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実りの秋 44
いっくんが満面の笑みでペンギンウインナーを食べてくれるのが、とにかく嬉しかった。
即席のお弁当だったが、思い切って作ってよかった。
(僕がフットワーク軽く動けるのは宗吾さんのお陰です。ありがとうございます)
背中をポンッと押してくれた宗吾さんに、心の中でお礼を言った。
「みーくんも、はい、どーぞ」
「えっ、僕にも?」
「うん! みーくんもおつかれしゃまだもん」
わわ! いっくんはまだ三歳なのに、そんな気遣いどこで覚えたのかな? いっくんがこれまでどんな風に菫さんと寄り添って生きて来たかが伝わり、泣けてしまう。
「みーくん、あーん」
「え?」
「おいちいよ?」
「そうだね、あーん」
小さないっくんに食べさせてもらうのは照れ臭かったが、こんな可愛い申し出は断れないよ。
「ん、美味しい!」
パクッと一口で食べてモグモグしていると、そこにカシャカシャとカメラのシャッター音がした。
「わ! お父さん、今の、撮ったんですか」
「宗吾くんが喜ぶだろうなと、おっと俺は彼を甘やかし過ぎか」
「くすっ、僕も同じくです」
「じゃあ写真を送ってやるか。そうだ芽生くんには直接電話してあげるといいぞ」
「あ、そうですね」
「落ち着いたところでゆっくりかけておいで」
熊のお父さんのさり気ない気遣いが心地良い。
大きく委ねられる安心感は、最高だ。
天国のお父さんが僕に遺してくれたくまさんはすごい人だ。
保育園の運動会は、少し早めにお昼休みに入った。
きっとそろそろバテてきた小さな園児のためなのだろう。
運動場では、お母さんの胸に抱かれてすやすや眠る乳幼児がちらほらと。
いっくんもご飯をお腹いっぱい食べたら、急に眠くなりそうだな。同じ年頃の子供よりまだ一回り小さな身体は、どこか心許ない。だが……きっとこれから潤と菫さんからたっぷりの愛を受けて、甘えて泣いてスクスク成長していくのだろう。
明るい未来しか見えないよ。
保育園の小さなグラウンドには、お母さんやお父さんに寝付かして貰う子供の影がゆらゆらと揺れていた。
まるで花が咲き、そよ風に揺れているようだ。
僕も、母の胸の中……優しいゆりかごの中にいるみたいだ。
ひとりになり、そっと空を仰いだ。
それから東京の宗吾さんに電話をした。
「もしもし」
「お兄ちゃん!」
「芽生くん、起きていたんだね。今日は急にごめんね」
「ううん、いっくん、だいじょうぶだった? おかあさんがぐあいわるかったら、こわかっただろうね」
「そうだね。潤がいてくれたし、お母さんも無事だったよ」
「ふぅー よかった」
芽生くんは、本当に優しくていい子だな。
「芽生くん、さっきはいっくんに絵をありがとう。青いペンギンが一生懸命走って赤くなるのすごくよかった。喜んでいたよ」
「えへへ、お兄ちゃんにも今、かいているよ」
「そうなの? すごく楽しみだよ」
「お兄ちゃん、おべんとうありがとう」
「あれ? もうたべたの?」
「えへへ、お腹すいちゃって」
「そうか、でも早めのお昼で正解かも。お兄ちゃん、保育園の運動会があと1時間で終わるから、すぐに帰るよ。だから今日は早めの夕食にしようね。有名な駅弁があるから買って帰るから、待っていてね」
僕の帰りを待ってくれる人がいる。
それが嬉しくて、ありったけの素直な気持ちを伝えると、芽生くんの声が少し潤んだ気がした。どうしたのかな?
「お……お兄ちゃんって……やっぱりすごい。まほうつかいさんみたいだ。ボク……ちょっとだけ……お兄ちゃんにあいたくなっていたの」
「そうだったんだね。芽生くん、少しお昼寝してごらん。時間がワープするよ」
「うん、あとでパパとするね。あのね、パパもおつかれみたいだよ」
確かに宗吾さんも疲労困憊だ。早起きさせてしまったし、弁当作りを一緒にしてくれて、僕を快く送り出してくれて……感謝の気持ちで一杯だ。お陰で、 潤の父親らしい顔、菫さんの無事、いっくんの可愛らしさを、この目で見ることが出来た。
「おーい、みーくん、午後の部が始まるぞ」
「はい!」
午後の部の最初の競技は『抱っこでパン食い競争』だった。なるほどお弁当を食べて一休みしてネムネムモードの子供たちは、最初から抱っこが正解だね。
「よーし、いっくん、パパにつかまってろよ」
「いっくん、たかいところに届くかな」
「任せておけ」
去年までのいっくんには出来なかったことを、潤がどんどん叶えていく。
誰よりも早く、誰よりも高いパンを取った親子に、拍手が沸き起こる。
「パパぁ、すごい、いっくんのパパってすごいよ!」
いっくんはもう全身で喜びを表現している。
潤はその度に父親らしく笑っている。
いいね、すごくいいよ!
潤はもう大丈夫。
しみじみと噛みしめていると、メールが届いた。
芽生くんからの絵に、また、ほっこりする。
僕が作ったお弁当を美味しそうに食べている芽生くん。隣には僕と宗吾さんもいる。お弁当からは綺麗な花が咲いていた。
「お兄ちゃんへ きょうのお兄ちゃんはかっこいいね。ボクもこまっているひとがいたら、さっとたすけてあげたいなっておもったよ。だから、はやくかえってきてね」
最後は可愛いお強請りだった。
うんうん、ちゃんと帰るから、待っていてね。
最後の競技『5歳児全員のリレー』は泣けた。赤ちゃんの頃から保育園に預けられスクスク成長して、いよいよ来年は小学生になる。その成長を間近で感じられて、応援にも熱が入った。
「みんな、がんばれ!」
みんな一生懸命生きているんだ!
保育園の運動会が終わると、僕は一足先に東京に戻ることにした。
お父さんとお母さんは軽井沢に一泊するそうだ。
「兄さん、本当にありがとう。兄さんの顔を見たらすごく落ち着けたよ」
「役に立ってよかったよ」
「みーくん、ひとりで大丈夫か」
「はい! 待っている人がいますから」
「そうだな」
「お父さん、潤、また!」
僕はひとりで新幹線の改札に向かった。
とても忙しかったが、充実した日々だった。
新幹線の中で、僕も転た寝をした。
****
瑞樹は軽井沢にいるし、芽生はお疲れモードでソファでゴロゴロと眠たそうな顔でテレビを観ている。
いっくんに応援レターも描いたし、今日はもうこんな感じでダラダラしてもいいか。
運動会の疲れだろう。そういう俺もあちこち身体が痛いぞ。もう歳か。
いやいや翌日に筋肉痛が出たってことは、まだ若いってことだよな!
「芽生、ちょっと向こうに寄ってくれ。パパも横になりたい」
「うん、いいよ。パパ~ ゴロゴロって、さいこうだね」
「だろ!」
そのままソファでいつの間にか、転た寝をしていたらしい。
芽生はまだ寝息を立てている。
つけっぱなしのテレビの音声が、いいBGMだった。
うとうとしたまま耳を傾けると、そこに魅力的な謳い文句が聞こえてきた。
『ベトベトの身体もスッキリすべすべに。マイクロバブル・シャワーヘッド新発売』
ベトベトかぁ……事後の瑞樹の身体を想像してニヤリとなる。
すべすべかぁ……裸にした瑞樹の身体を想像してムフフとする。
おっとニヤけてきたぞ。
いかんいかん、芽生に見つからないにしないとな。
そうそう思い出した! 我が家のシャワーヘッド、最近水漏れするんだよな~ そろそろ買い換えてもいいのかもな~
『水圧は変えずに30%の節水効果もあります。またミスト機能で肌に柔らかい刺激を、大切な人に喜びを!』
ははは、俺を狙って勧誘しているのか。
続いて……
『本日まで、オータムビッグセール開催中‼‼』
おいおい、そう煽るなって。
薄ら目を開けると、CMは女性のシャワーシーンだった。
俺は(女性じゃなくて)浴室の映像に釘付けになった。
『買う!』
すぐにスマホから検索して、購入ボタンをポチッ!
ニヤニヤ、ニマニマ……
瑞樹と一緒に風呂に入り新しいシャワーヘッドを試しながら戯れるシーンを想像して、ニヤニヤと眠りに落ちていく。
「パパ~ パパってば~ もうっ、よだれたらしているよ」
「え!」
なんだ夢だったのか。
「もう~ けいたいをもったまま眠っていたよ~」
「なぬ?」
慌てて確認すると、購入履歴にはちゃんとシャワーヘッドがあった。
「おぉ、なんと即日配送だってさ!」
「なんの話? なにかかったの?」
「あぁ、瑞樹が喜ぶものさ」
「お兄ちゃんが! わぁ~ それはいいね、パパってやっぱりやさしいんだね」
「ハハハ、まあな」
「あれれ? でも、ちょっとお鼻の下が……」
「いやいや! そんなことないぞ。気のせいさ!」
「そうかな~」
ジドッと見られて動揺していると、瑞樹から帰るコールが入った。駅弁を仕入れたと嬉しそうに書いてある。
「お、瑞樹からだ。思ったより早いな」
「お兄ちゃん、いま、どこ?」
「もう軽井沢から新幹線に乗ったそうだよ」
「わぁい! パパ、ボクたちいっぱいねたから、げんきだよね」
「あぁ、そうだな」
「じゃあ、おむかえにいこうよ」
「そうだな。瑞樹は重たい釜飯を持って疲れているもんな」
宅配の荷物を直接受け取れないのは残念だが、生身の瑞樹の方が大事だ!
運動会もようやく終わった。
家族で一息つこうぜ。
君の帰りが待ち遠しいよ。
だから今から迎えに行くよ。
あとがき
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後半のコメディタッチは本日エッセイで書いた小話のアレンジです。他サイトの情報ですみません。エブリスタのエッセイではクリスマスのカウントダウン中です。
https://estar.jp/novels/25768518/viewer?page=727
最近泣いてしまうシーンが多かったのと、寒くなってきたので久しぶりに宗吾さんと瑞樹の熱々ラブラブを書きたくなりました。なので本編に加えてしまいました。(内容エッセイと一部重複しています)
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