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HAPPY SUMMER CAMP!㊲

「菫さん、いっくん、一緒にお詫びに行こう」 「う、うん」 「いっくん、ちゃんと、ごめんなちゃいするよ」  いっくんの話を聞いて真っ青になったオレたちは、とにかくテント回りをすることにした。菫さんと二人きりの夜をプレゼントしてもらったお礼もかねて。  まずは兄さんのテントに近づくと、テントの横の木に、いっくんのパジャマが風に吹かれて揺れていた。綺麗に洗ってもらいピンと干されたパジャマは、どこか誇らしげに見えた。  あぁ、あれは……兄さんの干し方だ。  函館の家にいた時、兄さんは自ら家事を買って出ていた。だから洗濯を干すのは兄さんの係となり、俺は手伝いもせず、ずっと任せっきりだった。  兄さんが家にやってきてから、毎朝起きると、軒下に綺麗に干された洗濯物を見るのが日課になった。まだ10歳の兄さんが背伸びして洗濯物を干していた光景が忘れられないよ。  あの頃のオレは横柄な態度で兄さんを困らせてばかりだった。どんどん距離も遠のいていたから、ろくに礼も言えなかったな。  だがそんなオレの衣類を、1日も欠かさずに綺麗に干してくれる兄さんが、本当は大好きだったんだ。  今なら胸を張って言えるよ、「兄さんありがとう」と……  テントの中から珍しく兄さんが少し怒っている声が聞えた。どうやら宗吾さんを叱っているようだ。 「もう~ いつまでそんな格好でいるんですか。また蚊にさされますよ」 「瑞樹ぃ……背中が痒い~ あーもう蚊は懲り懲りだ。刺されるなら断然、瑞樹にがいい」 「えっ……そんな……僕には……むっ無理です。そっちは……経験が……」 「お、おーい、瑞樹~ また明後日の方向に走っているぞ」 「へ! あ、あぁ……もうっ」 「まぁ受けて立ってもいいが」 「宗吾さん!」  げっ! 兄さん?  おーい、一体どうしてそんな思考回路になっちまったんだ?  菫さんと顔を見合わせて、苦笑するしかなかった。 「潤くんのお兄さんって、清純なタイプかと思ったけど……ちょっと見当違いだった?」 「いや、兄さんは優し過ぎるから影響を受けやすいんだ! 悪影響をな!」  お邪魔かと思ったが声をかけると、気を取り直した兄さんが出て来た。 「あ……潤、おはよう! よく眠れた?」 「あぁ、兄さん、いっくんのパジャマを洗ってくれてありがとう!」  すると兄さんが不思議そうに首を傾げた。 「くすっ、どうしたの? そんなに改まって……いつもしていたことだよ」 「いや……その、ずっと……ありがとう。オレの洗濯物をずっと洗ってくれて」 「あ……うん。潤の成長を感じて……ちょっとドキドキしたよ」 「へ?」  兄さんが悪戯に笑う。 「どんどん洋服も大きくなって、量も増えて……」  りょ! 量! 量ってなんだよ!  ひぃ~オレ、夢精はちゃんと洗ったよな?  兄さんには流石に洗わせていなかったはず! と思いたい! 「くすっ、何を慌てているの? 洗濯物の量だよ? あ……えっと……そっち?」 「忘れてくれー!」  ……終わった。  いやいや、終わらせるわけにはいかない。  これからが本番だ。   「宗吾さんは?」 「いるよ! 宗吾さん、潤です!」 「おー! おはよう!」  宗吾さんは朝から元気一杯だ。怒った様子はなく、妙にすっきりした顔をしている。 「宗吾さん、昨日はコテージでゆっくりさせて下さって、ありがとうございます。それから樹がご迷惑をお掛けしてすみません」 「そーくん、ごめんちゃい」  いっくんもペコンと頭を下げる。    可愛い姿だが、妙に謝り慣れているのが少しだけ悲しくなった。いつもこんな風に周りに謝り続けていたのかと思うと切ない。   「何のことだ?」  ところが宗吾さんはどこ吹く風といった様子だ。 「あの……昨夜、樹が宗吾さんのお腹におもらしをしたと聞いて」 「あぁ、そんなこともあったな~ あの後、いろんなことがあり過ぎてすっかり忘れていたよ。っていうか俺も一応子育て経験者だから、全然気にしてないよ」  宗吾さんって、すげー爽やかだ。  オレもこんな風に、後腐れ無い、さっぱりとした大人になりたい。 「そうなんですか」 「むしろ懐かしかったよ」  菫さんがホッとすると、宗吾さんの背後から芽生坊がヒョイと顔を覗かせた。 「いっくんね、いい子だったよ」 「おー 芽生坊、ありがとうな」  芽生坊をヒョイと抱き上げてやると、また少し重たくなっていた。   「ジュンくん、ボク、これでいっくんのお兄ちゃんになれるかな?」  恥ずかしそうに笑う芽生坊は、兄さんの秘蔵っ子だ。 「芽生坊は兄さんに似て、きめ細やかで優しいから、絶対になれるさ」 「わぁ……お兄ちゃんと似てる?」 「あぁ、とても」 「お兄ちゃん!」  芽生坊が兄さんに向けて手を広げると、兄さんも満面の笑みで受け止めていた。  弾ける無邪気な笑顔に、この子は昔のオレが出来なかったことを毎日叶えてくれているのだと実感した。 「あ……えっと、めっ芽生くん、そろそろ……お着替えしようか」 「うん」  あれ? 兄さんの様子が突然崩れたぞ。いきなり顔を火照らせて……あー、それってさぁ、芽生坊のシャツが宗吾さんのだからか。  相変わらず熱々なんだな! こっちまで照れ臭くなる程に!    「オレたち、次は翠さんにお詫びをしてくるよ」 「……潤、いっくんのことは仕方がないよ。子供は紐が落ちていたら拾うし引っ張るものだよ」 「だがなぁ……褌はないよなぁ」  兄さんはその瞬間を思い出したようで、決まり悪そうな顔をした。 「まぁ確かに……みんなの前で、自分だけ裸になるのは男ばかりと言っても恥ずかしいよね……僕だったら……どうなっていたかな?」 「よ、余計な想像しなくていいからっ」  いっくんと菫さんと翠さんのテントに行くと、翠さんは浴衣をきちんと着付けて、楚々とした佇まいだった。 「翠さん……あの……ふん……ふん……」  やばい、こんな立派な人の前で、褌と言うのが恥ずかしい。  するといっくんがトコトコ出て来て、ニコッと笑った。 「すいしゃん、さっきは、ごめんなしゃい」 「いっくん、いいんだよ。僕も驚きすぎて悪かったね」 「ああ、あのね、いっくんね! すいしゃんのおちり、みまちた!」 「えっ……」  ピタッと固まる翠さんと、嬉しそうに喋り続けるいっくん。 「そーくんのおちりはブリブリだったでしゅが、すいしゃんのおちりは、ぷるんぷるんでちたよぅ」  ぷ……ぷるんぷるん……!  妙に生々しいな。  いや艶めかしいぞ!  翠さんの顔が、またスイカのように赤くなる。  一緒に、赤面する俺たち。  いっくんよ……それは正しいだろうが、今は、正しくない使い方だ!  オレと菫さんは、もう一度詫びを入れた。   背後からヌッと現れた流さんも、腕を組んで悩ましげだ。 「うーん、これは褒められて喜ぶべきか、見られたと嘆くべきか……仏の道は悩ましい」    

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