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実りの秋 4
「瑞樹、宗吾、そろそろご飯よ~」
居間からお母さんの声が聞こえる。
みんな……僕を大切にしてくれる。
それがしみじみと嬉しくて、僕の居場所がちゃんとあることを実感し、瞳を潤ませてしまった。
「瑞樹、さぁ風呂も入ったし、後は美味しいものを食べるぞ。君が疲れていると思って、今日は母さんに頼んだんだ」
「何から何まで、ありがとうございます」
僕は宗吾さんの腰に腕を回し、後ろから抱きついてしまった。
広くて頼もしい背中を、今すぐ感じたくて。
「宗吾さんは……いつも、すごいです。僕の心をどんどん上向きにしてくれます」
「皆、瑞樹が好きだからさ。軽く朝、相談をしたら、こうなった。だから俺だけがすごいんじゃないよ。皆を動かす君も凄いし、フットワーク軽く動いてくれる母さんもすごい。それからヘアオイルを買って来た兄さんもかなり凄い!」
宗吾さんが僕の手を撫でながら教えてくれる。
「はい、みんな……凄いです! 本当に凄い……」
「ありがとうな。お! 手、すべすべになったな」
「はい、芽生くんが念入りに塗り込んでくれましたので」
「よかったな。瑞樹……みんな君の帰りを待っていたんだ」
「はい……」
僕は宗吾さんの背中に額を押しつけるようにして、目を瞑った。
「今日は甘えん坊瑞樹だな」
「ちゃんとここに帰って来られたと、実感できました」
「よーし、行こう」
「はい!」
宗吾さんを見上げると、眩しかった。
宗吾さんは、いつだって僕の青空だ。
食卓につくと、美味しそうな夕食がずらりと並んでいた。
「わぁ、今日は栗ご飯ですか」
「そうなのよ。沢山いただいたので」
「剥くの……手間がかかりますよね」
「ふふっ、今の私には時間があるから、手間暇かけたいの。忙しくて手が回らない人に何かしたくなるのよ。今日は朝から宗吾に電話を貰って、あれこれ楽しかったわ。こちらこそありがとう」
お母さんにつられて笑うと、また優しく髪を撫でてくれた。
「良かった。もう大丈夫ね、艶々しているわ。あら、いい香りまで……」
「あ……ラベンダーです。憲吾さんから頂いたんです」
憲吾さんを見ると、彩芽ちゃんを抱っこしている美智さんと微笑み合っていた。仲睦まじい夫婦の様子に、僕の心も和む。
「瑞樹くん、気に入ってくれた?」
「あ……もしかして、美智さんが」
「実は憲吾さん、どうしても瑞樹くんに何か買ってやりたいってお昼休みに電話を掛けてきたのよ」
えっ……仕事の鬼と言われた憲吾さんが……わざわざ僕のために?
「私はヘアオイルがいいかなって助言しただけよ。憲吾さん、頑張って帰りに日本橋のデパートに寄って、選んで来たのよ」
「そうだったのですね。 何だか申し訳ないです。いろいろと……」
「便乗して、私にもお土産を買ってくれたのよ」
「あーコホン、瑞樹くん、気にしないで受け取ってくれ。それはあくまでもご褒美だ」
憲吾さん、照れている……。
「はい。ありがたく、使わせていただきます」
「そうしてくれ」
「さぁ冷めちゃうわよ。いただきましょう」
栗ご飯、小松菜と油揚げの味噌汁、きのこのソテーに秋刀魚の焼き魚。
どれも優しい味で、ほかほかだった。
食後はお母さんが梨を剥いてくれた。
「梨の美味しい季節よ。瑞々しい梨には美容効果もたっぷりなのよ」
「いただきます」
愛情をたっぷり含んだ手間暇かけられた食事は、心の栄養になることを実感した。
「お兄ちゃん、あーちゃんが抱っこして欲しいって」
「美智さん、いいですか」
「もちろんよ。あーちゃんはキレイな人が大好きよ。もちろんパパが一番だけどね」
「うむ……」
憲吾さんが満足そうに頷く。憲吾さんって案外分かりやすい人なのだな。
久しぶりに会うあーちゃんは、足がしっかりして、あんよがとても上手になっていた。トコトコ僕の方に向かって歩いて来たので、そっと抱っこしてあげた。
ボロボロのままだったら少し躊躇うところだったが、もう大丈夫。みんなが僕を洗濯してくれたから、心も身体も潤っている。
「みぃ」
「え?」
「みぃみ……」
彩芽ちゃんが僕を見上げて、小さなお口を開いて話し掛けてくれる。
「何だろう?」
「きっとお兄ちゃんを呼んでいるんだよ」
「え? 僕?」
「みー」
「わぁ……嬉しいな」
この前まで赤ちゃんだったのに、どんどん成長していくんだね。
まだミルクの匂いがする温かくて柔らかい女の子。
君はどんな風に成長していくのかな?
「おばあちゃん、運動会には来てくれる?」
「今年も行っていいの?」
「母さん、もちろんだよ。昼は俺たちが作るから手ぶらで来てくれ」
「まぁ、はいはい。ご馳走になるわね」
「瑞樹、頑張ろうな」
「はい! よかったら、未就園児の競技もあるので、憲吾さんたちも」
「あぁそのつもりだよ」
家族団欒の時間がゆっくりと過ぎていく。
帰り際お母さんに話し掛けられた。
「瑞樹、ここはあなたの実家の一つよ。いつでも頼って……何かあったら戻っていらっしゃい。改めて……お帰りなさい」
「はい……お母さん、ただいま」
「やっぱりあなたはとても可愛いわ。いくつになっても人として可愛げがあるって大事なことよ」
お母さんは人生の大先輩だ。頑なな心より、少しゆとりがあった方が、沢山のものに触れ合えると諭してくれる。
「おばあちゃん、それって、はらはちぶんめの教えでしょ」
「まぁ、よく覚えていたわね。似たようなことよ。とにかく何事もキチキチにしないこと。少しゆとりをもつこと。次の楽しみを取っておくのよ」
「はい、そうします」
1ヶ月の出張明けの月曜日。本当なら一番疲れが溜まっているはずだが、身体が嘘みたいに軽くなっていた。
「宗吾さん、心が軽くなると……身体も軽くなるんですね」
「そうだな。疲れは取れたか」
「はい、よく眠れそうです」
「そうか、そうか」
僕はお借りした部屋着のまま、夜道を歩いた。
外灯に伸びる影がいつもと違って楽しかった。
「お兄ちゃん、今日はぶよぶよ星人みたいだね」
「えー 参ったな」
「ははは、本当に面白いくらいぶかぶかだな」
「もう!」
ふざけあって、笑いあって、帰る道。
夜なのに、とても明るい道だった。
****
瑞樹ちゃんに言われた通り、早速、青山の携帯に電話をした。
「もしもし、青山か」
「……菅野良介?」
「あぁ俺」
「どうした?」
「あのさ、良かったら今度会わないか」
「偶然だな、想にも同じ事を言われたばかりだ」
驚いた。あの白石が自分から何かを提案するのって、高校時代からは想像が出来ない。いつも控えめに俯いていた男だった。
お祭り騒ぎの後夜祭だって、キャンプファイヤーの輪から、ひとり外れてひっそりと佇んでいた。
「……白石って少し変わった?」
「あぁ、想はもうあの頃の想じゃないんだ。それから助けてもらったお礼をしたいから、葉山さんも一緒にどうかな?って」
「それも、びっくりだ。実は俺も葉山から提案されたんだ。どうやら葉山と白石は気が合いそうだな。そうだ! 今思い出したが、高ニのキャンプファイヤーを覚えているか」
「もちろんだ」
「あの時、青山って白石に何か渡したよな?」
電話の向こうで、息を呑む音がした。
「え、菅野……まさか、あれを見ていたのか」
「遠目だったが何か渡していたような。そうしたら白石がびっくりした顔の後、天使みたいに笑って、なんか、いいなって」
「参ったなー 同級生って侮れない! あぁ全部あってるよ。あれが想と俺のスタートラインだ」
「……それで今に至るのか」
「ま、まぁな……いろいろあってようやくだ。うぉぉ、同級生とこんな会話照れるな」
「悪い悪い! じゃあ、いつにする? 取りあえず平日ランチしようぜ」
楽しい会になりそうだ。
中高と上手く友人と作れなかったと後悔している葉山に、俺が交流の場を広げてやりたかった。こういうのって……親友の俺だから出来ることなのかもしれない。
それに白石のことは、ずっと気になっていた。
青山には言えなかったが、俺が最後に見かけた白石は、江ノ島の海岸でびしょ濡れで立ち尽くし……泣いていた。その後、白石は学校には戻って来なかった。
俺が葉山に初めて会った時、白石と似た陰りを感じた。
だからなのか……こんな風に二人を引き合わせてみたくなるのは?
全部、今、このタイミングだから、出来ること。
補足
****
タイトルがしっくり来なかったので、『実りの秋』とさせて下さい。途中変更が続いてすみません。それから度々の補足ですみません。運動会の話と並行し『今も初恋、この先も初恋』の駿&想とランチをする話を展開中です。未読でも分かるように書いていきますので、お付き合い宜しくお願いします♡
fujossy版 https://fujossy.jp/books/25260
エブリスタ(先行。時々挿絵入り) https://estar.jp/novels/25931194
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