくんは、宗吾くんに心から愛されている。  良かった……本当に良かったよ。  あんなに家族が大好きだったみーくんが、目の前で家族を一気に失ってしまった辛さ。生まれてからずっと君を傍で見守っていた俺だから、よく分かる。  君の孤独も不安も、すべて包んでくれる温かい存在が、宗吾くんなんだな。  立ち聞きしてしまった話によると、明日は母親との面会日で、どうやら俺が連れて行かれる美容院は宗吾くんの前妻の再婚相手の店らしい。一見とても複雑だが……それを隠さないで見せる宗吾くんの態度は、天晴れだな。  気に入ったよ。北海道の大地のように広い心だ。  彼のおおらかさが、俺は気に入った。  君は隠されるよりも見せてもらった方がみーくんが安心するのを、ちゃんと分かっているんだな。 「おじいちゃん、どうしたの?」 「あぁ、風呂からあがったのか」 「うん! あっ、おじいちゃんのおひげ、びしょびしょだよ」 「ははっ、明日にはスッキリなくなっているぞ」 「切るところ、みたいな。ボクもいっしょにいける?」 「あぁ、みーんなで行こう」 「うん!」  無邪気な笑顔が眩しかった。何があったのか分からないが、可愛い子供を置いていくなんて、やはり心が痛いものだ。だが、そのおかげでみーくんは芽生坊と出会えた。  結局、何事もその時その時の縁だ。  俺とみーくんが出会えたように、すべての出会いには意味がある。 ****  5月4日 「え? 今から……ママと会うの?」 「次は誕生日の前日と、約束しただろう」 「あっ、そうだった!」  宗吾さんと話す芽生くんは、少しだけ複雑そうな顔になった。 「あのね……くまさんとお兄ちゃんも行く? ボク、みんなといっしょがいいな。だって、ママのおばあちゃん、ちょっとこわい……あのお家にいくの……いやだな」  可哀想に……先日、無理矢理おばあさんに連れて行かれそうになったのがよほど怖かったんだね。芽生くんの意志を無視して強引に事を運ぶのは、僕だって許さないよ。 「大丈夫だよ。今日は美容院で会うことになったんだよ」 「あ、あそこ! そっか、よかった~ あそこなら、だいじょうぶだね」 「皆も付いているからね」 「えっとね……あのね、お兄ちゃん」  芽生くんが何か言いたそうにしている。 「何かな?」  しゃがんで芽生くんと視線を合わせると、ペタッとくっついてくれた。 「お兄ちゃん……ちゃんと、おそばにいてね」 「もちろんだよ」  緊張している時、がんばらないといけない時、芽生くんはこんな風に僕に甘えてくれる。 僕もこんな風に母に甘えたことがあるので、その少し心細い気持ち……よく分かるよ。 「ずっと傍にいるよ」 「よかったぁ、じゃあいく!」  芽生くんから歩き出す。 「おじいちゃんとパパとお兄ちゃんといっしょだから、だいじょうぶ!」  この世に芽生くんを産んでくれた玲子さん……  あなたに僕は一目置いている。  芽生くんをこの世に誕生させてくれた人だから、感謝している。  だからこそ、芽生くんの日々の幸せを第一に考えて欲しい。  玲子さんが盾になってでも、そこはどうか守って欲しい。 不思議だな。  いつの間にか、僕もこんなに強く深く願えるようになったのか。  これは……夢も希望も全部消えたと思った僕に、新たに芽生えた気持ち。  種から育てた、大切な気持ち。  

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