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誓いの言葉 37
銀座……
「いらっしゃいませ。何かお探しですか」
「あぁ……えっと、誕生石のカフスとタイリングを見せてもらえますか」
「畏まりました。では上品で控えめなのが宜しいですよね」
「え? 何故それを?」
大河さんの友人だという銀座の裏通りにある宝飾店『月の雫』の店主は、静かな笑みを浮かべていた。
「恋人に贈られるのなら誕生石が宜しいかと。失礼ですがお相手は何月生まれですか」
「あぁ五月です」
「五月でしたら、こちらの深い緑色のエメラルドです。小ぶりでさり気なく可愛らしいものです」
「へぇ、いいな」
「エメラルドは『幸運の宝石』と呼ばれているんですよ」
「幸運……」
「他にも、エメラルドの意味は『活力の源』なので、ネガティブな事に振り回されない心の強さ、豊かさと愛に溢れることに繋がっています」
それは、まるで瑞樹……そのものじゃないか。
つい後ろ向きになってしまう弱さも含めて、丸ごと君を愛しているが、やはりいつまでもネガティブなことばかりに振り回されて欲しくない。
今……君の周りはこんなにも幸せで輝き、愛に溢れているのだから。
俺との明るく輝く未来を、もっともっと思い描いて欲しい。
「これをいただくよ」
「あの、よろしければ、お揃いでいかがですか」
「え? 俺も」
「控えめなお相手は、あなた様とお揃いだときっと喜ばれると思いますよ」
少し月影寺の翠さんに似た上品な顔立ちの店主の、さり気ない勧め方がスマートで気に入った。
「確かにそうだな」
「誕生月を教えていただけますか」
「7月だが」
「情熱のルビーですね。よくお似合いです」
「赤か。どんな意味があるんです?」
「パワーストーン的な意味は、情熱や勝利、愛情といった強く前向きなものばかりですよ。とにかく生命力のある石です」
生命力……! 俺にとって、何よりのものだ。
瑞樹と芽生と共に歩む人生はどこまでも真っ直ぐに――
事故や事件に巻き込まれないで、着実に年を重ねていきたい。
「よしっ 俺のも、いただくよ」
「ありがとうございます」
「それにしても流石、桐生さんの紹介だな」
「お褒め下さいまして、光栄です」
『月の雫』の店主は、長い睫毛を伏せて、上品な笑みを見せた。
****
「宗吾さん、どうです?」
瑞樹が魅惑的な笑みを浮かべ、袖口を俺に見せてくれる。
細い手首の手元を彩る、エメラルドの煌めきにドキッとする。
「似合っているな」
「宝石って女性だけのものだと思っていたので、少し恥ずかしいのですが……その……」
「ん?」
「宗吾さんとお揃いだと思うと、嬉しいだけでした」
はにかむような君の笑顔に胸が疼く。
あぁ、もう溜らん。
俺は瑞樹の言葉選びが好きだ。
最初は……幸せに臆病で……生きていくことにどこか後ろ向きな君だから気になった。
付き合えば付き合う程……優しくって思いやりがあって、可憐な君だから好きになった。
「瑞樹、これから末永く、よろしくな」
「あ、はい」
指輪をはめた薬指をコツンと合わせて、誓いを確かめた。
****
「まぁ、お綺麗な花嫁さんですこと」
「ありがとうございます。潤くん、いっくん、どうかしら?」
アップに結った髪。華奢な首元には紫色のネックレス。
ふわふわなドレスには、柔らかな布で出来た菫の花が沢山散らされていた。
菫さんの美しいウェディングドレス姿に、目を奪われた。
「潤くん?」
「ご、ごめん、すごく眩しくて」
「……あのね……本当に……純白のウェディングドレス姿でなくてよかったの?」
「あぁ……俺が菫さんには菫色のドレスを着て欲しかったんだ。その……上手く言えないけど……純白のドレスはいっくんのパパとの時にもう着たんだろう? だから……それはそれで、大切な思い出として取って置いて欲しくて」
「え……そこまで考えてくれていたの?」
俺はドレスや宝石のことには疎いけれども……これだけは、ずっと考えていた。
いっくんをこの世に生み出してくれたのは、菫さんだけでない。
亡くなったご主人の存在も欠かせない。
俺に菫さんといっくんを委ねてくれた人に、永遠の敬意を払いたい。
「菫さんの大切な思い出は塗り替えなくていいよ。だから俺は菫さんに菫色のドレスを着て欲しいんだ」
「潤くん……もう……やだ、泣いちゃいそう」
「ママぁ、すごくキレイ」
「あぁ、いっくんのママは最高にキレイだな」
「パパのママだよ?」
「いっくんってば、本当にそうよね。ママのパパよ」
菫さんの瞳には真珠のような涙が浮かんでいた。
「さてと俺たちも着替えてくるよ」
「ママぁ、いっくんテンシになってくるね」
「うん、うん! 楽しみにしている」
「よーし、いっくん、男同士で着替えるぞ」
「うん! いっくん、パパといっしょのおとこのこだもんね」
「そうだぞ」
「パパぁ」
「ん?」
「いっしょ、うれしいねぇ」
「あぁ」
男同士っていいな。
まだまだあどけないいっくんも、この先どんどん成長していく。
その成長を一緒に見守れる喜び。
いっくんの父親になれる喜び。
この気持ちを、オレは絶対に忘れない。
さぁ、オレも着替えよう。
セレモニーに相応しい服装で、菫さんに誠意を見せたいよ。
生まれ変わる。
今日からまた――オレは変わる。
brand new days!
brand new world!
brand new story!
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