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誓いの言葉 36

僕が手を洗って戻ってくると、宗吾さんが待ちきれない様子で指輪をはめてくれた。  左手薬指に吸い付くように収まる指輪に、思わず笑みが漏れる。 「持ってきた甲斐があったな」 「すみません。僕……いつも気が回らなくて」 「いいんだよ。これは俺の役目さ!」  先ほどまで芽生くんと一緒に口を尖らせていたとは思えないほど、今の宗吾さんはスマートで、ドキドキした。  宗吾さんのオン・オフの切り替えが早いのも、振り幅が広いのも好きだ。  人間らしい所が、大好きだ。 「よーし、俺たちも着替えに行くぞ」 「はい! 芽生くんも行こうね」 「うん!」  芽生くんと仲良く手を繋いで親族の更衣室に入ると、くまさんがいた。 「みーくん!」 「くまさん!」 「元気だったか。今日は写真を撮りまくるぞ!」  くまさんが、ガッツポーズをして快活に笑ってくれた。  あぁいいな。くまさんって本当に頼りになる。 「今日は、スーツなんですね」(良かった!) 「あぁ、実は出掛けにさ……おっと、こんな話をしたら笑われるかな?」 「? 笑ったりなんてしませんよ。あの……何か不思議なことでも?」 「そうなんだよ。実は大樹さんに呼び止められたんだ。ジーンズで行こうと思ったのに、スーツにしとけって言われてな」 「お父さんが」  くまさんは少し声のトーンを抑えて、神妙な口調になった。 「実はな、みーくんと再会してから、大樹さんがとても近く感じるんだよ。この17年間、声も聞こえなかったのに不思議だよな」 「あ……僕も、僕も同じです。亡くなった家族のことは、もう忘れようとして……ずっと生きて来ました。無理矢理、記憶から追い出したりして……でもそれじゃダメだったんです。歪みが生まれるばかりで」 「……みーくん」 「くまさんと出逢えたことによって、事故以前の幸せな記憶を本当に沢山思い出せるようになりました。そしてくまさんが僕が生まれた日から、ずっと……まるでお父さんのように見守って来てくれたことも知り、それが……本当に嬉しくて……お……」  ダメだ。まだサプライズには早いのに、早くも感極まって泣いてしまいそうだ。 「みーくん、俺に任せておけ。君の大事な弟の晴れの姿、しっかりカメラに納めてやるからな」  くまさんはお父さんの愛用の一眼レフを掲げて、笑ってくれた。 「ぜひ、お願いします」 「お兄ちゃん~ このお洋服ってどうやって着るの?」  芽生くんが衣装を持って、困り果てたように眉を寄せていた。 「待って、今、行くよ」 「こんなの着たことないよ~ かっこいいけど」 「瑞樹、悪いが頼む」 「はい、宗吾さんはご自分の着替えを先に」 「悪いな」    芽生くんの衣装は、とても可愛い仕上がりだった。  白とブルーのストライプのシャツに蝶ネクタイ。白い半ズボンを青いサスペンダーで吊って、靴は紺色だ。  流石テーラーメイド! 桐生さんのこだわりの真髄を見せてもらった。 「芽生くん、すごい! まるで小さな英国紳士みたいだよ!」 「わぁ~ これ……ほんとにボクなの?」 「そうだよ。とってもカッコイイよ」 「うーんと、おとなになったみたいだ」 「よく似合っているよ」 「お兄ちゃんも、はやく着替えて~」 「くすっ、そうだね」  僕の衣装は、ブラックスーツに淡い水色(サムシングブルー)のベスト、アスコットタイ、チーフも同色で揃えられていた。  これが僕の新しい礼服なんだ。心機一転だ。  宗吾さんが桐生さんと相談して、全身コーディネイトしてくれた。 「あの、宗吾さん、これ、どうでしょう?」 「瑞樹! おぉ~ 最高だな。君のフェミニンな雰囲気とよく合っていて、可愛いよ」 「くすっ、可愛いだけですか」  宗吾さんに甘く囁かれ、いつもより気持ちが大きくなってしまう。  そんな僕を見て、宗吾さんも嬉しそうだ。   「綺麗だよ! 俺の恋人は最高に綺麗だ」 「そ、宗吾さん!」 「パパー のろけてばかり」 「みーくん愛されているな」  男性更衣室は、とても賑やかだ。 「宗吾さんも早く着替えてくださいよ」 「ちょっと待て、君にカフスとタイリングを」 「えっ?」  それは初めて見るものだった。 「エメラルドなんだ」 「これ……高かったのでは?」 「新しい礼服にぴったりだろ。エメラルドは君の誕生石だよ。幸運、幸福、夫夫愛、安定……希望、喜び……新たな始まりを意味するそうだ」 「新たな始まり……」 「そう、この礼服を着た君が、いつも笑顔でいられるように。君にぴったりの贈り物だと思って」 「嬉しいです。宗吾さん……」  宗吾さんは手持ちの濃紺のスーツに、サーモンピンクのベストにネクタイとチーフもお揃いの色だ。 「可愛いだろ?」 「ちょっとだけ、意外です」 「ははっ、瑞樹と芽生に合わせて、可愛い路線にしてみた。ガーデンウェディングに映えるようにな。一応シャツは芽生と瑞樹に合わせて、サムシングブルーなんだぞ」 「あの……そのカフスとタイリングも新調されたのですか」  宗吾さんが照れ臭そうに笑う。 「君のを買ったら自分のも欲しくなったんだ。俺はルビーだよ。誕生石なんだ」 「ルビーは情熱と仁愛ですね。宗吾さんにぴったりです!」  そのまま抱き合う勢いだった。 「あーコホン、コホン」 「けほ、けほ」 「あっ!」  くまさんと芽生くんがいることをうっかり忘れて、二人の世界に入っていたようだ。は……恥ずかしい!   「みーくんが幸せいっぱいなのは、よーく分かったし、二人のペアルックはよく似合っている。さぁ芽生坊を真ん中に、三人で並んでご覧。写真を撮ろう!」 「あ、はい」  くまさんがカメラを構える。  カシャッと小気味よい音が鳴ると、パラパラと過去の残像が砕け散った。  原っぱに膝をつき慟哭していた僕。  どうやって生きていこうか途方にくれていた僕。  礼服が汚れるのも構わず、突っ伏して大泣きした僕。  みんなもう……過去のことだ。  空に散っていく。 「瑞樹、吹っ切れたな」 「はい。もう完全に……」 「じゃあ、行こう」  宗吾さんの声が響く。  幸せの鐘が鳴る。        補足 **** アトリエブログに三人の衣装の画像を掲載しますね。

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