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実りの秋 43

 パパ、いた!  もういちど、みてみようっと。  やっぱり、いる!  よかったぁ。 くるんとふりかえると、パパがニコニコみてくれるの。  いっくんにはパパがいるんだよ。  すごいなぁ、うれしいなぁ。 「あっ!」 「おっと、危ないぞ」  ころんじゃうかとおもったら、パパがすぐにたすけてくれたよ。 「パパ、ありがと!」 「大丈夫か。さぁもうすぐゴールだぞ」 「わぁい、しゅっしゅぽっぽ、しゅっぽっぽ」  パパといっしょにゴールしたよ。  いっくん、ひとりでずっとはしれたよ! 「おーい、ふたりとも、こっちだぞ」  おじいちゃんがカメラをもって、おむかえしてくれたよ。 「パパ! ママにおくる、おしゃしんとってもらおうよ」 「あぁ!」  ママ、ママぁ、きこえる? いっくん、すごくたのしいよ!  いっくんのだいすきなママに、だいすきなパパがきてくれて、ほんとうによかったね。きょう、びっくりしちゃったけど、パパがいてくれたから、ママすぐにびょういんいけてよかったね。  まえは……タイヘンだったもんね。ニュウイン……こわかったし、さみしかったよ。  じーじとばーばのおうちで、じっとしているの、ほんとはすこし、たいへんだったの。もしもパパがいなかったら、いっくん、ここにはいなかったんだろうなぁ。  あれあれ……すこしさみしくなってきたよ。   「いっくん、どうした?」 「パパぁ、いっくん……ぽんぽんしゅいた」 「あぁもう昼休みか。沢山走って疲れちゃったよな。ほら背中に乗って」 「うん! おんぶしゅき。パパぁ……ぺんぎんしゃんのウインナーはいってるかなぁ?」 「あ……うーん、きょうおるすみたいだよ」 「……そうなんだね。でもみーくんのおべんとうもたのしみ」  みーくん、とおくからきてくれて、おべんとうさんをありがとう。めーくんのおにいちゃんって、とてもやさしいんだね。めーくんにもあいたくなっちゃった。 「ママの体調が良くなったらピクニックをしよう。その時には必ずペンギンウインナーを作るよ」 「たのしみ! きょうのおべんとさんはなにかなぁ?」 「兄さんお手製だから、最高に美味しいぞ」 「わぁい!」  パパとってもごきげん!  みーくんはにんきものなんだね。  いっくんもみーくんしゅき。  でも、いちばんはパパ! 「パパ、だいだいだいだい、だーいしゅき!」     ****  ヤバい。青いペンギンウインナーのこと、抜け落ちていた。菫さんが考えたアイデアも聞き損ねた。朝はそれどころじゃなかったし、兄さんはいっくんと約束した事を知る由もないから、今日は仕方がない。  いっくんも納得してくれたようだから、次のお楽しみにしてもらおう。今度、皆で弁当を持って出掛けよう。  家族でピクニックか。そんなことした経験がないから夢を見ているようだ。  ずっと憧れていた『父親』というポジションに、俺がなっているんだよな。 「兄さん、そろそろ昼飯にしようぜ」 「あのね、その……急だったから自信ないんだ。いっくんに喜んでもらえるかどうか心配だな」  兄さんが少し心許なさそうに言う。  そんなこと関係ない。何よりここまで駆けつけてくれただけで充分過ぎる。   「……兄さんの運動会のおにぎり、いつも美味しかったよ」 「覚えているのか」 「……あの頃は素直に礼を言えなくてごめん、色々心ない言葉ばかりで」 「いいんだよ。そういう時期って、誰にでもあるよ」 「だが兄さんにはなかったのに、俺ばかり甘えて反抗しまくって」  過去を振り返るとあまりの至らなさに恥ずかしくなる。  あの頃、兄さんは自分を抑えて抑えて過ごしていたのに。 「そんなことないよ。潤……僕だって潤に素直になれなかったことがある。だからおあいこだよ」 「兄さん?」 「あの時……僕を見守ってくれて……ありがとう」 「何のことだ?」 「一時期、ひとりで外を歩くのが怖くて、広樹兄さんに付き添ってもらって登校していたんだ。兄さんの仕事が忙しい時は……先に登校したはずの潤がそっと後ろを歩いてくれていたんだ。あの頃、自分の事以外頭が回らないほど追い詰められていて、素直にお礼を言えなくて……今頃になってごめん」 「……バレてたのか」  兄さんは淡く微笑む。 「……車のバックミラーにチラッとね」 「げっ格好悪いな」 「そんなことない。嬉しかったのに僕も素直じゃなかった。だから今日……少しでも潤の役に立てたのなら嬉しいんだ」 「今日兄さんが来てくれて、すげー有り難かった」  兄さんと話し込んでいると、いっくんが潤んだ瞳で見上げてきた。 「みーくん、おべんとうさん、まだかなぁ」 「ごめん、ごめん。さぁこれがいっくんのだよ」 「わぁ~ かっこいいおべんとうばこ! あけていい?」 「芽生くんのを貸してもらったんだ。さぁどうぞ」  レジャーシートに座って、青いお弁当箱の蓋を開けた途端、いっくんの目がキラキラ輝き出した。 「あ、あ! ペンギンしゃんいるよー!」  なんと、中にはペンギン型にカットされたウィンナーがずらりと並んでいた。精巧な切り込みが入っていて可愛い出来映えだ。 「あ、これ、宗吾さんが作ってくれたんだよ」 「兄さん~ ヤバイ、俺、泣きそう」 「え! そんなに好きだったのか。潤もお子様だね、可愛い」 「違うよ。いっくんに頼まれていたんだ。ウインナーはペンギンがいいって」 「そうだったのか。あ、ちょっと待って、芽生くんから手紙が届いているよ」  兄さんがいっくんにスマホの画像を見せると、いっくんはまた目をキラキラと輝かせた。 「パパ~ あおいペンギンさんね、はしるのがんばったから、あせいっぱいかいてあかくなったんだって! だからこのウインナーさんもあかいんだね」  芽生坊が描いた絵はペンギンの運動会で、青いペンギンたちがリレーをしていた。レースの途中でどんどん色が変化して最後は真っ赤になって白いテープを切っている。汗びっしょりの赤いペンギンか。これはいい! 最高の演出だ! 「パパ、なんてかいてあるの?」 「『いっくん、がんばってね。またあそぼう。メイ』だって」 「わぁ~ いっくん、リレー がんばる!」  いっくんはウィンナーを見つめて、ニコニコ笑顔になっていた。 「がんばったウインナーさんたべたら、いっくんもげんきになるよね」 「あぁ、午後もがんばろう!」 「うん!」  離れている場所からも、こんなに優しい応援が届くなんて。  強がって粋がっていた頃には見えなかった景色が、どんどん見えてくる。  世界は日溜まりだ。              

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