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ひと月、離れて(with ポケットこもりん)18
「はぁ……はぁ……」
直接宗吾さんの逞しいもので穿たれ抱かれた訳ではないのに、全身汗まみれで、すごい脱力感だった。
「おいっ瑞樹、大丈夫か」
一瞬意識を飛ばしそうになる程、感じていたようだ。
「あっ……はい、なんとか」
「ふぅ……良かったよ。疲れている所、無理させた。だが……すごく良かったよ」
「僕もです。あぁでも、こんなこと……するなんて……」
暗闇の中で、僕は天井を仰ぎ……ベッドの壁にもたれて肩で息をしていた。
パジャマは前は完全にはだけ、下は膝まで下ろして膝を立てていた。
正気になると、恥ずかしさで埋もれそうな状態になっていた。
「そうだ、菅野くんは別の部屋なんだよな? こんなことして大丈夫だったか」
宗吾さんが今更焦り出している。
「くすっ、大丈夫ですよ。今日は疲れ果てて隣の部屋でもう眠っていますし、僕も声を出さないようにしていましたから……あ……あれ?……していたでしょうか」
その時になって、指を後ろに挿入して自分を慰めた辺りからの記憶が飛んでいたことに気が付いた。堪えきれなかった声はどんなに押し殺しても、外へ外へと漏れていた気がする。
「その、……いい声だった」
「あ……っ、い、言わないでください」
「あ、あぁ。とにかく疲れただろう。シャワーを浴びて早く寝ろよ」
「はい」
「瑞樹、いいか。よく聞け。あと一週間だ。来週の今日には俺たちは一つのベッドで眠っているよ。もうカウントダウンが始まっているんだ」
「そう思うと、頑張れます」
そっと扉を開けて様子を窺ったが、静まりかえっていたのでホッとした。
菅野はやはり疲れ果てて、もう、ぐっすり眠っているようだ。
今日はアーチの植えかえ作業で遅くまで残業し……現場で弁当を食べてシャワルームで汗を流して帰ってきた。
帰宅後、お互いもう喋る気力もなく、部屋の前で別れたんだ。
よろよろと立ち上がり……部屋に脱いだままの作業服を持って脱衣場に行き、シャワーを頭から浴びて、汗ばんでベトベトになった身体を清めた。
「ふぅ、随分……大胆なことしたな」
鏡に映る肌を見つめると、旅立つ前日に宗吾さんがつけてくれたた痕は、もう綺麗さっぱり消えていた。
心のお守りを持たせてもらっているのに、目に見えるものが消えてしまったのが寂しかったのかな。
初めてだ。
あんな風に、電話で強く深く求めてしまうなんて。
「僕……欲深い人間になってしまったな」
「あのぅ……いいえ、それは欲じゃありませんよ。ただの愛ですよ」
「えっ」
どこからから、小森くんの声がした。
慌てて辺りをキョロキョロ見渡すと、ふと日中のとある場面が浮かんできた。
「あっ!」
洗濯カゴに入れた作業服のポケットを探ると、小さな小森くんがポロッと出て来た。
そ、そういえば夕方菅野がポケットを機材にひっかけて破いてしまったから、僕が預かっていたんだ!
「あ、ど、どうも、こんばんは」
小森くんは頬を赤く染め、照れ臭そうにしていた。
この作業着は、さっきまで自分の部屋の床に脱ぎ捨てていた。
ということは!!
「も、も、も……もしかして……さっきの……」
「ああ、瑞樹くん、僕は……何も見てはいませんよ。大丈夫です! 何の問題もないです」
見てはないっていうことは、聞かれてしまったのか。
あぁ……全部……全部、何もかも……
大きく脱力していると、小森くんがポロッと切ない言葉を漏らした。
「ごめんなさい。聞くつもりではなかったんです。でもいいなって思って……離れていても、愛し合えるって……素敵だなって……うっ……」
「どっ、どうしたの? 泣いているの?」
「瑞樹くーん、僕はどうしたら元の大きさに戻れるのでしょう? 僕……菅野くんの一番近くにいるのに、何もしてあげられないんです。ぐすっ……こんな小さい身体じゃ役に立ちません。最初は1ヶ月離れるのが寂しかったから、小さくなって付いて来られて喜んでいたのですが……だんだん……もどかしいんです」
小森くんが小さな身体を折り曲げて、メソメソと泣いている。
「こんな小さかったら……さっき瑞樹くんたちがしていたみたいなこと……何もできないんですよ。キスすらもままならないなんて……」
「泣かないで……あぁどうしたらいいんだろうね」
「そうだ、こんな時は! 瑞樹くんにお願いがあります」
「何でも言って……僕で役に立つことがあれば」
「もしもし相談室にお電話したいんです」
「え?」
もしもし相談室って、どこ?
また……お役所のとか言わないよね?
気の毒な状況なのに、少し引き攣ってしまった。
いやでもこの切羽詰まった状況下、そんなことも言っていられない。
「携帯をお借りしても?」
「うん、いいよ。かけてあげる」
「えっと……046……」
誰が出るのかドキドキした。
時計の針は23時近かった。
24時間やっている『よろずや相談室』みたいな所なのかな?
「もしもし月影寺ですが……」
「あ、翠さん!」
翠さん! なんだ……もしもし相談室って月影寺だったのか。
一気に安堵した。
「小森くんかい? あぁ……良かった。無事なの?」
「はい……住職さまぁ……」
「どうしたの? そんなに泣いて」
翠さんは、まるでいっくんや芽生くんに声をかけるかのように甘く優しい声だった。
「僕……僕……この修行は辛いです。もう元に戻りたいです」
「うんうん、そうか……きっともう少しの辛抱だよ。小さくなったのには仏様なりのお考えがあるようだ。お守りとして、あと一週間頑張れば、きっときっと元に戻れるよ。さぁ元気を出して」
「住職さまぁ……」
「小森くんは僕の一番弟子だ。だから自信を持って」
「分かりました。住職さまのお言葉を信じて精進します」
聞いていると、こっちまで切なくなるよ。
僕はそっと電話を切って、小森くんを抱きしめてあげた。
「小さな仏様みたいだよ、今の君……菅野も僕も……君がいてくれて心強い。正直言うとパビリオン内で起きた交通事故の現場を通るのが辛かったんだ。でも君がいてくれたから、安心して頑張れた。ありがとう」
そっと菅野の部屋に入って、小森くんをぐっすり眠っている菅野の胸元に下ろしてあげた。
「温かい場所にお入り」
「はい……僕も瑞樹くんを見習って、愛の修行も頑張ります」
「くすっ……何か参考になったのかな?」
「はい! とても! 感謝しています」
さっきは聞かれたと嘆いてしまったが……
小森くんって不思議な子だな。
今は小森くんに善行を積んだ気分になっている。
「瑞樹くん、ゆっくりお休み下さいね。南無~」
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