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実りの秋 19

 僕はカメラをスッと構え、元気に踊る芽生くんの撮影に集中した。  あの日のお父さんのように、ファインダー越しに君だけを見ているよ。  ありったけの愛情を込めて、僕はシャッターを切る。  パシャパシャと小気味よい音を放つと、懐かしさが込み上げてきた。  これは小さい頃から、僕にとって身近な音だった。  運動会の日のお父さんの顔は思い出せないが、シャッター音が蘇ってきた。 「2年生の元気いっぱいのダンスでした! 拍手で退場をお見送りください」  笑顔でダンスを終えた見事に芽生くんに、僕と宗吾さんも大きな拍手を送った。  本当に素晴らしかった。  芽生くんがあまりに可愛くて愛おしくて、幸せな気分だった。 「瑞樹、芽生のダンス、最高だったな」 「はい、とっても可愛かったです」  僕たちも一緒に輪の中で踊ったような高揚感! 「わっ! なんだなんだ? 急にこっちに人が来るぞ」  退場門を出た子供達が席に戻るために鉄棒広場の前を通るらしく、保護者が一斉に押し寄せてきた。 「わわっ」 「瑞樹、危ない! 一旦退却だ」 「はい!」    遠慮していたら、いつの間に鉄棒の奥のスペースまで来てしまった。皆さん、パワーがすごい! 「あ、芽生くんが来ますね」 「おーい、芽生!」  遠くから宗吾さんが呼びかけたが、芽生くんは興奮した様子でお友達と話していたので、僕たちには気付かずに通り過ぎてしまった。  駆け寄って来ることを期待していた宗吾さんは、少しだけ寂しそうだった。 「瑞樹ぃ~ これも成長なのかな?」 「……そうですね。少しずつですが、いつか巣立っていく準備が始まっているのかも」 「そうか……成長は嬉しいが……なんとも」 「でも、まだ8歳です。まだまだ一緒に過ごせる時間は沢山ありますよ。それに巣立つ日が来ても、僕たちはいつも心が繋がっていますから大丈夫です」 「そうだな。励ましてくれて、ありがとう。瑞樹がいてくれて良かったよ。あのまま一人だったら、きっと寂しかっただろうな」  以前だったら宗吾さんが言う台詞を、僕が言えるようになっていた。  そして宗吾さんも僕に弱音を吐いてくれるようになった。  ずっと別れが寂しくて人と深く付き合えなかった僕だけれども、最近は違う。  先日、菅野を介して知り合った青山くんと白石くんとのことも、自分の変化を感じる出来事だった。あんな風に初対面でぐっと歩み寄り、次の約束をするなんて、今までの自分からは考えられなかった。 「瑞樹との老後も考えないとな」  宗吾さんが冗談交じりに言う。 「くすっ、宗吾さんはまだまだ若いですよ」 「ふっ、そうか……だが最近体力落ちているような」 「そんなことないです! いつも朝までタフです!」  思わず力説すると、宗吾さんが肩を揺らして笑った。 「瑞樹、出血大サービスをありがとう! 元気出たよ!」 「あっ、もう!」  慌てて辺りを見渡すと、うさぎ小屋のうさぎと目が合った。  は、恥ずかしい! こんな所で僕は何を口走って。  そこに憲吾さんがヌッと現れる。 「あーコホン、次は保護者競技だと呼びに来たが、こんな所にいたのか。宗吾の出番らしい」 「えっ俺だけ?」 「そうだが。ちゃんとこの表に書いてある」 「ん? 『パパパパ、ママママ二人三脚』……なんだ、それ?」 「あの、僕もそれに申し込んだのですが、表にありませんか」 「いや。瑞樹くんは午後の部の『借り物競走』になっているよ」 「……そうですか。抽選で外れてしまったのかな」  せっかくなら宗吾さんと二人三脚したかったが、仕方が無い。 「よしっ、とにかく。頑張ってくるよ」 「あ……じゃあ僕は写真を撮りますね!」  そこまでは明るく見送った。ところが競技が始まると、複雑な気持ちになって、シャッターを押す手が止まってしまった。 「宗吾さんってば……」  宗吾さんと同じくらい体格のいい男性(しかも、なかなかのイケメン&イクメンさん)と、まだ走る前からガッツリ肩を組んで意気投合してる……。  って、僕……また妬いているのかな?  参ったな。最近とんでもない方向に走ってしまう。キャンプの時だって、月影寺の流さんとの間に疑惑を抱いてしまったし、今だって明らかに……これは焼きもちだ。  あぁまさか、僕は、こんなに心が狭い男だったのか。 「あらあら瑞樹ってば、あなたでもそんな顔をするのね」 「お、お母さん!」  宗吾さんのお母さんが、いつの間にか横に立っていた。  今の、見られてしまった? 「は……恥ずかしいです」 「いいのよ。ちゃんと生きているって感じがするわ。人間ってね、いろんな感情を持つ生き物よ。だから色んな顔をしていいのよ。今の瑞樹は、感情がほぐれているのね。以前のあなたなら、そんな表情はしなかったのに……。あのね、いつも我慢して『いい子』でいなくてもいいのよ。それに、あなたのその可愛い嫉妬は、宗吾を喜ばせるだけよ」    お母さんの言葉は、いつも僕を解放してくれる。 「ほら、宗吾の番よ。あの子を見れば頑張る理由が分かるわよ」 「?」  宗吾さんの番になると、掛け声をあげながら猛烈な勢いで走り抜けていった。 「なんとも……風のようですね」 「ふふっ嵐のようとも」  結果は、宗吾さんの大幅なリードのおかげで、宗吾さんの属するチームが一位になった。 「あ、一位ですね」 「でしょ! あの子はそれを狙っていたのよ。あなたと芽生にカッコイイところ見せたかったのよ。景品もあるし」  お母さんの言う通り、相手の男の人とは綺麗さっぱり別れて(この表現!)僕の元に景品を持って意気揚々と戻ってくる宗吾さんは素敵だった。 「瑞樹、見てくれたか!」 「はい! 一位すごかったです。おめでとうございます」 「芽生を褒める君を見ていたら、俺も褒めてもらいたくなってな」 「そっ、そこですか」  お母さんが肩を竦めて笑っている。 「それに景品をもらったぞ」 「良かったですね」 「ふむふむ、ハンドタオルみたいだ。君にあげるよ」 「いいんですか」 「そのために頑張ったんだ。俺の全ては君のためだ」 「も、もう」  照れ臭いのに嬉しくて、僕はいつの間にか表情が緩んで笑顔になっていた。 「みーずき、ねっ、良かったわね」 「お母さんの言う通りでした」 「この子は、子供の頃からこれが平常運転よ。だから安心しなさい」  その言葉を宗吾さんが聞き逃すはずがなかった。  期待に満ちた目で、僕を見つめてくる。 「ん? 瑞樹、もしかして、もしかして」 「なっ、なんですか」 「妬いてくれたとか」 「し、知りません!」  宗吾さんは思いっきり伸びをして、肩をぐるぐる回していた。 「さっきのゴツい相手だったから、肩が凝ったし身体も痛いな」  それからスッと前屈みになって、僕にだけ聞こえる声で囁いてくれた。   「俺は絶対に瑞樹がいい」  もうそれだけで、僕の心はポカポカになる。 「あっ、僕も……僕も宗吾さんがいいです」     景品を持って戻ると、皆が温かい笑顔で出迎えてくれた。 「宗吾くん、お疲れさん」 「宗吾さん、いい走りだったわね~ 瑞樹が見蕩れていたわよ」 「コホン、宗吾、頑張ったな。明日、筋肉痛にならないように、よくケアしてもらうんだぞ」 「瑞樹~、頼んだぞ」  まるで宗吾さんの運動会のように皆が労ってくれるので、ほっこりした。    そうか……ここには大きな幸せな輪が出来ているんだね。  そして僕も、その輪の中に入って笑っている。  喜怒哀楽を自然と出せるようになってきたのが、嬉しいよ。 (瑞樹、こっちを向いて笑ってご覧!)  あ……天国のお父さんの声がする。  空を見上げると、白い雲の周りに光の輪が輝いていた。  それはまるで天使の輪のように見え、その向こうに運動会で僕に向かってカメラを構えるお父さんの笑顔が、ハッキリと見えた!

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