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ハートフルクリスマスⅡ・12
「わぁ! ほんもののゆきだー!」
背後で可愛い歓声がしたので振り返ると、小さな子供が立っていた。
あの頃の夏樹と同じ位の可愛い坊やだ。
その子が僕の手を突然握ったので、驚いてしまった。
「え?」
「サンタのおにいちゃん! いっしょにあーそーぼ!」
すっぽりニット帽を被った人懐っこい笑顔に、胸が切なくなった。
こんなに小さな子供もホスピスにいるのか。
「えっと、何をして遊ぼうか」
「あのね、ゆきで、ゆきだるまをつくってほしいの」
「いいよ、それなら得意だよ」
そういえばスキー場で芽生くんにも作ってあげて喜ばれたな。
しゃがんで雪に手を伸ばすと、小さな手もついてきた。
「つめたいの?」
「冷たいけど、あたたかいよ」
「ほんとだ。それに、やわらかいんだね」
久しぶりに雪に触れると、やはり冷たいのに暖かく感じた。
僕の好きな雪だ。
今年もう一度雪に触れられるとは思っていなかったので嬉しい。
「おにいちゃん、じょうずだね。それに、あのおうまさん、とってもきれいだね」
坊やがユニコーンと白鳥の氷像を指さして微笑んだ。
ユニコーンは太陽の光を浴び氷の表面が溶けたのか、先ほどより煌めいて見えた。
「キラキラしているね」
「ぼくね、もうすぐユニコーンにのって、おそらにいくんだよ。ちょっとこわかったけど、あんなにきれいなおうまさんならこわくないよ」
どう答えればいいのか、これには困惑してしまった。
もしも夏樹にこんな言葉を囁かれたら、僕はどう返事をしただろう?
「おにいちゃんをこわがらせちゃった?」
「ううん、ごめんね」
「だいじょうぶだよ。ママがいってたよ。おそらにはおじいちゃんやおばあちゃんもいるし、おともだちもいるんだって」
「うん、うん、僕のお父さんもお母さんも弟もいるよ」
「あっ、そうなんだね。おにいちゃん、おなまえは?」
「瑞樹だよ」
「じゃあ、ぼく、つたえておくね。みずきくんはかわいいサンタさんでしたよって」
「くすっ、そうだね。お願いしてもいいかな?」
別れは、いつかやってくる。
それがこんなに早いのは切ないが、受け入れるしかないんだ。
僕が家族との別れを最終的に受け入れたように。
「やった! おにいちゃんのおかげで、またひとつゆめがかなったよ」
「どんな?」
「おつかいをしてみたかったの」
「……そうなんだね」
天国へのお使いか。
そんな風に旅立ちを捉えているなんて……やっぱり少し切ないよ。
「ほら、できたよ。ゆきだるまのお顔は、君がつけてごらん」
「わぁ、ありがとう。すごくかわいいね。あのね……もうひとつ、つくってもらえる?」
「いいよ」
「よかった。ママのぶんもあったらいいなって」
「そうか」
「あのね、パパはとってもかっこいいの。それでママはとってもやさしいんだよ」
坊やとしゃがんで話していると、二つの影が伸びてきた。
「パパぁ、ママぁ、これ、ぼくからのクリスマスプレゼントだよ」
「うれしいわ、上手ね」
「サンタのおにいちゃんにてつだってもらったの」
「そうだったのね。ありがとうございます。この子の夢を叶えてくれて」
「いえ、お役に立てたのなら」
「お陰さまで、この子との思い出がまたひとつ増えました」
坊やのご両親と挨拶をしてその場を離れると、今度は洋くんがやってきた。
「瑞樹くん大丈夫? ここはあの世と近くて、君に負担をかけてない?」
「大丈夫だよ。ただ……あんなに小さな子もここでは穏やかに過ごしているのに驚いてしまったんだ」
「うん……瑞樹くん、少し聞いてくれるか。俺は大切な人がいなくなることは悲劇の始まりだとずっと思っていたが、最近少し考えが変わったんだ」
あぁ、やはり洋くんとは通じ合うものがある。
「僕も同じだよ。最初は耐えがたい程辛かったけれども、今は違うんだ」
「……恐れることはなかったんだな。別れはいつか必ずやってくるものだった」
「うん、そして別れは出会いの始まりでもあったんだね」
洋くんが美しい顔を綻ばせる。
「瑞樹くん、俺も今、そう言おうと思っていた」
「僕は洋くんと出逢えて良かったよ」
「ありがとう。そんな風に言ってもらえて嬉しいよ。この……うまく表現出来ない気持ち……君にはちゃんと伝わっているんだね」
「しっかり届いているよ」
多くの悲しみを背負った僕たちだから、心から分かり合える。
僕らの心が共鳴していた。
****
瑞樹、良かったな。
洋くんとの心のシンパシーか。
君が負った数々の悲しみ。
俺だけでは行き届かない部分は、洋くんに任せよう。
そこに丈がふらりとやってくる。
「やぁ、今日は助かったよ」
「こちらこそ、普段体験出来ないことばかりで貴重な時間だ」
「そう言ってもらえると肩の荷が下りるよ。今日……洋があんなに穏やかな顔をしているのは瑞樹くんのお陰なんだ。瑞樹くんと知り合って洋は変わった。前向きになって……今日だって、洋と私に深い縁がある人がホスピスの支援をしていたことを知り、積極的に働きかけてくれたんだ」
「そうだったのか」
瑞樹が家族を思慕する時、俺は寄り添うだけで何も出来ないのが時にもどかしくもなるが、ドンと構える丈の姿に励まされる。
「過去の洋は私に心配をかける名人だったよ。だがもう大丈夫そうだ。いい友も得て安心だ」
「あぁそれは、お互い最高のパートナーに恵まれて、溺愛されているもんなぁ」
「ん? 宗吾のそれは惚気か」
「へへっ、一緒に惚気ようぜ」
「……そ、そういうものなのか」
「俺ももっと丈のこと知りたい。なぁもっと歩み寄れよ」
「なるほど、宗吾はそうやって瑞樹くんを落としたのか」
「ははっ、丈も落とされたいのか」
ふざけていたら、瑞樹と洋くんがじどっとした目でこっちを見つめていた。
ついでにサンタの芽生にも笑われた。
「パパにはお兄ちゃんがいるでしょ!」
「ごもっとも!」
やがて雪のパーティーもお開きだ。
俺たちは一足先にホスピスを後にした。
ホスピスの患者さんが並んで見送ってくれる。
ゆっくり手を振って、和やかな笑みを浮かべて。
「サンタさんたち、エルフくん、夢をありがとう」
「最高の思い出をありがとう」
「いつかまたどこかで!」
****
全ての仕事を終え、軽井沢に戻る。
いっくんはエルフの姿のまま、新幹線の中でぐっすり眠っていた。
通りがかりの人に「可愛いお子さんですね」と話し掛けられる度に、オレはしまりのない顔になっていた。
いっくん、今日はがんばったな。
柔らかな髪を撫で、ふっくらした健康的な頬を指でツンツンする。
いっくんは天使だ。
プレゼントを皆に運んで、青年の心も慰めて……今日いっくんがしたことは、すごいことばかりだった。
今はもうエルフは終わりのようで、丈さんからもらったプレゼントの袋を大事そうに抱えて、子供らしい寝顔で、こっくりこっくり。
楽しい夢でも見ているのか、ムニャムニャと寝言も言い出したぞ。
「どうした?」
「いっくん……サンタさんに……なりたいよぅ」
え? キッズサンタの衣装は流石にないぞ?
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