1171 / 1740
ひと月、離れて(with ポケットこもりん)17
宗吾さんと芽生くんが再び家に戻ってから、一週間が過ぎていた。
この一週間は宗吾さんと芽生くんも、僕も落ち着いていた。
『心のお守り』が、存分に力を発揮してくれたようだ。
それにしても忙しい一週間だったな。
パビリオンは連日盛況で大勢の来場者に恵まれ、加々美花壇のブースも常に混雑していた。そんな中、僕と菅野は朝から晩まで裏方作業を明け暮れた。
「はぁ~ 瑞樹ちゃん、連日外は辛いな」
「うん、今日は真夏日だしね」
「また土が乾いているな」
「急いで補給しよう」
長袖長ズボンの作業服で休む間もなく働いていると、汗と一緒に疲労感が滲んでくるようだ。身体の熱はなかなか冷めてくれない。
「菅野、ゲートの薔薇アーチ、やっぱり心配だな」
「俺もそう思っていたんだ」
薔薇が上手く付かない部分があって、どんなに手をかけても駄目だった。
この前みたいにアーチから薔薇がドサッと外れてしまう前に、一度作り直した方がいい。
「思い切って、相談してみようか」
「そうだな! 植物は生きているから、想定外の成長もするし」
「うん」
僕はアーチを写真に撮って、パビリオンを抜け出して前任者が入院する病院を訪問した。
「これは、確かに君が言うとおりだ。すぐに作り直そう」
「いいのですか」
「ここまで二週間、君が俺の花を守ってくれた。その君が言うんだから、間違いないだろう」
「では、デザインを描いていただけますか」
「ん? 君の好きにしていいよ」
「いえ、僕はサポートに徹したいので」
「君って随分ストイックなんだな。名を売るチャンスなのに?」
「……あなたのデザインを再現させて下さい」
「ありがとう。俺を立ててくれて嬉しいよ」
彼は利き手ではない手で、懸命にアーチのデザインをしてくれた。
僕のこの後ろ向きにも見える考えは、時に理解してもらえないことも多い。
欲がなさ過ぎると言われることもある。
でもね……僕には……誰かの夢を奪うことは出来ない。
誰かの夢を膨らます手伝いをする方が嬉しいよ。
パビリオンに戻ると、菅野が壁にもたれておにぎりを頬張っていた。
「瑞樹ちゃん、お帰り~」
「うん、これ」
「やっぱり、作り直すアーチのデザインもらってきたのか」
「うん」
「瑞樹ちゃんらしいな」
「あ……うん。菅野は何も言わないんだな」
「当たり前だろ。瑞樹ちゃんは、誰かの夢を奪うのいやだもんな」
「ん……」
こんな会話にホッとする。
誰か一人でも、僕を理解してくれているのって、安心するよ。
「菅野の存在は、僕の『心のお守り』だよ」
「よせやい、照れるぜ」
「ありがとう、菅野」
僕の方から、菅野の肩に手を回してみた。
「お! 積極的だな」
「ふふ、一度やってみたかったんだ」
「いい感じだな。瑞樹ちゃんはさ……もう少し欲張れよ」
「でも……」
「仕事では無理そうなら、宗吾さんを欲張ってみろ。あの人、喜ぶよ」
不思議なアドバイスだった。
その晩、宗吾さんからのラブコールを待たずに、僕からかけてみた。
もう宗吾さんに三週間も触れていないし、触れてもらっていない。
あと一週間。
ここからが長い。
ゴールが見えているのに、僕、どうしたのだろう?
菅野のアドバイスを意識したせいか、湯上がりの身体の火照りが、なかなか冷めなかった。
「どうした? 君から電話をくれるなんて」
「ごめんなさい。待ちきれなくて……あの……芽生くんは?」
「あぁ眠そうだったので、今日は子供部屋で先に寝かせたよ」
「そうなんですね。もしかして運動会の練習がハードなんですか」
「そうだ。朝練で早起きしているしな」
「なるほど……」
そんな会話をしていると、宗吾さんが意味ありげに咳払いをした。
「あのさ……瑞樹……」
「はい……」
「今日の瑞樹の声、色っぽいな」
「え?」
「俺、そろそろ限界なんだ」
切羽詰まった宗吾さんの絞り出すような低い声に、ドキっする。
「あ、あの……」
「瑞樹は? 瑞樹はどうだ?」
「え……」
何を問われているのかは、すぐに理解出来た。
だから壁に背を預けて、もぞっと膝を立てた。
「君に触れてもいいか……目を閉じて……俺の手を思い出して」
それはいきなり始まった。
抗えない引力と共に、僕は快楽の波にもまれていく。
「ん……駄目です、そんな所に触れては」
押し殺した声で身を捩るが、宗吾さんの声に絡め取られていく。
「あっ……んっ」
「ん、もうこんなに乳首がコリコリになっているな。そうだ……そのまま手で摘まんで」
「あぁっ……」
まさか自分で自分を愛撫して感じるとは思っていなかったので、どうしていいか分からない。
「あっ……こわい」
「大丈夫だよ、怖くない……君からも強請ってくれ。もっと欲張ってくれよ」
「あ……う……んっ」
自分でも信じられない艶めかしい声が溢れ、辺りを見渡してしまった。
押し殺した声は、隣室には聞こえていないだろうか。
電気の消えた暗闇で、出口のない熱の高まりに泣きそうになった。
「宗吾さん……も、くるしい……です」
「パジャマのズボンを少しずらせ……もう勃っているんだろう? 俺と同じで」
「い……言わないでください」
耳元に届く魅力的な声に、僕のものは緩やかに勃起していた。
「あ……どうしよう」
「触れてみろ。どうなっている」
「……んっ……濡れて」
先端から透明な液体がにじみ出し、ぬるついていた。
「気持ちいいか」
「気持ち……いい……です」
「よし、俺がいつもするように指を輪っかにして扱いてくれ」
「宗吾さんも……宗吾さんも一緒ですか」
「あぁ、一緒だ」
こんなこと、したことない。
電話を介して、するなんて。
「瑞樹、だいぶ感じているな」
「言わないで……ください」
記憶の中の宗吾さんが僕を抱く。
僕の身体を押し倒し、乳首を吸い上げ舐め回し……僕をとろとろに溶かす宗吾さんの姿が闇に浮かんでいた。
「宗吾さん……」
自分を自分で慰めるのは、一体、いつぶりだろう。
宗吾さんに抱かれるようになってからは、していない。
それくらい僕は心も身体もすっぽり愛されていた。
「まだイクな、君に挿れたい」
「あ……」
僕はずるずるとシーツに沈み込み、おそるおそる足を開いた。
宗吾さんが出入りする部分が疼いて疼いて……辛い。
「どうしたら。ぐすっ……つらいです」
「瑞樹、指を使え」
「え……」
「俺だと思って」
「そんな」
指を舐めて固く閉じた部分にそっと潜らすと、つぷりと沈み込んでいった。
「あ……」
「そうだ。上手だ。瑞樹……一緒にいこう」
「宗吾さん」
目を閉じて宗吾さんを想った。
僕をこの地上につなぎ止めてくれる逞しい身体を……
「あ……っ、ん、ん……」
「くっ」
宗吾さんの押し殺した声に煽られて……
僕は自分の口を自分で塞いで、縋るように宗吾さんに身を任せた。
やがて身体が弛緩し……その後、下半身に……ポタポタと腹を濡らす生温かいものが広がった。
「瑞樹、欲張ってくれてありがとう。すごく興奮したよ。もっと、もっと欲しいが……この続きは一週間後だ」
「ハァハァ……宗吾さん……僕、恋しいです」
「俺もだよ。瑞樹、頑張れ。俺も頑張るから」
「はい……はい……頑張ります」
「応援しているよ。君の傍にいつも俺の心が寄り添っている。今日は心で君を抱いた」
宗吾さんの言う通りだ。
僕たちは、今は離れ離れだが、心で抱いたり抱かれたり出来るほど、しっかり繋がっているんだ。
「宗吾さん、待っていて……下さいね」
「あぁ、瑞樹が戻る場所はここだ!」
夜は更けて、明けていくものだ。
だから待とう。
時が通過してくのを――
ともだちにシェアしよう!