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HAPPY SUMMER CAMP!㊱

「薙……」  父さんが目を見開いたまま、固まってしまった。 「なっ……なんだよ、そんなに驚くなよ!」 「あ……ありがとう……嬉しいよ。うん、時間が許す限り、僕の傍にいて欲しい。あっ、ごめん、父さんまだこんな格好で」    父さんは照れ臭そうにオレに背を向けて、流さんが届けてくれた浴衣を羽織り出した。  父さんの背中って、相変わらず凜として綺麗だな。  やっぱり和装の方が似合うよ。  そう言えば、昔から和装を好む人だった。母さんは嫌ったけれども、和装姿の父さんはいつもより寛いだ表情で、子供心に嬉しかったよ。  さっきの話、おぼろげだが思い出した。    あの日は父さんと留守番していた。昼寝から目覚めて父さんを探すと、足元に長い紐が落ちていた。何だろうと引っ張ると、父さんが振り向いた。  今考えると、父さんはこっそり浴衣を着付けている最中だったんだな。 ……   「あれ? パパ、いつもとちがうおようふくだね」 「これは浴衣と言うんだよ。ちょっと着たくなってね」 「……パパ……どこにもいかない?」 「どうしたの?」 「……なぎもいっしょがいい。パパとずっといられるように、このひもでゆわいて」 「薙……」 ……     あの日のように、父さんの背中に、そっともたれてみた。  頬をすり寄せて、父さんの温もりを味わった。 「薙、どうしたの?」 「何でもない」  小さい頃はどんなに手を伸ばしても掴まえられなかった。  でも、オレはもうこんなに大きくなったから、腕を回せば父さんをちゃんと引き止められる。もうどこにも行かせない。 「父さんこそ、どこにも行くなよ」 「薙……ごめんね。ごめん……もう絶対に薙を置いていかない」  くるりと振り向いた父さんが、オレを幼子のように抱きしめてくれた。 ****  テントの前で、ぴたりと足を止めた。  翠と薙が、歩み寄っている。  親子の時間が繰り広げられている。  翠があんなに願った時間が到来している。  今はそっとしておいてやろう。  代わりに丈のテントにお邪魔することにした。  俺も流石にいつまでも褌姿ではいられないからな。 「おーい、お二人さん入るぞ」 「え!」 「邪魔か」 「邪魔に決まっていますよ」 「知ってる」  ずかずかと入ると、丈が困惑していた。 「流兄さん……」  洋くんが照れ臭そうに、俺を呼ぶ。 「お! その呼び方、もっとしろよ。俺たちは嬉しいんだから」 「えぇ、そのつもりなんですが……なかなか照れ臭くて」  洋くんは、相変わらず匂い立つような美しい男だ。 「まぁ、たまにでもいいから呼んでくれ。それから丈、お前の服を貸せよ」 「私のですか。サイズ的には宗吾さんの方が合いそうですが」 「ばーか! さっきの見ただろう。瑞樹くんの嫉妬。俺と宗吾が出来ちまったと思ったらしいぞ! はははっ! 野獣×野獣、煩悩×煩悩でどうなっちまうんだろうな」  豪華に笑うと、二人に冷ややかな目で見られた。 「流兄さん、言葉は慎んだ方が身のためですよ。普段大人しい人に限って、怒ると怖いんですから。なっ、洋」 「丈、それどういう意味だよ? 俺と瑞樹くんが怖いと言いたいのか」 「はは、洋に怒られるのなんて蚊に刺されたようなもんだ」 「言ったな! 今度、吸血鬼のように吸ってやるから覚悟しろよ」 「それは楽しみだ」  なんだ、なんだ、結局ここも惚気大会かよ。 「とりあえず、これ借りるぞ」  丈のシャツをズボンを着ると、少しきつかった。 「やっぱり、まだまだだな」 「何がです?」 「オレの方が逞しいってことさ」 「兄さん……いい歳して自慢大会ですか」 「お邪魔虫は退散するぜ」    よーし、こうなったら各テントを見回るか。  お次はこもりんと管野の蜜の部屋だ。  耳を澄ますと、何故かザーザーと波の音が聞こえてきたぞ。まるで子守唄のようだ。 「あーコホン、コホン、管野くん、いるのか」 「あ、流さん……今、こもりんを寝付かしていました」 「はぁ? もう朝だぞ?」 「滝行で疲れてしまったようで」  甘い……甘すぎるだろっ お前たちは。    と、突っ込みたくなる。  見ると、管野くんが小豆を箱に入れて傾けては、波の音を作り出していた。  寝袋の中では、小森めがよだれを垂らして眠っていた。  か、過保護すぎるだろー! 「小森はあんこの夢でも見ているのか」 「たぶん、今頃あんこの波に乗っている頃かと」  管野くんよ、君も男だろ。  小森のあんこに呑まれるな!   「くぅ……ううう……くだらん! 起きろ! 小坊主! あんこトーストがあるぞ」  すると小森はパチッとつぶらな瞳を開けて、目を輝かせた。 「いよいよあんこの出番なんですね!」  いや、待てよ。  俺も翠も小森に呑まれているのか。 「まぁ……そういうことだ。朝食の準備、手伝ってくれよ」 「畏まりましたぁ」  寝起きの良い小森は、満面の笑みを浮かべる。  その横で管野くんがデレッとしている。  ま、いっか。  当事者が幸せななら、それで良い。  もはや親心に近いのか。  さてさて、次は宗吾たちの部屋だ。 「宗吾さん、もういい加減に着替えて下さいよ」 「でも背中が衣類とすれると痒いんだよ」 「もうっ、宗吾さん、いくらなんでもキャンプサイドで裸で眠るなんて無謀過ぎますよ」 「悪かったよ。もうしない」 「あ……でも僕がど真ん中で眠ってしまったからいけないんですよね。すみません」 「謝るなって。それで、いい夢を見られたのか」 「はい。今日は目覚めてもまだ夢のようでした。芽生くんといっくんが天使みたいに寄り添ってくれていたので」  はぁ~ 瑞樹くんはいい子だな。  心洗われる会話だ。  俺からすると瑞樹くんも天使だ!  宗吾は幸せ者だ。  俺も幸せだが、宗吾も幸せだ。  そんな風に認め合える友人が出来たことが嬉しい。 「おーい、宗吾! そろそろ朝ご飯の支度をするぞ。手伝ってくれるか」 「おぅ! 喜んで!」 **** 「ところで、いっくん。そのシャツどうしたんだ?」 「あのね……ごめんなちゃい」  いっくんがペコッと謝るので、菫さんと顔を見合わせてしまった。 「いっくん、もしかして……おトイレ間に合わなかったの? きゃー どうしよう。おむつさせればよかったかな」 「いや、おねしょは仕方がないさ。オレもしたしな。で、いっくん、どこにしたんだ?」 「そーくんのね。おなかのうえにしちゃった!」 「‼‼‼」  菫さんが卒倒しそうになり、いっくんが泣きそうな顔になったので、慌てて二人を抱きしめたやった。 「そうか、そうか、じゃあ……兄さんが助けてくれたんだな」 「うん、みーくんやさしくてね、このおようふくもかしてくれたの」 「これ、兄さんのか!」  俄然元気になる。思わずクンクンしたくなるが、それじゃ宗吾さんになるので我慢だ。  それにしても、兄さんのシャツを着た息子を抱っこするのって、最高だ。 「それより、どうしよう! 宗吾さん怒ってないかしら?」 「だいじょうぶだよ。そーくん、さっきもいっぱいわらってたよ。ゲラゲラって」 「ど、どうして?」 「だからぁ……すいしゃんがすっぽんぽんになったからだよぅ」  結局、そこに戻るのか。  一体、いっくんは……何をしでかしたのか。  流石に気になってきたぞ。 「あ! あれ! あれー!」 「ん?」  いっくんが指差すのは、オレの浴衣の帯。コテージはホテル並の設備が整っていたので、浴衣も備え付けられていた。 「あのね、こういうひもをすいしゃん、おしりにグルグルまいていたんだよ。でもねぇ……たいへんだったの。いっくんがひっぱったら、おっこちちゃった!」 「‼‼、ひっ、ひ……ひもパンを翠さんが?」 「やだ、潤くん、たぶんそうじゃないわ」 「なんでわかる?」 「いっくんを見て」  いっくんは兄さんのTシャツを脱ぎ捨てすっぽんぽんになり、股に浴衣の帯をあてて、グルグル巻き付けていた。それって、おむつじゃなくて……えっと、何だっけ? 「いっくんもすいしゃんみたいになりたいなぁ~ そーくんもりゅーくんもこもりんも、みーんな、こんなのしてたよ。 ママぁ……これってなあに?」 「そ、それはね……多分……ふ……ふんどしかな?」  菫さんの声が引きつっていた。  ひぇ――! ってことは、我が息子が公衆の面前で翠さんのふんどしを引っ張って、解いちゃったってことなのか。は、裸に剥いちゃったのかー!  あの楚々として美しい翠さんと、すっぽんぽん。  ヤバい……似合わなすぎだ。  恐るべし、キッズパワー! 最強のエンジェルズだ。 「いっくん、あとでパパとあやまろうな」 「うん! すいしゃん、スイカみたいに、まっかっかだったよ」 「ひっ、ひぇっ」  菫さんとオレの声が揃う。              

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