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ひと月、離れて(with ポケットこもりん)9

 はっ!  僕はあれからずっと満腹で眠っていたようですね (かんのくーん)    あ、そっか声出ないんでしたね。  ぐぅー  ううん、困りましたよ。またお腹が空いてきましたよ。 (かんのくーん、かんのくーん、もっと、あんこくださーい) ぐぅーぐぅー (かんのくーん‼ お腹ぺこぺこでーす!)  気付いてもらえません。くすん……びえん。  そうか、今はきっとお仕事中なんですね。  こうなったら小森風太! 自力でなんとかします。  僕はスーツのポケットの中から顔を出して、辺りを確認しました。  キョロキョロ……ここ、どこだろう?  どうやら誰かのお家のようです。  あっ! あっちにベッドが見えます。  なるほど! ここが僕と菅野くんが1ヶ月暮らす『愛の巣』ですね。  おっと瑞樹くんも一緒でした! 忘れてごめんなさい!  ぐぅぐぅぐぅ……  わわわ、お腹が行進していますよ。  こんなに鳴らしても聞こえないなんて、よほど集中しているのですね。  くん、くん、くん  あれあれ? どこからか、あんこの香りが漂ってきますよ。  僕、小さくなってますます鼻が利くようになったようですよ。  あんこを探し求めてお部屋をちょこちょこ歩いていると、ついに発見しました!  菅野くんの鞄の中に、温泉饅頭の箱を!  ペリペリと包装紙を破って……  よいしょ、よいしょ……  透明の包みも剥がして、いっただきます~!  パクッ!  もぐもぐ、もぐもぐ。    あぁ~ 至福の時です。  あんこ、あんこがぎっしりですよ。  そこに菅野くんの声が響きました。 「こもりんがいない! こもりーん、どこだー!!!」  わぁ、菅野くんが呼んでいます。 (僕はここですよー)   そう叫ぼうと思ったら、温泉饅頭の箱がパタンと閉じてしまいました。  わわ、僕、閉じ込められてしまいました。  でも、あんこと一緒なので怖くないですよ。    次に光が差した時は、瑞樹くんの可愛いお顔が至近距離でした。  僕がにっこり笑えば、キョトンとしていた瑞樹くんもつられて笑ってくれました。  僕には最初から分かっていました。  瑞樹くんなら大丈夫だって!  その通りでした! 「お仕事に行ってきて下さい! ファイトですよ!」 「小森くん、本当に一人で大丈夫?」  瑞樹くんが心配そうに、僕を覗き込みます。    瑞樹くんは天使です。  天使が僕の声を返してくれました。   「はい! いい子にしています」 「こもりん、ここにみたらしみたらし団子を置いていくから腹が空いたら食べるんだぞ。この部屋から絶対に出るなよ」 「了解ですよ~ しっかりお留守番します」 「ううう、やっぱり連れていきたいよ」  菅野くん、そんなに名残を惜しんでくれるのですね。  菅野くんが僕の頭を指先で優しく撫でてくれたので、僕、ちゅうしたくなりました。  あれれ……届かないですよ。  僕は小さすぎて出来なくなってしまったのですね。  しょぼん…… 「どうした? 寂しそうだな。やっぱり一緒に行くか」 「いいえ、今日はやめておきます」  僕は翠ご住職の元で、五年も修行を積んだ身です。  場を読む、空気を読むことは出来るようになりました。 「大丈夫です。それより遅刻してしまいますよ」 「菅野、ひとまず行こう。今日は遅刻するわけにはいかないよ」 「そうだな」 「じゃあ、行ってくるよ」  菅野くんが僕をそっと胸元に包んで、それからお布団の上にちょこんと置いてくれました。  いい子に、いい子に待っていますよ。  どうか、頑張ってきて下さいね。 **** 「……失礼します」 「誰?」 「本社から、パビリオンの仕事の引き継ぎに参りました」 「帰ってくれ! あの仕事は俺がやるんだ! あうっ、くそっ 腕も足も使いものにならないなんて!」  カーテンの向こうの相手は、右手右足を複雑骨折したと聞いている。もう一人は顎も骨折しており、話すこともままならないそうだ。パビリオン内での作業車同士がぶつかったと聞いていたが、かなり惨い事故だったようだ。  足が竦む。  いつまで経っても僕はこういうシチュエーションが苦手だ。  ピリピリした雰囲気の相手にどう話せばいいのか迷っていると、菅野がそっと僕の背中を押してくれた。 「葉山、とにかく中に入ろう」 「でも……僕、上手く立ち回る自信がない」  それは菅野だから吐ける弱音だった。   「葉山、俺たちは上手くやろうなんて考えなくていいんだ。ただ誠意は見せないと伝わらない。隠れていては駄目なんだ」 「あっ……確かにそうだね」  僕の親友の言葉が、僕を後押ししてくれる。   僕は幸せになることを恐れなくなったが、今度は失敗が怖くなっていたのかもしれない。 「入るぞ」 「うん」  カーテンの向こうには、僕らと同じ年頃の若者が足と手を包帯でぐるぐるに巻き、固定具で吊した状態で横たわっていた。目尻には悔し涙が光っていた。 「帰れよ! もう何もかも終わりだ。俺とアイツがいなければ……会場の維持は無理なんだ。パビリオンなんて……もう、くそ食らえだ!」  苛立ち、憤り、どこにぶつけていいか分からない悲しみがドバッと押し寄せてくる。避けられず真正面から浴びることになり、一瞬目眩がした。  横に並ぶ菅野も、踏ん張っているのが伝わってきた。  菅野は今……志半ばで旅立った知花ちゃんの無念を思い出しているに違いない。 「はじめまして。僕は……本社から参りました葉山瑞樹です。あなたの夢をどうか続けさせて下さい。花たちが咲きたい、咲きたいと……待っているんです」 「つ……続けるだって? はっ! 手柄を横取りしに来たんじゃないのか」  手柄? 違うっ!  思わず声を出しそうになって、踏み留まった。  宗吾さんの助言を思い出したから。 『瑞樹……いいか、まずは深呼吸だ。怪我した相手が何を言ってもそれは苛立ちや焦りから生まれてしまった寂しい言葉なんだ。君にはそれを癒やす力がある。いつもの瑞樹でいればいい。ありのままの君を保つことを忘れるな』      「いいえ……横取りなんてしません。あなたたちがここまで準備した苦労を花咲かせたいんです。僕はただ……ただ……あなたの手助けをしたい」    伝わるのか、こんな言葉で……  それでも、伝われ!  何も飾っていない素直な心の声を、ありのままの気持ちを込めて、  真摯に伝えた。        

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