1160 / 1642

ひと月、離れて(with ポケットこもりん)6

 兄さんたちと行った夏のサマーキャンプは、俺たち家族の絆を更に深めてくれた。菫さんとの二人きりの夜も、いっくんの父親としての時間も、どちらも愛おしいものだった。 『愛おしい』という感情の意味を知った今、過去を振り返れば、反省ばかりだが、オレはもう前を向いて歩くと兄さんと誓った。  今のオレには、愛する人と守る人がいるから。  仕事の後片付けをしていると、頭上から黄色に色づいたカエデの葉がふわりと舞い降りてきた。 「あれ? 紅葉はこれからなのに先走ったのか」  落ち葉が勝手に色気づいて先走ったあの頃の俺のように見えて、苦笑してしまった。  一足先に散ってしまったカエデの葉っぱを摘まんで夕日に透かすと、綺麗なハート型だった。 「なあに……心配するなって。いっくんが喜びそうな可愛い葉っぱだな。お前を連れて帰ってもいいか」  胸ポケットに葉っぱを入れて、職場を後にした。  最近は職場では着替えず、作業服のまま帰ることにしている。  いっくんが喜ぶし、オレも今の職業が誇らしい。  函館にいる頃は作業服なんてくそ食らえと乱暴に扱い、ド派手なカッコをして、兄さんと母さんを心配させていたよな。  人は変わる。  変わろうと意識した時から、変われるんだ。  暫く歩くと、いっくんが通う保育園が見えてきた。  結婚してから週の半分は、オレが迎えに行っている。菫さんもオレも土日休みではないので、お互い協力しあって家族全員で過ごせる時間を大切にしている。 「いっくん!」  園の玄関で声をかけると、いっくんは保育園の先生に何か嬉しそうに報告していた。  ははっ、くすぐったそうな笑顔が可愛いな。  それから満面の笑みで、俺に向かって、タタッと走ってくる。 「パパぁー!」  オレは両手を広げて、いっくんを高く抱き上げ、目線を合わせてギュッと抱きしめる。  1日よく遊んだいっくんの身体からは、お日さまの匂いと子供らしい清潔な汗のにおいがする。 「今日も楽しかったか」 「うん、いっくんね、おえかきほめられちゃった」 「へぇ、今日は何を描いたんだ?」  いっくんは芽生坊と一緒で、お絵描きが大好きだ。 「えっと……ぷるんぷるんの……」 「ぷっ、ぷるんぷるん?」  いっくんの発言にドキッとした。  ぷるんぷるんんと言えば……翠さんのし……  わー‼︎ オレまでこんな調子では、お寺のご住職様に失礼だ!    いやいや、待てよ。  オレは実際に見たわけじゃないのに、想像すること自体ヘンタイ行為だぞ。  これでは宗吾さんレベルだと苦笑してしまう。 「パパ、あのね、ぷるんぷるんのもものえをかいたの。かわにどんぶらこってながれてくる、ももたろうしゃんのえをかいたんだよぅ」 「あぁ、そうかそうか、桃太郎か」  よかった!  いっくんの記憶は見事に上書きされたようだ。  園の先生に感謝!  あとはオレたちの記憶から、抹殺すればいい。  これで月影寺の翠さんも安泰だな。 「パパぁ~」 「うん、なんだ?」 「パパぁ、きょうも、かっこいいねー」  いっくんがしがみついてくる。  無邪気に慕ってくれるいっくん。  こんなに慕ってもらえるなんて……オレ、しあわせだ。 やがてオレたちが暮らすアパートが見えてくる。  今日は菫さんは遅番だ。  帰宅したいっくんの手を洗って洋服を着替えさせて、絵を見せてもらって、洗濯物を入れて畳んで……うーん、充実した忙しさだせ! 「いっくん、今日は何を食べたい?」 「えっとね、つるつる」 「ラーメン? 焼きそば?」 「んっとね、んっとね。しゅぱ……しゅぱ……」 「あぁスパゲティか」 「そう!」    実家にいる時は、料理なんて興味もなかった。食卓につけばご飯が用意されているのが当たり前だと思っていた。陰で母さんと広樹兄さんが努力してくれていたのも知らずに。 「ええっと、レトルトでごめんな」 「だいじょうぶだよー パパといっしょ、うれしいもん」  うう……生憎まだレトルト食品を湯煎してパスタを茹でる程度で申し訳ないが、いっくんがワクワクした表情でオレを見上げてくれると嬉しくなる。  なんでも最初から完璧な人はいないんだ。  オレまだまだ新米だが、頑張るよ! 「ただいま~」 「お帰り、菫さん」 「潤くん……ただいま。えっ……潤くんがご飯作ってくれていたの?」 「温めただけだよ。今度の休日は、作り方教えてくれ」 「すごく嬉しい!」 「ママ、おかえりなしゃい。いっくんのえ、みてー」 「どれどれ? ママにも見せて。わぁ、これって、桃太郎さんの桃の絵ね」 「そうだよぅ!」  あたたかい家庭を築こう。  湯気の立ち込める、明るい食卓のある家にしよう。 **** 「まさか……本当にみたらし団子まで買うなんて」 「へへ、こもりんが買うようにって」 「……ん、でも、1ヶ月も会えないから、食べさせてあげられないよ」 「う……それはそうだが。み、瑞樹ちゃん……じ、実は……」 瑞樹ちゃんなら、ポケットにこもりんがいることを受け入れてくれると思った。だからもう正直に告白しようと思ったのに、そのタイミングで電話が鳴った。  こもりんは大人しく眠っているし、仕事の後にするか。 「はい菅野です。今新大阪です。はい! 承知しました!」 「……誰から?」 「大阪の人事部」 「なんて?」 「まずは業務の引き継ぎから本店に来いだってさ」 「早速忙しいね、菅野、頑張ろう!」  葉山と俺は、パチンとハイタッチした。  俺は嬉しかった。  葉山が一皮剥けたように、俺にラフな姿を見せてくれることが。  あのサマーキャンプを通じて、俺たちの仲は更に深まったな。  旅はいい。  心を解放してくれる。  心を広げてくれる。  俺の居場所も、葉山の中で広がったようだ。 「……それにしても良かったよ」 「ん?」 「菅野がいつもの調子に戻って」 「あ……あぁ」 「僕、すごく心配したんだぞ!」  葉山にコツンと肘で可愛く突かれて、「瑞樹ちゃん、マジ天使~」と叫びたくなった!    

ともだちにシェアしよう!