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誓いの言葉 23

「ママぁ、あといくつねたら、けっこんしき?」  パジャマ姿のいっくんが、私の足にくっついて、つぶらな瞳で見上げてくる。  あらあら、ここ最近、毎晩飽きもせずに、この会話の繰り返しね。  でも、いっくんが結婚式を楽しみにしてくれるのが嬉しいから、何度でも答えてあげるわ。 「えっとね、あと3回かな」 「しゃんかい!」  いっくんが小さな手をパーに広げて、指を折っていく。 「いち、にい、さん……」 「ね、もうすぐでしょ」 「ほんとうだ。あのね、きょうは? きょうは……パパにあえない?」 「うーん、今日も仕事が忙しくて……遅くなるみたいなのよ」 「……わかったぁ」  いっくんの瞳が、じわっと濡れていく。    ああん、もう……この顔に弱いのは潤くんだけじゃない! 私もよ。 「いっくん、ママとお絵描きでもしようか」 「うん! ママのドレスかくね」 「うふふ」  そんなことをしていると、アパートの階段をトントンと駆け上がってくる軽快な足音が聞こえた。  いっくんと私はパッと顔を輝かせて、コクンと頷いた。 「パパだよ」 「そうね!」  すぐにノック音、それから潤くんの声がする。 「ごめん、遅くに」 「パパぁ~ パパぁ~!」 「おー、いっくん、会いたかったよ」  いっくんはあっという間に潤くんの腕の中。  本当に逞しい人。  軽々と抱き上げてくれる姿を、私は目を細めて見上げていた。 「菫さん、会いたかった」 「私も!」 「実はさ、急ぎの相談があって」 「何?」 「うちの母親のことでさ」 ****    まるで作戦会議のように兄さんの提案を菫さんに伝え、夢中で話し合った。 「じゃあ潤くんのお母さんも再婚するのね。本当におめでとう!」 「菫さんに祝福してもらえるのが嬉しいよ」 「当たり前じゃない! 一人親の大変さは私も知っているわ。お母さんは三人の息子さんを成人させて、本当にすごいわ。心から尊敬しているの」  菫さんの言葉はいい、すごくいい。しっくりくる、大好きだ…… 「じゅ、潤くん……?」  無意識のうちに、かなり熱い視線を向けていたらしく、菫さんが照れ臭そうに頬を染めていた。 「菫さん……オレに父さんが出来るんだ。すげーうれしい」 「あ、じゃあ先に結婚式をしてもらってお父さんになってもらわない?」 「え?」 「私、変なこと言った?」 「いや、今からオレが菫さんに頼もうと思っていたことだから、驚いた」 「そうだったのね。親族の控え室でサプライズをしたらどうかな?」 「いいな。で……兄さんから頼まれたんだけど……母さんが被るベールを見繕って欲しいんだ」 「ベール!……せっかくなら手作りしない?」  へ? それは無理だ。オレが裁縫なんて…… 「私に作らせて欲しいな。ううん一緒に作ろう! 潤くんといっくんの三人で」 「そんなこと出来るのか」 「出来るのよ!」  菫さんが出来ると言えば、出来る気がする。 「ほら、仕事先の先輩だった……今は銀座でテーラーをやっている桐生さんに相談してみるわ。布とかの材料を送ってもらえば……まだ3日ある、間に合うはずよ。桐生さんはお祭り好きなのよ」 「なるほど……菫さんのネットワークはすごいな」 「アパレル業界で働いている強みよ」 「ありがとう。あ……いっくん寝ちゃったな」 「くすっ……コアラみたいにパパにくっついている」 「オレ……パパって言ってもらえるの嬉しいよ」  オレの胸元でパジャマ姿のいっくんが、すぅすぅと可愛い寝息を立てていた。  芽生坊もよくこうやって、兄さんの胸元で眠ってしまうらしい。  オレのいっくんも同じだ。  そう思うと、心がポカポカになった。 **** 「宗吾さん、お待たせしました」 「電話、全部終わったのか」 「はい、なんだかまだ信じられないです」  瑞樹が頬を紅潮させて、寝室に入ってきた。 「何が?」 「僕が……サプライズ企画を提案するなんて……本当に良かったのでしょうか。お母さんのことなのに……出しゃばりすぎていませんか」 「何を言う! 最高の提案じゃないか」  細い手首を掴んで布団の中に誘うと、瑞樹も素直に入ってくれた。 「相変わらず細いな」 「太れないんですよ」 「どうして? 結構食べているのに? 甘いものだって好きなのに……変じゃないか。どこか具合が悪いのか。体調が悪いなら言えよ」  瑞樹の背中をさすりながら問いかけると、慌てて首を振った。   「どこも悪くなんてないです。その……宗吾さんとの……激しくて……」 「あーまー、でも悪くないだろ?」 「はっ! も、もう――何を言わせるんですか」 「可愛いコト!」    ちょっと拗ねた声で、瑞樹に訴える。 「なぁ……あのさ、広樹も潤もいいな、俺も君の役に立ちたい。なぁ俺がすることはないのか」 「あ……それなら」  瑞樹が甘く微笑んで、俺の手を握って……手の甲にそっと口づけをしてから、自らの胸の上に誘導した。 「ん? 大胆だな」 「……マッサージして欲しいんです……手を庇っていたら変な筋肉を使ってしまったみたいで……」  キラン―― 「ま、マッサージですよ。ただの」 「了解!」  俺は、瑞樹に勢いよく覆い被さった。 「瑞樹、目を閉じて……気持ち良くさせてやるから」 「あ、あの……ただの……マッサージですよね?」  瑞樹が甘えた声を出す。 「あぁ、そうだ」  優しく労るように、細い体を撫でていく。  ただのマッサージなのに、先に感じ出したのは瑞樹の方だった。 「んっ……あっ……」  鼻にかかるくぐもった声、気持ち良さそうにとろんとした表情。  何度見ても……見飽きない、整った清楚な顔。  清らかな君が淫らになる瞬間を見せてくれる。  そんな瞬間が、今宵もやってくる。 「宗吾さん……ありがとうございます」 「何に感謝を?」 「僕……宗吾さんの勢いに感化されたみたいで……自分から前向きに動けるようになってきています。そんな自分に出逢えたのが……嬉しくて」  そう言いながら、明るく微笑む瑞樹。  儚かい瑞樹が……俺にこんな表情を見せてくれるようになった。  成長していく君が眩しくて愛おしくて、何度も何度も愛を込めてキスをした。 「軽井沢……いい式にしよう。二重のお祝いなんて最高だな」 「はい」  幸せな夜がやってくる。  灯りを消せば、満天の星が降りてくる。  

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