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新春 Blanket of snow 4

 ここは勇大さんのログハウス。  私の生活の拠点は、昨年の夏から大沼になった。  生まれ育った函館を離れて迎える新年は、特別なものだった。  新年は、毎年クタクタだった。  大晦日まで花屋を営業し、正月花の準備に追われ、手もアカギレだらけでひび割れて、とてもおせち料理を作れる状態ではなく、そんな気力もなかった。    しんしんと降り積もる雪を窓辺で眺めていると、勇大さんに呼ばれた。 「さっちゃん、珈琲を淹れたよ」 「ありがとう」  勇大さんは珈琲が大好きで、美味しい豆を町で焙煎してもらってきては、手挽きドリップで丁寧に淹れてくれる。  手渡されたのはウィンターローズのような赤いマグカップ。  珈琲の香ばしい香りが立ちこめると、肩の力が抜けていく。  キッチンには色取り取りのおせち料理が並んでいた。 「勇大さんって、お料理上手なのね」 「ずっと、万屋《よろずや》だったんだよ。みーくんの家の居候みたいなもんだったから、おせちも一通りな」 「すごいわ! 結婚した当初は作ったけれども、花屋を始めてからは作ることはなくなってしまって……」  少し気恥ずかしくなってきたわ。  作ろうと思えば、作れたのかもしれない。  でもいつも「疲れた、忙しい」を言い訳にして、結局何もかも面倒臭くなってしまったのが事実だから。 「いいんだよ。時間があれば作れたかもしれないが、無理してやるもんじゃない。その空いた時間で少しでもさっちゃんが羽を休ませられたのなら、それで良かったんじゃないか」 「勇大さん……」  勇大さんの言葉は、いつも深くて力強い。  私ががむしゃらに生きて来た道には落とし物も多かったのに、そんなのどこ吹く風と、小さな後悔をいつもこうやって吹き飛ばしてくれる。 「私も手伝うわ」 「雑煮の味付けは、一緒にしよう」 「えぇ、私たちの味を作ってみましょう!」  だから私は新しい自分になれる。 **** 『謹賀新年 新年は1月5日より営業します』  大晦日の夜、シャッターに白い張り紙を貼った。  いつもより1日長い冬休みにした。  クリスマスから大晦日まで一日も休まず営業してきたので、ようやくだ。  体力には自信がある方だが、流石に疲れたな。  肩をぐるぐる回しながら夜空を見上げると、空気が澄んでいるせいか、月がいつもより更にクリアに見えた。  明日は全国的に大寒波で、函館にも雪が降るそうだ。  夜空に瞬く星を見ていると、離れた土地で暮らす弟たちの顔が次々に浮かんだ。  瑞樹、潤、頑張っているか。  兄さんも頑張っているよ。  いつか三兄弟で協力して何かが出来るように、それぞれの場所で踏ん張っていこうな! 「ヒロくん、お疲れ様」 「ゆみは?」 「もう寝ちゃったわ」 「そうか、母さんは? あっ……そっか」 「うん、お母さんがいないの、まだ慣れないね」 「そうだな、ずっと母さんと二人三脚でやってきたからな」 「ヒロくんは高校を卒業してからずっと、お母さんの片腕となり頑張ってきたものね」  みっちゃんは、高校時代の俺も高卒で働き出した俺も、全部見守ってくれた人だ。 「私はいつもわざとこの花屋さんの前を通り過ぎていたのよ。それってつまりどういうことだか分かる?」 「みっちゃんって、そんなに花が好きだったんだな」 「もう鈍感なんだから~」  背中をドンドン叩かれて擽ったい気持ちになった。  知っているよ、全部知ってる。 「ごめん、ごめん。俺もさ、みっちゃんが通る時間にわざと外の花の手入れをしていた」 「えぇ!」 「へへっ、お互い意識してたってことだ」 「もう、ヒロくんってば」  シャッターを下ろした店内で、俺はみっちゃんを抱きしめた。  母さんがいたら出来ないよ、小っ恥ずかしくて。  クリスマスに母さんからもらったプレゼントは、この店だった。  母さんから譲り渡された『葉山フラワーショップ』  前身は『葉山生花店』で、亡くなった父さんと母さんが二人で開業した店だった。 「俺の店は、みっちゃんと二人三脚でやっていきたい」 「うん、お母さんから引き続いたお店、ふたりで頑張っていこうね」 「お願いだ、健康でいて欲しい」 「……うん、うん!」  病は老若男女問わず、突然やってくる。    それは分かっていても、願わずにはいられない。    健康でいて欲しいし、健康でいたいと。 「ヒロくん、幸せになろう。どんな時でも笑顔を忘れずに」 **** 「えーん、えーん」 「え! どうしたの?」 「えーん、えーん」  さっきまでごきげんで遊んでいたあーちゃんが、とつぜんないたのでびっくりしちゃった。  どうしよう? 何かしちゃったのかな?  するとすぐにおばさんがやってきて、あーちゃんをだっこしてくれたよ。 「芽生くん大丈夫よ。あのね、沢山遊んでもらって少し眠くなったみたい」 「そうなんだ~ そっか、そうだよね。ボクもねむいとき、ごきげんわるくなっちゃうかも」 「子供はみんな同じよ。芽生くんも疲れたんじゃない?」 「……お兄ちゃんのところにいってくる」  あれれ?  さっきまでうさぎさんのお耳をピョンとたてて、パパとおじさんの間にいたのに、どこかな?  キョロキョロしていると、おばあちゃんが毛布をもってきたよ。 「おばあちゃん! どうしたの?」 「あらあら芽生もおねむさんね」 「どうしてわかるの?」 「芽生のおばあちゃまだからよ」 「わぁ~」  おばあちゃんって、やっぱり大好きだ。 「芽生も瑞樹くんとお昼寝する?」 「お兄ちゃんといっしょ? うん! する!」  ボクは今年もお兄ちゃんがだーいすき。  ママにだっこしてもらうあーちゃんを見ていたら、お兄ちゃんにくっつきたくなっちゃった。  お兄ちゃんはパパのおひざを枕にしてねむっていたよ。 「お兄ちゃん、こんなところにいたんだね」 「へへ、芽生、いいだろう?」 「おばあちゃんが、お兄ちゃんはボクとおひるねするって」 「そうかそうか、じゃあ芽生はこっちの膝を枕にしたらいい」 「うーん、パパのおひざはゴツゴツいたいから、ここがいい」  お兄ちゃんの背中にぴたっとくっつくと、やっぱりお花のにおいがして きもちよかった。 「……子供は役得だな」 「兄さん、何かいいました?」 「いや、無邪気な芽生が可愛いと言ったんだ」 「兄さんと俺も、ちょっと寝ますか」 「いやっ、宗吾の添い寝は敵わん。お前は昔から寝相が悪い」 「え……兄さん、俺に添い寝……してくれたんですか」 「……し、知らん」  パパとおじさんって、本当はすごくなかよしだったんだね。  なかよしって、いいよね。  どっちも、たのしいもん!  ボクもおじさんと、もっと、もっとなかよくなろうっと。 「ん……芽生くん?」 「そうだよ、お兄ちゃん」  お兄ちゃんがムクリとおきあがって、くるりと向きをかえて、ボクをふわりと包んでくれた。  わぁ、うさぎとうさぎでふわふわだよ~ 「瑞樹ぃ、俺の膝枕はもういいのか」 「んー ちょっとゴツゴツして……僕、柔らかい方が好きなんです」 「そんなぁ~」  お兄ちゃんにちゃんと抱っこしてもらえて、ボクはぽかぽかだよ~ 「ううう、瑞樹のために筋肉落とすか」 「よせ! お前の場合ただの中年太りになる。宗吾はその体型だからカッコいいんだ。あっ……その……」 「兄さん……今、俺をカッコいいって?」 「う、うるさい!」  ほらね、やっぱり、すごーくなかよしだね!  

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