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賑やかな日々 18

「あぁ、やっと瑞樹と芽生に会える」 「宗吾さん? さっきまでのカッコイイ顔はどうしたの?」 「ん? 俺、今、どんな顔をしてる?」 「しまりのないデレ顔よ!」  玲子が呆れ気味に言うが、俺はヘコたれることなく、逆にニヤリとした。  あ、これで鼻の下を伸ばしたら、絶対に芽生に怒られるヤツだな。注意せねば。 「……本当に変わったわね」 「そういう玲子だって! 前はツンとした女性を気取ってなかったか」 「そういう宗吾さんだって、パリッと男前だったのに」 「それはさぁ……もうお互いさまだな」 「そうね。くすっ、調子が狂うわ」 「さてと戻ろう。今のそれぞれの場所に」 「そうね!」  今日玲子の実家に挨拶に行くのは、俺にはかなりのプレッシャーだった。  結果……全て丸く収まって、胸を撫で下ろしているんだ。  だから褒美が欲しい。  早く愛しい恋人と可愛い息子の顔が見たい。 「瑞樹~ 帰ったぞ。 どこだー?」    逸る気持ちで美容院のドアを開けると、日が燦々と降り注いでいたので眩しかった。  思わず目を擦すると、鏡の前に佇む人がふわりと微笑みながら振り返った。 「えっ?」  俺はその人を良く知っているのに、初めて会った人のように感じ、呆然と立ち尽くしてしまった。 「ちょっと宗吾さん、何をしてるの? 邪魔よ。早く中へ入って」 「玲子……俺は店を間違えたようだ」  思わず後ずさりして、扉を閉めてしまった。  中から、俺を呼ぶ声がする。 「宗吾さん? どうしたんですか」  んん? これは瑞樹の声だぞ? どーなっているんだ? 「ちょっと宗吾さん、ここは私と経くんのお店よ。早く中に入って」 「あ……あぁ」  中の人は、瑞樹に間違いなかった。  何故……さっきは違う人に思えたのだろう?  瑞樹にとても近しい人。  それはもしかして……あの人なのか。 「あっ、経くんってば、瑞樹クンにメイクしたのね」 「そう! 僕からの贈り物だよ」 「……綺麗……瑞樹クン、素のままでも充分美人だから、うっすらお化粧したらもっと綺麗」 「メイク……そうか、メイクしたからなのか」  瑞樹が面映ゆい表情で、俯いてしまった。 「宗吾さん……驚かせてごめんなさい。あの……変ですよね」 「変じゃない!」(そこは即答するところだ) 「じゃあ……どうして最初Uターンをしたのですか」  小首を傾げて、見つめる瞳。 「綺麗な人がいるなぁって客観的になったんだ。すまん」 「はははっ、宗吾くんは見惚れたんだな。メイクしたみーくんは、澄子さんそっくりだから無理もない」  熊田さんにバンバンと背中を叩かれて、苦笑した。 「参ったな。瑞樹のお母さんはすごい美人だったんだな」 「……綺麗な人だった記憶はあります。大好きだった人です」  瑞樹がそっと鏡を覗き込んで、ニコっと可愛く口角を上げた。  ズキュン――‼‼  ヤバイ! これはヤバイ。これはかなり来る。  爆弾のような可愛さだ。  ヤバイ惚れ直した。違う惚れ増した!  ナチュラルメイクのヘルシーさが、瑞樹の鈴蘭のような可憐な雰囲気を際立たせている。 「パパ? わわ、それは、ダメダメー」  ハッ! 芽生の声がする。  腕で❌印を描いているってことは、 鼻の下が伸びているのか。 「そ、宗吾さん……落ち着いて下さい」 「みーくん、宗吾くんはみーくんの可愛さにやられたようだ。無理もない。俺だって澄子さんと見間違えてしまう程だったし」 「お兄ちゃんは、お兄ちゃんだよ~」  経くんと玲子が、ぽかんと俺を見つめて、その後肩を揺らして笑っていた。 「ちょっと宗吾さん、あなたキャラ崩壊。あーもう瑞樹クンには敵わないなぁ」 「ちょっとお二人さんは少しここで、クールダウンね」  経くんによって、熊田さんがヘアカットした個室に押し込まれてしまった。 「芽生は、ママと遊ぼうか」 「ママと?」 「駄目?」 「うれしい! あのね……ボク、ママとしたいことあって」 「なあに?」 「えへへ、手をつないで、おかいものにいきたいの」 「まぁ! いいわよ。何を買いにいくの?」 「ないしょ」 「じゃあちょっとだけね」 「うん!」    芽生……そうか、ママと買い物にいきたかったのか。その位の年の子は、まだママと手をつないで歩いているもんな。 「あ、じゃあ熊田さん、僕たちは珈琲買いに行きませんか。美味しい店があるんですよ」 「いいですね。ちょうど飲みたかったんだ」  いつの間にか、個室に瑞樹とふたりきりだ。 「あの……どうして皆いなくなってしまったのですか」 「気を利かせてくれたんだろう」 「えっと? 僕……何かしました」 「反則だ。それ……そんなに可愛くなるなんて」 「え? ……あっ、ちょっと」  個室の青いカーテンの中。  メイクをした瑞樹がスポットライトを浴びている。   「よく見せて……顔を」 「あ……恥ずかしいです。こんなメイクをしたのは初めてなんです」 「俺の星《スター》だよ、君は」 「そ、宗吾さん……そんな恥ずかしいこと言わないで下さい」  すっぽり背後から抱きしめているので、瑞樹は逃げられない。 「玲子の母に、ハッキリ言ってきた。俺の誠意が伝わったようで、芽生を怖がらせることはもうしないと言ってくれた。昔の俺には……恥ずかしながらなかったんだ……誠意なんて。だが君と過ごすことによって、俺はどんどん変わった。今日は本当に気持ち良かったよ。力尽くでも、上辺だけの言葉で言い含めたわけでない。真摯な心を汲んでもらえたんだ。それが嬉しくて……瑞樹、君が俺をこんな風に変えてくれたんだ。瑞樹がいなかったら……全部駄目だった」  感極まって、瑞樹を振り向かせ……唇を重ねてしまった。 「あ……、んっ……んっ」  瑞樹が優しく俺の背中を撫でてくれる。 「宗吾さん良かったですね……これで安心出来ますね。芽生くんはずっと宗吾さんと過ごせますね」 「あぁ過ごせるよ。俺だけでなく、君も一緒だ」 「はい……僕……さっき鏡の中の母に報告したんです。宗吾さんとの……これからのこと……」 「良かったな。お母さんに会えて……化粧は魔法なんだな」 「優しい魔法をかけてもらいました。経さんに出逢えたのは玲子さんのお陰です。これも縁なんですね……僕にとって必要な縁でした」  俺の腕の中に、瑞樹は可憐に微笑んだ。 「宗吾さん……あの……ですね……あの、カツラを被りません?」 「は?」 「ほら、モヒカンの……あれを被ったら、宗吾さんどうなっちゃうんでしょうね」 「おーい、どうしてそんな萎えることを言うんだ?」  瑞樹の腰を抱くと、下半身が微かに兆しているのが分かった。  ははん、最近はキスだけで蕩けてくれるようになったからなぁ。 「ぼ……僕は気を紛らわしたいんですよ……笑いで……そのこれ以上は」  涙目で股間を押さえる君が可愛すぎて、これ以上触れるのは諦めた。  代わりに、置いてあったヅラを被ってやると、瑞樹が吹き出した。 「ぷはっ――、ぷぷぷっ、くすくす」 「俺がこんなになっても、愛してくれるか」 「……うーん、うーん、たぶん」 「おい!」  二人で抱腹していると、カーテンをパッと開かれた。 「入るぞ~」 「わ! 熊田さん」 「ははは! やっぱり、やると思ったよ。宗吾くん、よーく似合っているぜ」  イケオジになった熊田さんが珈琲片手に笑っていた。  笑いの渦だ、もう――  大人になってもたまには馬鹿をして、涙を流すほど笑ったっていいよな。  笑顔、笑顔、笑顔はいいものだ! **** 補足画像、アトリエブログに置きます。

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