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賑やかな日々 19

 芽生と久しぶりに、手を繋いで外を歩いた。  楓の葉のように小さかった手はスクスクと成長し、大きくなっていた。  手に籠もる力がギュッと逞しくなっていたので、離婚時にはまだ3歳だった芽生が、もう8歳になったことを改めて実感した。  心も身体もスクスクと成長しているのね。 「芽生、本当に大きくなったわね」 「えへへ、もう二年生だもん」 「小学校は楽しい? お友達は沢山出来た?」 「うん、楽しいよ。さいしょはなかなかお友達ができなかったけど、今は沢山いるよ」 「よかったわ……寂しくない?」 「うん、ママは?」 「大丈夫よ」  そう答えると芽生は、ほっとした表情になった。  こんなに小さいのに、いつも私の心配をしてくれるのね。  優しい子。  宗吾さんと私の性格からは考えられない程の、きめ細やかな優しさを持っている。  それでいて明るくて素直で、本当に可愛い子。  こんな可愛い息子を感情に任せて置き去りにしたなんて……  あの頃の自分に言いたい。馬鹿なことをしたと。 「芽生、瑞樹クンと暮らせてよかったね」 「うん、お兄ちゃんはたいせつで大好きなんだ」 「そんな人がパパと出逢えてよかった」 「えっと……ママのケイくんもすごいよ。魔法つかいさんだったなんてしらなかったなぁ」  芽生が目をキラキラと輝かせる。 「あ……メイクのことね」 「うん! お兄ちゃんね、さっき……鏡の中をじっとみていたんだ。だからボクものぞいてみたの」 「そうしたら?」 「中には、きれいでやさしそうな女のひとがいたんだよ」  芽生が何を言っているのか、すぐに理解出来た。  経くんにメイクされた瑞樹クンの美しさは。神々しいまでだった。きっと自分の中に眠るお母さんに出会っていたのね。  経くんのメイクは不思議なの。メイクしているのに、足すのではなく引かれていく感覚になるのよね。  私もどんどん剥がされてしまったもの。鎧のように厚塗りの人工的な色のメイクをしていた私から、異常に膨れ上がったプライドを削ぎ落としてくれた人。  瑞樹クンのメイクも、素晴らしかった。  彼の良さを引き立て、彼の会いたい人に近づくメイクだったのね。 「そうね、魔法つかいかも」 「やっぱりメイのママはすごいな」 「え?」 「お兄ちゃんがいつも言ってくれるよ。メイくんのママはとてもすてきな人なんだよ。ママって、いるだけで、すごいんだよってね」  瑞樹クン……やだ、泣かせないでよ。 「ママ、どうしたの?」 「えっと……芽生、ママとどこに行く?」 「んっとね、お花やさんがいいな」 「お花やさん?」  私とは行ったことない場所だわ。  生の花を飾るなんて、無駄だと思っていた。  一瞬で枯れていく花が嫌いで、枯れることのない造花か人工的に手を加えたプリザーブドフラワーばかり飾っていたわ。 「うん、ママといきたかったんだ」 「分かったわ」 お花やさんに行くと、メイは目を輝かせた。 「ママ! あれ……あれがいい!」 「これ?」  それは赤いカーネーションだった。 「あのね、ママにあげたくて。ボク……今日ママにあうからおこづかいもってきたんだ。お金たりるかな~」 「芽生、芽生ってば」 「……母の日にはあえないから、今日でいいかな?」  思わず店頭で小さな息子を抱きしめてしまった。 「もうっ、こんなに小さいのに……いいのに、そんなこと」 「ママにあげたかったんだよ? いやだった?」 「ううん、うれしい。駄目なママなのに……まだママ、ママって言ってくれてうれしい」 「へんなママだね。ボクのママは、ママだけなのに」  ギュッと抱きしめると、懐かしい陽だまりの匂いがした。  5月5日、こどもの日に生まれた元気な産声の男の子。  初夏の薫風が似合う可愛い坊や。 「芽生、ありがとう。本当にありがとう」 「ボクもありがとう」 「じゃあママからは、芽生を大切にしてくれる瑞樹クンにお花を買ってあげようかな」 「え? いいの? お兄ちゃん、きっとよろこぶよ。いつもお花のにおいがしているもん」  可憐な瑞樹クンに似合う花は…… 「これかな? これはどう?」 「スズラン!」 「似合うかな?」 「だいすきなお花だって、言っていたよ」 「あ、そうなのね、じゃあこれをブーケにしてもらおう」 「うん! ママ、ありがとう。やっぱりボクのママはやさしいね」  芽生と二人きりの時間は、どこまでも貴重だった。 「芽生のお誕生日プレゼントは、美容院に置いてあるのよ」 「今年はどんなの? たのしみだな。ママがくれるのはいつもかっこいいよね」 「まぁ、そうだったかな?」 「えへへ、しょうがっこうでほめられたよ」  何をあげていいのか迷って、最近は何かにつけて靴下を贈っているの。  あなたの足の成長が止まるまでは、贈らせてね。  靴下なら出しゃばらないし……何足あっても困らないでしょう。 「今年はどんな色?」 「クローバーみたいな、やさしい緑色にしたわ」 「わぁ~ ママ、ありがとう!」    

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