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実りの秋 21
「あれ、塩むすび?」
「あ、いや、こっちは俺のだ。みっちゃんには焼鮭とたらこをたっぷり入れておいたよ」
「ありがとう! わぁ、ご馳走ね!」
瑞樹が我が家にやってきてから、運動会の度におにぎりを握った。そして小学生の間は一緒に肩を並べて食べたのが懐かしい。
あの日、一緒に食べたおにぎりの味は、一生忘れない。
……
塩っ辛く不細工なおにぎりを瑞樹は大事そうに小さな口で噛みしめ、それから顔を上げた。
俺は見ずに、潤んだ瞳で遙か空の彼方を見つめて……
何を見ているんだよ?
視線の先には、青い空と白い雲しかないのに。
もしかして天国に逝ってしまった家族を探しているのか。
今、瞬きをしたら……ふっと消えてしまいそうで怖いよ!
それくらい儚い少年だった。
だが瑞樹は消えず、遠慮がちに俺の肩にほんの少しだけもたれてくれた。
「広樹兄さんは……あったかいんだね」
控えめないじらしい声に『血なんか関係ない。瑞樹は正真正銘俺の弟だ! 俺が守るから、どうか連れて逝かないでくれ』と、心の中で叫んでいた。
もっと、もたれていい。俺は……倒れないから。
午後の部が始まるまで二人で寄り添っていると、通りかかった保健の先生に話し掛けられた。
「あら、広樹くんじゃない?」
「あ、先生!」
「卒業して以来ね」
「今日は弟を見に来たんです」
瑞樹を弟だと、胸を張って言えた。
「まぁ、可愛い弟さんね」
「はい! 瑞樹はめちゃくちゃ可愛いです!」
「に、兄さんってば……」
瑞樹がその時初めて、面映ゆそうな表情を浮かべた。
その顔がナチュラルで可愛くて溜まらなかった。
この子はこんなに可愛い表情も出来るんだ。
なぁ、もっといろんな表情を見せてくれよ。
心が晴れるまで思う存分泣いていいから、その後、どうか笑って欲しい。
雨上がりの虹のように、どうか、この世で幸せになって欲しい。
俺はまだ非力だが、その手助けをしたいよ!
「広樹くん、自分も大切にしてね。そして何事も焦らず一歩一歩よ。それを忘れないで歩んでいけば、振り返った時に確かな道が出来ていると先生は思うな」
「ありがとうございます。心がけます」
先生との約束は、感情に突っ走りそうになった時、いつも支えになった。
夜中に魘され泣き叫ぶ瑞樹を根気よく抱っこしてやり、独りぼっちの瑞樹に、いつも傘をさしてやった。少しずつ俺に打ち解けてくれる様子が、可愛くて溜まらなかった。
……
塩むすびを頬張りながら、デレッと頬が緩んだ。
すると食卓に置いていたスマホに着信があった。
「ん? 勇大さんからだ」
「もしかして……」
「あぁ」
予想外通り運動会の写真だった。
愛情いっぱいに瑞樹たちを撮影した写真が、次々と手の平に届く。
瑞樹が母さんと一緒に仲良くおにぎりを食べている!
これは俺がずっと見たかった光景だ。
そうか、今日……ついに母さんの夢を叶えてくれたんだな。
ありがとう、ありがとう!
くまさんと母さんの間に挟まれ、照れ臭そうに頬を染める瑞樹もいた。瑞樹はすっかり二人の可愛い息子になっていた。
それから芽生坊を膝に抱っこして、母親のように愛情深く優しい微笑みを浮かべてもいた。
宗吾さんと三人の写真は、もう立派な家族写真だった。
息子、親、恋人、家族、そこには、いろんな瑞樹がいた。
届くのは、どれも愛情溢れる和やかな写真ばかりだ。
瑞樹と芽生坊を中心に輪はどんどん大きく広がって、滝沢家の皆さんも集まり、日溜まりのような幸せが満ちているのが、よく分かった!
「こっ、これはヤバイ……」
「ヒロくん、私も泣いちゃう」
みっちゃんが先に泣いてくれたので、俺も素直に泣けた。
「みっちゃん……俺、相変わらずブラコンでごめんな」
「ううん。私にとっても瑞樹くんは大切な弟よ。私もずっと見守ってきたもん。沢山苦しいことがあったのに幸せになって良かったね。ヒロくんもよく頑張ったね。あなたが瑞樹くんをずっと大切に見守ってきたの知っているわ。瑞樹くんがこんなに綺麗な花を咲かせられたのは、ヒロくんの努力もあるのよ」
「……みっちゃん、ありがとうな。中学生の頃、誓ったんだ。独りぼっちになった瑞樹を、再び幸せにしてやりたいって」
みっちゃんの胸元で眠っている優美ごと、優しく抱きしめてやった。
「今、俺のしあわせは、ここにあるよ」
「うん……うん」
懐の深いみっちゃんは、本当に素敵な女性だ。
「みっちゃん、愛してるよ!」
「わ! ヒロくん。今日はストレートね!」
「いつも心で思っているけど、今日は口に出して伝えたい」
****
皆におにぎりやおかずを取り分けていると、お母さんに呼ばれた。
「瑞樹も、そろそろ座って食べましょうよ」
「あ、うん」
「ここにいらっしゃい。お母さんね、ずっと……運動会のお昼を一緒に食べたかったのよ」
「……お母さん」
「いつも寂しい思いをさせてばかりで、ごめんね」
「大丈夫だよ。お母さんも大変だったのを理解していたし、それに今、夢が叶ったから」
そう答えると、お母さんがほっとした表情を浮かべてくれた。
「優しいのね、そんな風に言ってくれるなんて」
「それに今日はお父さんとお母さんが揃っているのが嬉しいんだ」
「おーい、君たちを撮っていいか」
くまさんがスマホで写真を撮ってくれると言うので、お母さんとおにぎりを持って微笑んだ。
「ははっ、二人とも同じポーズだな!」
「そうでしたか」
「あぁ、おにぎりを持つ手の位置も、首の傾げ具合もそっくりだ」
「まぁ、そうなのね!」
お母さんが僕の手をキュッと握ってくれた。
「みーずき、夢って、ある日突然、こんなに軽やかに叶うのね」
「僕もとても晴れやかな気分だよ」
その後くまさんとも、宗吾さんと芽生くんとも撮った。もちろんここに集まった全員でも!
「よし、全部、広樹に送ろう」
「兄さんに?」
「あぁ、きっと彼が一番見たかった光景じゃないかな?」
「あ、ありがとうございます。くまさんはすごい。僕がしたかったことに気付いてくれて」
「あー、一応みーくんのお父さんだからな」
口の中に蘇る。
あの日の塩むすびの味が。
塩っ辛いのに、何故か甘く感じた。
『家族の愛情』という味を、再び教えてくれた。
兄さんは独りぼっちになってしまったと絶望する僕に、いち早く温もりを届けてくれ、僕を根気よく励まし人肌で温めてくれた人だ。
温もりを分けてもらえたから、だから、生きてみようと思えたんだ。
「兄さん、本当にありがとう」
僕の言葉は届くかな?
兄さんにありったけの感謝を込めて、空を見上げた。
今度は天国ではなく、同じ空で繋がる函館に心を向けよう!
膝に抱いていた芽生くんも空を見上げて、そっと教えてくれた。
「あのね……ボクにはお兄ちゃんがいてくれてよかったぁって思ったよ」
「ありがとう。僕にも芽生くんがいてくれて良かった」
僕も芽生くんの支えになりたい。
この先どんどん成長していく君に寄り添っていきたい。
兄さんがいつもそうしてくれたように。
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