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ひと月、離れて(with ポケットこもりん)8

 とりあえず荷物を置くために、短期賃貸マンションに向かった。 「瑞樹ちゃん、ここだ、ここ!」 「本店から徒歩5分なんて、すごい立地だね」 「……いいんだか、悪いんだか。俺たち監視されているみたいだな」 「……管野? どうした?」 「ごめん、なんか今日……駄目だな」 「いや……大丈夫だよ」  管野は、いつになくナーバスになっていた。  その理由は、道半ばでこの世を去った彼女を思い出してしまったからなのだろう。  誰かの熱い想い、無念な気持ちを引き継ぐのは、荷が重い。    だから僕は管野の背中を優しく押して、誘導した。 「とにかく入ってみよう。出向に同行する相手……管野で本当に良かったよ」  他の人だったら耐えられただろうか。よく知らない人と閉ざされた空間で息をするのは、まだ苦しいんだ。どろりとあの暗い過去を思い出しそうになり、慌てて頭を振った。 「俺も、瑞樹ちゃんと一緒で良かったよ」  短期賃貸マンションは2人暮らし用だったので、ベッドも2台あった。 「ここが俺たちが今日から暮らす場所なんだな」 「うん、思ったより悪くないね。管野、どっちを使う?」 「瑞樹ちゃんは窓際の部屋にしろ」 「でも、悪いよ」 「いいって、いいって、俺は水回りに近い方が落ち着くんだ」 「そうなの?」  それから1時間、渡された関西パビリオンの概略と加々美花壇のブースの設計図、それから花の配置図や手入れ方法、僕らは山積みの書類の中身を短時間で懸命に頭に叩き込んだ。 「ふぅ~ もう病院に行く時間だな。それにしても脳みそフル回転で、腹減った」 「それなら、さっき駅で買ったみたらし団子を食べたら?」 「え? あぁいや、あれはこもりんのだから」 「……」  管野が嬉しそうにみたらし団子の包装を解き、中身を見せてくれた。 「甘辛で美味しそうだろ?」 「それはそうだけど……」 「ごめんな。これは全部こもりんのなんだ」 「それはいいけど……」    管野の小森くんへの愛はかなり深い。直接食べさせてあげられなくても、好物だからと買ってしまうなんて。 「せめて……お供えでもしておく?」 「お供え?」 「だって直接渡せないんだから」 「あ……そのことだが……」 「うん?」 「葉山は『おとぎ話』を信じているか」 「おとぎ話? そうだね。芽生くんやいっくんと話していると現実と夢との狭間が分からなくなることがあるよ。それに僕は天国の世界があると真剣に思っているから、信じているよ」 「やっぱり瑞樹ちゃんは優しいな。安心したよ。あのさ……驚くなよ」  そう話すと、管野が嬉しそうな様子で、ズボンのポケットに手を突っ込んだ。 「何?」 「実はさ……あれ? あれ……アレー‼‼‼」  真っ青な顔で管野が飛び上がった。そしていきなりスーツのスラックスを脱ぎだしたので仰天した。 「こもりん、こもりん、どこだー?」  スラックスを逆さにして、パンパン叩き出した。 「か、管野? 落ち着け! どうしたんだ」 「こもりんがいない! お、落としたのかも‼」 「???」  今度は上着を脱ぎ捨て、ぶんぶん振っている。 「ど、どういうこと? 小森くんがいないって……その奇行と関連しているの?」 「小森は今は『ポケットこもりん』なんだ!」 「はぁ?」 「駄目だ、直接見てもらえないと信じてもらえない。こもりーん、こもりーん! どこだぁー」 『おとぎ話』を信じるかから始まって、ポケットの中を探す管野。  ポケットこもりんって、一体何だろう? 「落ち着いて……えっと、その、つまり小森くんを落としちゃったの?」 「信じてもらえないだろうが、朝起きたらこもりんが小さくなっていて、だから出張に連れてきたんだ」 「え? じゃあ……新幹線の中の怪しい行動って、全部小森くんのせいだったの?」  ポケットに……もしも人が入っていたら気になるし、動く度にこそばゆいかも。 「あ……あの大量のあべやまもち!」 「信じてくれるか」 「うん。管野があんなにあんこ食べるはずない!」 「だろ、それより探しにいかないと」  管野が靴を履いて外に出ようとしたので、慌てて制した。 「待って! 小森くんが管野から離れるはずないよ。だって出張について来たくて小さくなったんだろう」 「瑞樹ちゃん……優しいな」 「もしも僕がそんな機会に恵まれたら、宗吾さんにしがみついて離れない!」  ううう、何だかすごーく恥ずかしいことを口走っているような気がするよ。   「やっぱり瑞樹ちゃんは最高の親友だな。こんな奇想天外な話をまともに信じてくれて」 「当たり前だよ。管野のことを信じているから!」  ……カサッ……ペリペリ……  その時、部屋のどこかからか奇妙な音が微かにした。 「な……何の音? ここ……ゴキブリでもいるの?」  続いて、聞こえたのは……  モグモグ……ムシャムシャ…… 「もぐもぐ! と言えば……」 「管野、みたらし団子の所に小森くんがいるかも!」 「お、おう!」  慌ててお供えしたみたらし団子の箱を開くが、誰もいなかった。  ここでないとしたら…… 「そうだ! 管野……もしかして、他にも和菓子を持っている? あんこ系の……」 「あ、あんこなら……昨日部署の土産でもらった箱根の温泉饅頭、賞味期限が短いから持ってきたんだった」 「どこ?」  管野の鞄に入っていた温泉饅頭の箱を、二人で恐る恐る開けると…… 「‼‼‼」  お饅頭の横に縦に収まった小森くんと、バッチリ目が合った。    小森くんは温泉饅頭3個分の大きさになっていた。  そして僕と目が合うと、にっこり笑ってくれた。  か、可愛い……かも! 「こもりーん、心配したぞ!」  管野は心底安心しきった様子で、小森くんをそっと取り出して優しく抱きしめた。とても不思議なことが目の前で起きているのに、ほわんと心が和む光景だった。 「かんのくぅーん」 「あっ、声、出るようになったのか」 「みたいです。きっと瑞樹くんに見つかっちゃったからです」 「心配したんだ。どこかに落っことしたかと思って」 「えー 僕はかんのくんとあんこからは絶対に離れませんよ」 「そうしてくれ!」  小さなポケットサイズの小森くんが、管野の頬にチュッと可愛いキスをした。 「管野くーん、そろそろお仕事の時間ですよ。僕、いい子にお留守番してますよ」 「だが……心配だ」 「コホン。僕は寺の小坊主ですよ。お仕事のお邪魔は決して致しません。これはご住職さまからいつも学んでいることですよ。それから瑞樹くん、こんな僕ですが受け入れて下さってありがとうございます。しばらくご厄介になります」 「うん、よろしくね。でも世の中には不思議なことがあるって本当なんだね。僕も……夢を捨てないでいいんだね」 「はい! 瑞樹くんのご両親と弟さんは、ちゃんとあの雲の上にいますよ」  小森くんがサッと指差す方向には、見ようによってはハート型にも見える雲がぷかりと浮いていた。 「いつまでこの姿でいられるのか分かりませんが、僕には分かるんです。何か理由があって、この姿になったようです。だから全力で管野くんと瑞樹くんを御守りしますよ」  温泉饅頭の上に正座した小森くんが、丁寧にぺこりとお辞儀をしてくれた。 「やっぱり、可愛いね」  思わずうっとりしてしまった。すると管野が隣でヤキモチを抱いていた。 「瑞樹ちゃんには宗吾さんと芽生坊がいるだろ。いくら親友だからって、こもりんだけは渡さないからな」 「へ?」 「かんのくーん。もしかして僕、今、モテてます?」 「モテてない!」 「くすっ、二人の間に割り入ることはしないよ。でも僕もあんこをあげてみたいな」 「あんこ! あんこくださーい!」  小さな口をパクパクあける小森くんに、管野と顔を見合わせて笑ってしまった。  僕の大阪生活は管野と二人きりと思いきや、ポケットこもりんも一緒にスタートするようだ。 「おっと、時間だ」 「管野、僕たちだから出来ることが、きっとあるよ。力を合わせて頑張ろう」 「フレーフレー 管野くん、フレーフレー 瑞樹くん」  まるであんこの妖精みたいな小森くんが、力一杯のエールを送ってくれた。    小さくなって、大好きな人のポケットに入ってみたいな。  いつも一緒、ずっと一緒にいられたらいいのに。  幼い頃、誰もが思い描いた可愛い夢が、ここにある。  これはとても不思議な秘密の話なんだ。  どうか、このままそっと見守ってくれるかな?  僕も与えられた仕事を頑張るから。             

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