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ひと月、離れて(with ポケットこもりん)7
昼休みになってすぐ、俺は実家に電話をした。
「母さん、俺」
「あら、宗吾、どうしたの? こんな時間に……まさか、瑞樹くんや芽生に何かあったの?」
母さんが、電話口で息を呑んだのが伝わってきた。
「驚かせて悪い。怪我とか病気じゃないから、安心してくれ」
「良かったわ。変な時間に電話して来るから、心配したわ」
「ごめん。昨日はバタバタで電話出来なかったんだ。実は今日から1ヶ月、瑞樹が大阪に出向することになって……もう行ってしまったんだ」
改めて口にすると、1ヶ月は長いなと凹んでしまう。
「まぁ宗吾ってば、シャンとしなさい。あなたがそんな調子じゃ、瑞樹くんが心配するでしょう」
「確かにそうだな。それで今日から芽生と二人きりの生活になるわけで……その、母さん……」
この先は離婚した当初は、口が裂けても言えなかったことだ。
「なあに?」
「困った時は助けて下さい」
「ふふっ、宗吾、あなたも瑞樹くんに育ててもらったのね」
「へっ俺が? 育ててもらっているのは、芽生の方だぞ」
「いいえ、あなたもよ。宗吾に少しばかり足りなかったものが、今は満ち足りているじゃない」
それは……優しさ、相手の思いやる気持ちなのか。
瑞樹、君の生き方に、俺は確かに影響を受けている。
「素直になったわね」
「まぁね、尖ってばかりじゃ何も吸収できないからな」
「そうよ、瑞樹くんの優しさが宗吾にも伝染したのね。あら、じゃあ宗吾の変な所、瑞樹くんに行っちゃった? ふふっ」
「お、おいっ、母さんまで言うなよ」
母さん、朗らかになったな。
いや、前から朗らかな人だったか。
「とにかく頼みます!」
「もちろん任せてね。ちゃんと早めにヘルプサインを出すのよ」
「ありがとう」
「全部、瑞樹くんのおかげね」
「え?」
「私たちが仲良く暮らせているのも、和やかな会話が出来るのも、瑞樹くんが滝沢家の中に入ってくれたおかげよ。宗吾は優しく素直になったわ。親ってね、いくつになっても子供から頼りにされるのが嬉しいものよ」
「ありがとう。母さんは子育てのプロだ。頼りにしているよ」
「まぁやっぱりいい気分になるわ」
素直に礼を言えるのって、こっちも気分がいいんだな。
瑞樹、君が俺たち家族にもたらしてくれた幸せを、こんな瞬間にも噛みしめるよ、
一ヶ月頑張って来い!
そして元気に戻って来い!
****
「…本社から参りました葉山瑞樹です」
「あっ、あの菅野良介です」
「二人の噂は聞いているよ。本社のホープなんだってな。頼もしいよ! 何しろ関西パビリオンには、我が社の命運がかかっているからな」
そんなに大きなプロジェクト、僕たちに務まるのか、緊張するな。菅野の表情もさっきから固く、珍しく押し黙ったままだ。
「精一杯努力します」
「頼んだぞ。とりあえず、これが君たちに滞在してもらうマンスリーマンションの鍵だ。生憎空きがなくて、少し広い部屋だから二人で一部屋で我慢してくれるか」
今度は菅野が口を開く。
「葉山とは同期ですし、同じ部署でよく知っている仲ですので、そこはご心配なく」
菅野がそこは率先してハキハキと答えてくれるのが、嬉しかった。
菅野の中にある僕の居場所を確かに感じ、心が温かくなった。
「それは良かったよ。今から部屋に荷物を置いたら11時にこの病院に来てくれ。あとこれが企画書だ。それまでに目を通しておいてくれ」
「あの、病院って……?」
「あぁ事故に巻き込まれたパビリオンの担当者と直接引き継ぎをして欲しいんだ。ただこの事業に精魂込めていたから、気が立っているんだ。そこは…どうか事情は察してくれ」
本店の人事部も、ピリピリしていた。
僕はこれに似た経験をした事がある。
それは函館で花農家の急病で駆けつけた時だ。
あの時も最初は信用してしてもらえなくて苦労した、
それでも、相手の気持ちを汲んでやるべき事をした。
二人きりになってから、菅野の肩に手を置いた。
「菅野、大丈夫か」
「葉山、悪い。柄になく緊張した! 俺、こういうシチュエーションが苦手で……誰かの熱い想いを継ぐのって責任重大で……」
初めてかもしれない。
菅野が僕に弱みを見せるのは。
「うん、誰かがやりかけの仕事を引き継ぐのって重たいよね」
「分かってくれるのか」
「当たり前だよ、僕は菅野の親友だよ。もっと僕を頼って欲しい。その……もう僕の方は……大丈夫だから」
ずっと菅野に心配をかけて助けられてばかりだった僕が、ようやく言えた一言だ。
そしてもうひとつ!
「菅野、一緒に頑張ろう! 僕と菅野の最高のチームワークなら困難を乗り切れるよ」
「み、み瑞樹ちゃんからそんな台詞が聞けるなんて。ありがとうな! 俺、最高に嬉しいよ!」
大阪の高層ビル群の谷間で、菅野がいつものように明るく爽やかな笑顔を見せてくれた。
見知らぬ土地、見知らぬ人の中で頑張れるパワー、踏ん張れる心!
それは宗吾さんのおかげだ。
僕の中の弱みを克服出来るよう、宗吾さんに毎日育ててもらっているのだ。
宗吾さん、一ヶ月という長丁場ですが、僕、頑張って来ます!
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