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ひと月、離れて(with ポケットこもりん)4
暫くすると葉山が安心しきった様子で、こくりこくりと船を漕ぎ出した。
「瑞樹ちゃん、ごめんな」
寝不足の親友を心配する気持ちだけでないことを許せ。
眠らせたのは、こもりんにあんこを食べさすためでもあるんだ。
心の中で懺悔した。
すぐに胸元がゴソゴソし出す。
「よし、もう出てもいいぞ」
ヒョイとこもりんの胴体を掴んで取りだしてやると、息苦しかったのか、それとも空腹過ぎて元気がないのか、しなびた花のようになっていた。
「お、おいっ、こもりん、しっかりしろよ。水を飲め! いや、この場合はあんこか!」
急いでも、あべやまもちを口元に押しつけた。
条件反射のように、こもりんの目がカッと見開く。
おいおい、ゲンキンだな~ 俺よりあんこが好きなのかと不安になるよ。
(あーん、あーん! あーん!)
ところが、こもりんが必死に小さな口をパクパクするが、何しろおもちが巨大すぎて駄目だ。
「ちょっと待てって! そのまま食べると、あんこと餅で窒息するぞ」
思わず声をあげてしまい、ヤバイと思った。
このままでは挙動不審だ。
「そうか、これを使えばいいのか」
パッケージに添えられていたピックであんこをそっとすくって口元に近づけると、嬉々とした様子でパクパク食べ出した。
「ははっ、可愛いなぁ~ 雛鳥に餌付けしているみたいだ」
こもりんが急にミニチュアサイズになってしまった理由は分からないが、こうやって一緒に出張に行けるのは嬉しいよ。
まぁ……なるようになるさ! 俺たち一ヶ月も一緒にいられるのだから、おいおい解決していこう。
こんなにも大らか気持ちになれるのも、少し摩訶不思議な所があるこもりんだからだ。
ツンツンと、こもりんが俺の手をつっつく。
「あぁ分かっているよ、もっとだな」
(はい、もっと下さーい)
「ほら」
(おいしいです、かんのくーん、だいすきです)
声は聞こえなくても、心に届いているよ。
そんなことを静岡駅から京都駅到着寸前まで繰り返した。
「間もなく京都到着です」
「ヤバっ、もうそんな時間か、こもりん、いったん退却だ」
こもりんはお腹を膨らませて、うつらうつらしていた。
幸せそうだな。
好きな子が……幸せそうに生きて笑ってくれている。
そんな様子を見られることのありがたさを、俺は知っている。
****
東京、滝沢ファミリーのマンション
モーニングコーヒーを飲みながら、俺は暫し朝から黄昏れていた。
「瑞樹……俺も1ヶ月頑張るよ」
昨夜君をなかなか寝かしてやれなかったことを許せ。
思いっきり寝不足にしてしまったよな。
まさか夏休み明けに一ヶ月も離れることになるなんて、予期せぬことで驚いた。お互いに会社員だから急な出張で家を空けるのは覚悟していても、現実には堪えるな。
一緒に暮らすようになってからは海外出張で2週間程度の不在はあったが、こんなに長く離れるのは函館以来だ。瑞樹の静養は三ヶ月にも及んだが、あの時よりぐっと距離が近づいた今だから、感じ方もまた違うようだ。
まだ……この手が……君の身体の熱を覚えている。
君の身体も、きっと俺の熱を覚えている。
「パパ、今、なんじ?」
「あぁ、もう8時だぞ」
ランドセルを子供部屋から持ってきた芽生が、窓の外を見上げる。
「……お兄ちゃん、お空の上なの?」
「いや、大阪までは新幹線だ」
「そうなんだね。今、どこかな?」
「そうだな、早朝の新幹線だったから、もう京都辺りだろうな」
「本当に行っちゃったんだね。ボクも『いってらっしゃい』したかったなぁ」
「5時起きで、6時半の新幹線に乗ったんだ。仕方が無いさ。瑞樹は出掛ける前に芽生の部屋に行って抱っこしていたぞ」
「えぇ! そうだったの? わーん、ボクおぼえてないよぅ」
明け方、俺の腕の中で微睡む君を起こすのが忍びなかった。いつまでも俺の腕の中に閉じ込めたくなるほどの可憐さだった。
「芽生、俺たちも頑張るって約束しただろう」
「そうだった!」
9月1日、小学校も今日から新学期だ。
「しかし新学期早々、悪いな、今日は給食なしで早く帰れるのに……これ弁当だ」
「ううん、ほうかごスクールもたのしいよ。絵日記をみんなに見せるのも、楽しみだなぁ」
「そうだな。力作揃いだもんな」
「うん! 夏休み毎日たのしかったから、描くのいそがしかったよ」
「そうか……」
実際には旅行はサマーキャンプだけで、大したことは出来なかった。
だが3人で、いつも仲良く過ごせた。
それを楽しいと言ってくれる息子が愛おしい。
「ん? 随分と荷物が多いな、全部持てるか」
「だいじょうぶだよ」
「いや、パパが送るよ。ほら持ってやるから」
「わぁ、ありがとう。ほんとは何か落とさないか、シンパイだったの」
ランドセルだけでも重たいのに、お道具箱に上履き、体操着、夏休みの宿題に自由研究、まだ8さいの息子に全部持たすのは酷だな。
それに瑞樹なら、真っ先にそう言うと思った。
瑞樹がしてくれたことを、なぞっていこう。
君を近くに感じていたいから。
「パパ、行こう」
「あぁ、芽生、行こう」
二人で手を繋いで家を出た。
俺と芽生の心の中では、瑞樹も一緒に出発だ。
****
軽井沢、こりす保育園
「さぁ、今日は夏休みの思い出を描きましょうね」
「いっくんね、おえかき、だいしゅき!」
なつやすみのいちばんのおもいではは、めーくんたちといったキャンプだよ!
あれれ……でもおもいでが、いっぱいすぎましゅ。
どうちたらいいのかな?
「せんせい、いっぱいかきたいことあるの、どうしたらいいでしゅか」
「そうね、じゃあ今日は一番綺麗だったことを描いてみようか」
「きれい……」
キャンプでね、いちばんきれいだとおもったのは……なんだろ?
そうだ! たきがきれいだったよ。
いっくんはみずいろのクレヨンで、たきをかいたよ。
ザーザーってね、そこにはみんながすっぽんぽんでいたんだよ。
「だから、つぎは……はだいろ……」
これは、りゅーくんとそーくんと。
それから、すいしゃん!!
いっくん、すいしゃんだいすき!
だからすいしゃんを、いちばんおおきくかいたよ。
「あ……おちり……」
すいしゃんのおちりも、しっかりかかないと。
ぷるん……ぷるんって……なにかとにていたなぁ。
「みんな~10時のおやつですよ~」
「わぁい!」
せんせいによばれていくと、ぷるんぷるんのゼリーだったよ。
「せんせ、これなんのゼリー?」
「これは桃ゼリーよ、ぷるんぷるんで美味しそうでしょう」
「モモ……そっか!」
いっくん、いそいでピンクのクレヨンで、すいしゃんのおちりにモモのえをかいたよ。
「あら? いっくんは何をかいたの?」
「えっとね、ぷるんぷるんのモモ!」
「あぁ桃太郎さんの絵なのね、なるほど川に桃が流れているのね」
「そう! ももたろうしゃんのえ!」
あれれ? これでいいのかな?
よくわからいけど、ぷるんぷるんのモモゼリーは、とってもおいちかったよ~
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