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ひと月、離れて(with ポケットこもりん)5

「間もなく京都駅に到着致します」  車内アナウンスの声で、ゆっくりと目覚めた。  どうやら管野に促されるまま、ぐっすり眠ってしまったようだ。  でもお陰でスッキリしたよ。  宗吾さんに明け方近くまで、身体を求められた。  僕も彼の気持ちに応じたくて、つい夢中になってしまった。  今日から一ヶ月離れ離れだ。  だから僕も彼にしがみついていたかった。  宗吾さんと付き合うまでは、そんな風に誰かに固執することはなかった。一馬との別れの朝だってそうだ。哀しみや切なさは募ったが、なんとかやり過ごせたのに……  明け方、一度深い眠りに落ちてから目覚めた。  目を開けると、宗吾さんが僕の頬を撫でながら心配そうな様子で、僕を見下ろしていた。 「大切な日に無理をさせた」と真摯に詫びられたが、僕は首を横に振った。  …… 「無理はしていませんよ。僕もそれを望んでいました」 「だが……これから慣れない出向に出る大切な身体なのに……こんなに疲れさせてしまって」 「くすっ、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。えっと僕も男ですし、成人男子として普通の体力はあります。確かに少し疲れてはいますが、すごく満ち足りた気分です」  両手を翼のように広げると、宗吾さんがギュッと抱きしめてくれた。   「瑞樹、一ヶ月頑張って来い! 応援しているよ」 「はい、頑張ってきます。宗吾さんも頑張って下さい」 「あぁ、芽生のこと、しっかり見守るよ。君を見習って」 「……僕はお手本ではありませんよ。でも僕がいつも傍にいるように芽生くんと接してくれたら嬉しいです。あの……」 「ん? なんだ?」 「……ちゃんと……僕の場所も空けておいて下さいね」  そんな甘えた言葉が自然に出た。 「当たり前だ。瑞樹の居場所はいつも俺の横だ」  宗吾さんの明るさ、元気さ、前向きな強さを、身体の隅々まで与えてもらった朝だった。  ……  少しぼんやりと目を開けると、隣で声がした。  管野が何か必死に喋っているようだった。  独り言にしては、大きな声だな。  あ、もしかして……僕に話しかけているの? 「ん……管野、ごめん。今、何か言った?」 「あ、瑞樹ちゃん もう、起きたのか! な、な、なんでもないよ」 「そう? お腹はもう大丈夫?」  管野のお腹は結局空いていたのか、それとも壊れていたのか。 「もう満腹さ!」  僕の座席前のテーブルには、大量の空き箱が積んであった。 「え? さっきのあべやまもち、全部食べちゃったの?」 「いや、きなこは残っているよ」 「くすっ、あんこばかり食べるなんて、小森くんの影響?」 「あぁ、まぁな」    管野を見つめると、いつもはこざっぱりしているのにスーツはヨレヨレで、所々に乾いたあんこがこびりつき、きなこの粉が舞っていた。 「そのスーツ、大丈夫?」 「え? な、なんで?」 「いや、随分がっついたんだな。そんなに汚して」  僕はハンドタオルで、取り急ぎスーツの汚れを拭いてあげようとした。 「みみみみみ、瑞樹ちゃん、いいって」 「遠慮しなくていいよ。なんだか今日の菅野は芽生くんみたいだな」  ふと見ると下腹部がぽっこりと盛り上がっていた。 「え?」 「た、たたたた……食べ過ぎたんだ。トイレに行ってくる!」  絶句している間に、管野がズボンの前を押さえて立ち上がる。  その膨らみって……  訊ねる前に、管野は真っ赤になってトイレに向かって走り去ってしまった。  うーん、なんだか既視感がある光景だ。  あ、もしかして小森くんの夢でも見ていたのかな?  うんうん、管野も普通の男だもんな。  同じ男として、分かるよ。  もう自然現象に一つと言えることだし、そう気にするなって。  それにしても小森くんと管野は夏のキャンプでも、仲良しだったけれども、どうなっているのだろう? あの渋谷デートの後の話だってうやむやだし、結局最後まで致していないってことなのかな?  あ……だから一ヶ月離れるとことになって、一気に事が進展したのかも!  僕たちみたいに、朝まで離れずに過ごしたのかもしれないね。  二人のことをいろいろ想像しているうちに、頬が火照ってきた。  も、もしかして初夜だったとか。  いやいや……いい加減に、野暮な想像はやめないと。  これじゃあ……僕、宗吾さんみたいだ! 「瑞樹ちゃん、ごめん、ごめん」 「……管野に聞きたいことがあるんだ」 「な、何?」 「うん……その、おめでとうと言った方がいいのかな?」 「へ?」  管野がキョトンとした。  あれ? 違ったのか。   「ごめん、違うなら悪かった。やっぱり体調が悪い方なんだね。新大阪駅に着いたら薬局で腹痛の薬を買おう!」  真剣に話すと、管野が明るい表情で首を横に振った。 「いやいや、薬屋よりも行きたい所がある」 「どこ?」 「駅構内にある、焼き立てみたらし団子屋!」 「えっ、まだ食べるの?」  僕たちは笑いながら新大阪駅のホームに降り立った。  ここで1ヶ月暮らす。  どうぞよろしくな!    ****  あんこをたらふく食べたこもりんがトロンとしていたので、今度は俺のズボンの右ポケットに詰め込んだ。  小さな身体で沢山食べたせいか、身体が子供みたいにポカポカだ。こもりんの体温で、俺の下半身が汗ばんできたぞ。  とにかく、そのまま静かにしていろよと念じたのに、突然コクリコクリと船をこぎ出した。  (ア……よせっ)  そこからが地獄だった。  こもりんが船を漕ぐ度に、俺の大事なものにこもりんの丸い頭がコツンとあたる。まるで煩悩の鐘を打つように、何度も何度も。  ひぃー ヤバい!  その刺激が俺をダメにする。 (ううう……)  前屈みになって悶えていると、瑞樹ちゃんが起きてしまった。 「頼むー 船をこぐな!」 「管野? 今、何か言った?」 「いや、ななな、なんでもない」  瑞樹ちゃんが俺のスーツを上から下まで見て、疑うような目つきで首を傾げた。 「何? 俺に何かついているのか」 「ついてるもなにも……ふぅ……管野、どうした? 全身あんこときなこ塗れだよ。一体どんな食べ方をしたんだ?」  ひぃ、こもりんに夢中で食べさせていたら周りに飛び散っていたらしい。    その瞬間。とうとう決定打を浴び、俺はトイレに駆け込む羽目になった。  大阪まで、あと5分!  間に合うのか!   俺の煩悩よ、静まれ!  ****  軽井沢 こりす保育園 「いっくん!」 「パパぁー」  いっくんね、おむかえにパパがきてくれるんだよ。 「せんせい、みてみて。ぼくのパパだよ。かっこいいでしょう」 「はいはい。何度見てもカッコいいわね」 「わぁい! せんせーしゅき!」 「いっくんってば、本当に人懐っこいのね」  いつもパパは、おしごとのおようふくをきているんだよ。  それでポケットから、めずらしいはっぱをだして、てにのせてくれるの。 「いっくん、今日のお土産はこれだぞ」  わぁ! きょうのはハートのかたちのきいろのはっぱだよ。 「わーきれいー パパ、これ、なんていう、おなまえなの?」 「これはカエデだよ」 「カエデちゃん~ いいにおいだね」 「よく気付いたな。これは甘い香りがすることで有名なんだ」 「えへへ、いっくんね、パパみたいに『はっぱはかせしゃん』になりたいの」 「へぇ、俺の跡を継いでくれるのか」 「うん! パパとずーっとずっといっしょにいたいから」  ほんとうだよ。  だってだって、いっくんが、やっとみつけたパパだもん!

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