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誓いの言葉 11

「宗吾さん、芽生くん、おやすみなさい」 「瑞樹も今日は疲れただろう。ゆっくり休めよ」 「はい!」 「お兄ちゃん、おやすみなさい」 「瑞樹、お休み」  電話を切ると、すぐにお母さんに呼ばれた。 「瑞樹、そろそろご飯よ」 「あ、はい!」  くるりと振り返ると、お母さんとくまさんが仲良く並んで朗らかな笑顔を浮かべていた。  あれ? 今頃気付いたけれども、お母さんのヘアスタイル……肩すれすれのボブスタイルが明るく溌剌としていて、いいね。くまさんも東京で思いっきりイメチェンしたので、二人が並ぶと本当にお似合いだ。  この位の年齢のカップルも落ち着いていて素敵だな。僕も宗吾さんとこんな風に歳を重ねていきたい。 「今日の晩飯は、みーくんスペシャルだぞ」 「ありがとうございます。僕の大好物です」  具沢山のホワイトシチュー。人参やブロッコリーなどの野菜がたっぷりで、見るからに美味しそう! 「くまさんって、お料理が上手なのね」 「さっちゃんには、これから先、沢山作らせて欲しい」 「え、いいの? 実は私、お料理があまり得意じゃないので、嬉しいわ」  お母さんが照れ臭そうに頬を染めると、くまさんは首を横に振った。 「いやいや、あのドーナッツは絶品だった! 素朴で愛情たっぷりで売り物になりそうだったよ」 「ホント? 喜んでもらえて嬉しいわ」 「また作ってくれるかな?」 「えぇ、喜んで」  ちょっとちょっと……二人の会話って、こちらが照れ臭くなるほど熱々だ。 「みーくんの顔が赤いぞ。さっちゃん、ちょっと診てやってくれ」 「瑞樹、どうしたの? 熱でもあるの?」  お母さんに額に手をあてられ、ますます困ってしまった。 「病気じゃなくて……その……お母さんとくまさんにあてられたから」 「まぁ!」  今度はお母さんが真っ赤になる。チラッと見ると、くまさんも真っ赤だ。 「ははっ、俺たち三人は感情が顔に出やすいな。これは似たもの親子になれるかな?」  くまさんの一言が、僕を更に喜ばせる。  血は繋がっていなくても、似ている部分が一杯あるって嬉しい!  食卓には熱々のシチュー、窓際にはお母さんが手入れしてくれたラナンキュラスが咲き誇っている。  このログハウスは、くまさんが17年間冬眠していた場所だったが、ここに、ようやく春がやってきたのだ。  それが嬉しくて、僕は目の端に涙を浮かべてしまった。 「もちろん似たもの親子になれると思います。いや、なって下さい。そうなりたいです!」 「そうね、瑞樹、私達、ますます繋がりが深くなったわね」 「それが嬉しくて……溜まりません」  お母さんがまた右手をさすってくれる。 「みーずき、手はもう大丈夫そうね。そう言えば、宗吾さんと芽生くん、急に留守にして大丈夫そうだった?」 「あ……今日は仕事が忙しかったようで、宗吾さんらしいゆとりが若干なかったような」 「そうなの? きっと……瑞樹がいる生活が当たり前なので大変だったのね。それにね、人間、忙しいと、いつもなら流せることについイライラしたり、あたったりしてしまうものなの。瑞樹がそんな時は柔らかくサポートしてあげてね」  お母さんは、まるで自分に言い聞かせているようだった。  僕を引き取ってくれてから、花屋の営業時間を延ばし配達を増やしたりして、お母さんが目が回るほど忙しかったのを、知っている。 「瑞樹にも丁寧に接してあげられなくて……本当にごめんね」  忙しいお母さんに学校の集金袋を提出するのが躊躇われた。体調が悪いこともなかなか言い出せなかった。  でも、そんなことよりも、お母さんは一生懸命、僕たちを育ててくれた。 「お母さんの大変さ……ちゃんと理解していました」 「でもね、瑞樹……あなたにはもっともっと愛情をかけてあげたかったのよ」 「お母さんは……今日は僕の仕事をずっと手伝ってくれたし、こうやって一緒に過ごしてくれています……何より……僕にお父さんをありがとうございます。うっ……」 「瑞樹……あなったって子は本当に思慮深くて優しい子ね。やだわ、私まで……もらい泣きよ」  僕とお母さんが手を取り合って泣いていると、くまさんが僕たちの手を大きな手で丸ごと包んでくれた。 「あぁ、もう泣くな! 二人にはこれからは俺がついているんだから! さぁ暖かいものを食べて身体を暖めよう。心もポカポカに温くなるぞ」  くまさんのシチューは、芽生くんの言葉を借りると、まるで『魔法のシチュー』のようだった。僕の身体は芯から温まり、右手の痺れも完全に消え……しっかりと木のスプーンを握ることが出来ていた。    食事が終わると、くまさんがホットレモネードを作ってくれた。 「みーくん、さっちゃん、これを飲んでくれ。蜂蜜は俺の特製だし、疲労回復になるよ」 「美味しいわ。ねっ瑞樹」 「うん」  ほっこりする。  ここにいる僕は……もう二人の息子だ。 「そうかそうか、すっかり元気になったな」 「はい!」 「そうだ、明日、花の写真を持って行くのだろう? 俺が撮ったのでいいのか」 「はい、お借りしてもいいですか」 「もちろんさ、今から現像してくるよ」    お母さんが、僕に問いかける。 「瑞樹、明日は何を着ていくの? 急な出張で着替えを持っていないのよね」 「どうしよう。生産者さんにお会いする時は、着て来たスーツではなく普段着で行きたいのに」  これは僕の勘だが、綺麗なスーツで行ったのでは、日々土に触れ花を育てている生産者さんに伝わらないものがある。そんな気持ちが湧いていた。 「困ったわね。くまさんの洋服はかなりブカブカだったわね」 「ううっ、やっぱり?」 「あ、それなら俺より大樹さんの作業服の方がましかも。背丈は今のみーくんに近かったかも」 「え?」 「さっきは失念してしまったが、定期的にメンテナンスしていたから、すぐに着られるぞ」  心臓が跳ねる。  まさか……まさか……お父さんの服があるなんて。 「このログハウスは元々は大樹さんの作業場だったので、着替えを何着か置いていたんだよ。ちょっと待ってろ」 「瑞樹、よかったわね」 「はい」  ワクワクしながら待っていると、くまさんが二階から下りてきた。 「これだ、これ!」  それはブルーのストレッチデニムの作業服だった。 「わぁ、つなぎですか」 「そうだ、これならウエストや襟ぐりが多少大きくても気にならないな」 「確かに! お父さんの背丈と近いなんて……昔は大きく見上げていたのに不思議です。二人に見てもらいたいので着てみますね」  丈は少しだけ長かったので少しだけ折ったが、つなぎなので中で身体が泳いでも気にならなかった。 「どうでしょうか」  今度は……くまさんの目元が潤む。僕を通してお父さんに逢っているようだ。 「みーくん……ありがとう。そのつなぎは思い出が詰まりすぎて、メンテナンスする度に辛かったのに……今日からはみーくんが着てくれるのか。俺の敬愛する大樹さんの息子、みーくんが受け継いでくれるなんて、最高だ!」  くまさんにむぎゅっと抱きつかれ、頬ずりされた。  これって広樹兄さんがいつも僕にするのと同じだ。 「わ! 髭が擽ったい」 「あぁ、悪い。もう夜だから伸びたんだな」 「広樹兄さんみたいですね」 「広樹くんは、さっちゃんの長男だな。彼とも仲良くなれそうだ」 「よかった。あと……僕の弟……潤にも早く会って欲しいです」  この仕事を終えれば、いよいよ潤の結婚式だ。 「潤の結婚式に……ぜひ来て欲しいです」  僕とお母さんの声が、ぴたりと揃った!  願いはひとつになる。

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