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実りの秋 42
「ヒロ君、嬉しそうね」
「ん? あぁ、みっちゃん、これ見てくれよ!」
「まぁ、これ本当に潤くんなの?」
みっちゃんに、熊田さんから届いたいっくんの運動会の写真を見せた。
「潤くん、すっかりいいパパさんしてるのね」
潤はいっくんを抱っこして空の段ボールを引きずって走っていた。見たこともない程、スッキリと晴れ晴れとした顔だった。
いっくんは潤の腕の中にすっぽり包まれてしっかり守られているように見えた。赤ちゃんみたいに安心した顔をしているな。父親の愛を知らずの育った子なので、時間を巻き戻しているのかもしれない。
「みっちゃんも潤をずっと見てきたから感慨深いだろう。こんな優しい顔で子供を守る男になったんだな。信じられないよ」
「……潤くんは元々とても優しい子よ。あの時だって」
「あの時?」
「ごめんなさい。今更する話じゃなかったわ。えっとお茶でも飲む?」
みっちゃんが気まずそうに立ち上がったので、引き止めた。
「あの時って、もしかして、あのストーカーのことか」
「……うん、そうなの。当時……潤くんはまだ中学生だったわよね。警察が来たから潤くんの耳にも入ったのよね。だから潤くんなりに瑞樹くんを心配していたみたい」
「どうしてそんな風に思うんだ? 中学生の潤はかなり荒れていて瑞樹との仲だって良くなかったのに」
あの時、俺と母さんは警察とのやりとりでバタバタで、正直潤がどう思っていたのか気にかける余裕はなかった。とにかく瑞樹の身の安全を確保するのが先決だった。
「朝の登校時。瑞樹くんの少し後ろを守るように歩いているのを何度か見かけたのよ。この子は突っ張ってはいるけど、やっぱりヒロくんの弟で、根っこは同じで優しいなって」
「アイツ、そんなことしてたのか! 母さんが中学も高校と途中まで同じ道だから一緒に登校するように頼んでも、全然聞かなかったのに」
当時、潤がそんなことをしていたなんて……今の今まで知らなかった。
素直になれなくて……でもそんな中で潤なりに瑞樹を気にかけてくれていたのか。そうか、そうだったのか。
「いい感じの三兄弟に見えたわ」
「確かに瑞樹が来てくれて俺たちは5歳差間隔の三兄弟になったな」
「そうそう。潤くんとヒロくんって年が離れ過ぎていたから、瑞樹くんが間に入ってくれてバランスが良くなったのよね」
「……そういうことになるな」
親父が癌で入院中よく見舞いに行った。父は当時10歳の俺を相手に、色々話してくれた。今考えると、もうあの頃は余命が僅かなことを悟っていたのだろう。託されていたのだ。
「広樹、潤をどうか宜しく頼む。兄弟の年が離れ過ぎてしまったが、ようやく願いが一つ叶ったんだ。どうか仲良くしてくれ。本当は……」
もしかして俺が生まれてから潤を授かるまでの9年間、ずっと子供を欲しいと願っていたのか。
「じゃあ瑞樹が来てくれて良かったんだな」
「もちろんよ。瑞樹くんは皆を幸せに仲良しにしてくれるもの」
「でへへ、だろぉ~ 瑞樹、可愛いもんな。愛らしくって」
「ヒロくん、ちょっと、ちょっと惚気すぎ~」
「わぁ、みっちゃん、待ってくれ-」
もしかしたら親父は『三兄弟』に憧れていたのかもしれない。
もしもそうだったら、きっと今頃喜んでいるだろう。
東京と軽井沢と函館。
離れていても心が繋がっている俺たちを見て、願いが叶ったと。
「あ、噂をすれば瑞樹くんからよ」
「本当だ」
瑞樹からのメールは、とても明るかった。
瑞樹自身が今を楽しんでいるのが伝わってきて嬉しかった。
『兄さん! いっくん可愛いよ。抱っこが大好きなんだ! 見て! 僕も写真を撮ったよ』
潤に抱っこされたままゴールしたいっくんがニコニコしている。それから潤と瑞樹が肩を組んで笑っている自撮り写真もあった。
「みっちゃん、見てくれよ! 俺の自慢の弟たちを」
「あら? どうして瑞樹くんまで軽井沢にいるのかな? 行くっていってた?」
「そうだな。何かあったのか。母さんと菫さんの姿が見えないのも不思議だ」
「そっか……妊娠中はいろいろあるものね。でも大丈夫。今こんなに笑顔を浮かべているのなら、もう解決済みよ」
「そ、そうか」
「大丈夫よ」
みっちゃんの言葉は、いつも心強い。
いつも安心出来る。
高校の同級生で同じ景色を見てきた同士だから。
俺はみっちゃんの前では、とてもリラックス出来るのさ!
「俺さ~ みっちゃんと結婚できて幸せだ」
「ふふっ」
「あのね……ヒロくんたち兄弟を見ていると、いいなぁって思うの。すぐに二人目を授かるとは限らないけど、そろそろ考えてもいいかな?」
「い、いいのか! 俺は『三姉妹』でもいいぞ」
****
「次の競技は、親子で『汽車ぽっぽ』です。3.4歳児の園児と保護者の方はどんぐり門にお集まりください」
お! 小さな保育園だから次々と出番がやってくるんだな。
「パパぁ、はやくいこうよ~」
「あぁ!」
だっこでごきげんになったいっくんが、俺の手を引っ張る。
「いっくん、これしゅきー パパとくっつけるもん!」
「そうだな。輪っかの中に入って走るんだな」
「うん!」
先生から説明がある。
遊具の輪っかに子どもと保護者が入り、リレーを行う競技だ。
どっちが前でもいいそうだ。子どもがフラフープの前に入り保護者が後ろに入ると、子どもはリーダーになった気分を楽しめるし、親が前なら子供は汽車に乗っている気分で楽しめる。
「では、はじめますよ。『しゅっしゅっぽっぽ』と大きな声をだしましょうね:」
「はーい!」
保育園の運動会は順位よりも、親との絆を作る時間なんだな。
「いっくんが前になるか。それともパパが前か」
「いっくん、まえがいい! もう、えーんえーんしないよ。パパとおなじわっかのなかだもん!」
「そうか、じゃあ、ゆっくりいくぞ」
「うん!」
ふたりでオレンジ色の輪っかの中にはいり、小走りで走り出した。
いっくんの歩調に合わせながら走る。
いっくんが何度も俺を振り返って笑ってくれる。
「パパぁ、いっくんひとりではしってる」
「あぁ、すごいぞ! いっくんにはパパがついているから、安心して走っていいぞ」
「うん! パパがいるから、こわくないよ!」
しゅっしゅっぽっぽ!
俺といっくんの親子の道を走っていこう!
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