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賑やかな日々 17

「お義母さん、お邪魔しました」 「宗吾さん、あなたのこと見直したわ。今更だけど……」 「もうっ、ママってば、また余計な一言を!」 「玲子もよ。経さんとの再婚で、あなたも随分変わったのね。今日よく分かったわ」 「……ママ」  角を曲がった所で、俺はふぅっと息を吐いた。 「ふぅ……緊張したよ」 「あなたが?」 「あぁ、すごくな」 「……そう」  玲子の母には、ありのままの姿を見せた。  もう変に格好良く見せようとなんてしないで、今の俺を見て貰おうと心に決めていた。  俺がこんな風に考えられるようになったのは、瑞樹のお陰だ。  瑞樹は謙虚で健気な性格で、優しい声で優しい言葉を紡ぐ人だ。  そんな君の可憐さに惚れた。  君は和やかに過ごす日々のありがたさを教えてくれた人でもある。 「宗吾さん、今日はカッコよかったわよ」 「玲子こそ」 「私たち……今なら芽生にとって安心出来る存在かな?」 「あぁ、そう思うよ」 「良かった。ありがとうね。もう夫婦じゃないけど、芽生の生みの母として……成長を影ながら見守らせてね」 「そうして欲しい」  瑞樹も同じことを望むだろう。  芽生を生んだ玲子に一目置いているようで、芽生にとって大切な存在だと思っているようだ。  それは……君が生みの母と今生の別れを告げた人だから、思うこと。 「宗吾さん、やっぱり変わった」 「玲子も変わった」 「結婚していた頃は、お互いツンケンしていたわね。私達、派手な見かけにばかり執着して」 「ははっ、そういえば、玲子のメイク、結構変わったな……ナチュラルになった」 「ふふっ、私のメイクは経くんがやってくれるのよ」 「へぇ、専属メイクさんか。それはそれはいいダンナを見つけたな」 「宗吾さんこそ、服も髪型も若返って、すっかりイクメンじゃない」 「へへ、いいパートナーがついているからな」  不思議だ。  こんな風に和やかに……玲子とまた話せる日が来るなんて。  いい風が吹いている。  今の俺たちには、それぞれの風が吹いている。 「瑞樹の元に、戻るよ」 「うん、私も経くんの所に戻るわ」 「行こう!」 ****  僕は鏡の前に座らされて、大人しくしている。  目の前の机には山のようなメイク道具。  韓流アイドルって? 一体どんな風になってしまうのか、不安が隠しきれない。   「瑞樹クンは、お肌すべすべだね。何かトクベツなお手入れをしているの?」 「いえ、特に変わったことは」 「じゃあ、元がいいんだね。ねぇ……君はもしかしてメイクって、肌に色を塗りたくることだと思っていない?」 「えっと……違うんですか」  女の子の赤い唇やグラデーションを描くアイシャドー、不自然なほどに染まった頬を想像していた。 「そういうメイク方法もあるけど……僕のメイクはね、自分を隠して飾り立てるものではなくて、素の自分のよい所を引き出すことを心がけているんだよ」 「引き出す?」  「そう、瑞樹くんの良さを……心を整えるっていう感じかな?」  話していて、玲子さんのメイクがどんどん変わってきていることに気付いた。 「もしかして……玲子さんのメイク、経さんが?」 「そう! あ、そうだ、僕と玲ちゃんの馴れ初めを知りたい?」 「あ……少し」  玲子さん。最初に会った時はもっとメイクが濃く、言動もキツかったのに……気が付いたらすっかり丸くなっていた。 「僕は以前、大手美容チェーン店で働いていてね、玲ちゃんは僕が担当していたお客様だったんだよ。ド派手なメイクにどぎついマニキュアで……キリキリしていたなぁ。思えばその頃、離婚したみたい」 「……」 「ずっと剥がしてあげたかったんだ。彼女の仮面を……離婚して半年くらいしてからかな。ますますメイクが濃くなっていく玲ちゃんを口説いて飲みに誘ったのは……」 「それが出会いなんですね」  人と人の出会いって不思議だ。  どこに新しい縁があるか分からない。  僕だって泣きながら辿り着いた公園で、出会った。 「玲ちゃんに長年張り付いた仮面はしぶとくてね。それでも根気よく根気よく。結局、なかなか最後の一枚が剥がせなかったんだけど、瑞樹くんと接触してからかな……玲子ちゃんが芽生くんの母であることを漸く思い出せて剥がれ落ちていったよ。それからはナチュラルメイクさ」  まさにあの頃のことだ。 「だから僕からもお礼を言うよ。瑞樹クンありがとう」 「僕は何も……」 「君の澄んだ心が、頑なにこびりついていた玲ちゃんの最後の意地を解かしてくれたんだよ」 「そんな……」 「君って謙虚で可愛いね、さぁ君の持ち味を引き立てるメイクをしよう」  経さんの手が、羽のように動く。  まるで魔法の手のようだ。  沢山の化粧品を使っても、濃くならないのが不思議だ。  余興で女装した時は顔に塗りたくられて、息苦しかったのに。 「さぁ、出来たよ、目を開けてご覧」 「はい……えっ」  僕がいた。ありのままの僕が…… 「あの……結構メイクしていましたよね?」 「うん、したよ。一番力を入れたのは、ここだよ」  唇を指さされた。 「優しい言葉を紡ぐ場所だから、元々のくちびるの色を活かしてグロスで念入りに整えたんだ。それから湖のように澄んだ瞳は余計な色で邪魔しないようにベージュ系のシャドーで微かな陰影をつけたよ。君は照れると頬が染まりやすいからチークは入れていないよ」 「すごい……」  僕なのに、僕ではないみたいだ。  しっとりと輝く上質な真珠のような肌。  熟れたサクランボのような唇。  いつもより陰影のある瞳。 「す、澄子さん‼」  突然背後から母の名を叫ばれて、びっくりした。 「くまさん?」 「あ……あぁすまん。あまりに似ていて……みーくんは澄子さんによく似ている。ヘルシーなメイクで整えると一層似ているよ」     くまさんは感動して涙ぐんでいた。  僕はじっと……鏡の中の見つめた。 「お母さん……?」 (なあに? みーくん) 「お母さん!」  鏡に手を伸ばして触れてみた。  冷たい鏡の感触なのに、そこにまるで母がいるように感じた。 「お母さんに、会えた!」 「みーくん、良かったな」 「お兄ちゃん、とってもキレイ。パパがびっくりするね」  そのタイミングで、宗吾さんと玲子さんが帰宅した。 「瑞樹~ どこだー? 帰ったぞ~」  

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