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新春 Blanket of snow 5 

「いっくん、いっくん、もう朝だぞ」 「……いっくん……まだねんね……」  布団の中でクルンと丸まるいっくんは、赤ちゃんのように可愛かった。   「おーい、いっくんのお楽しみのお正月になったぞ」 「パパぁ、いま、うさぎさんになったゆめみたの。ぴょんぴょんしてたの」  いっくんが目を閉じたままニコッと笑う様子が可愛らしくて、オレの頬も自然と緩んでしまう。  笑顔って連鎖していくんだな。  いっくんと菫さんと暮らすようになって、それを実感している。  それにしても、うさぎの夢を見るなんてタイムリーだ。   「いっくん、大変だ! 可愛いうさぎさんになってるぞ」 「えぇ?」  いっくんが目をパチッと開け、あわてて身体を手で触り、耳がついているのかも確かめて、目を丸くしていた。 「わぁ、わぁ! いっくん、もこもこしゃん!」 「ふふふっ、いっくん可愛いわよ」  菫さんもそんな様子を、笑顔で見つめていた。   「ママぁ! いっくん、こんどはうさぎしゃんになったよ! これもサンタさんからなの?」 「これはね、パパとママからのお年玉よ」 「わぁ~ うれちい! うれちいよ! ありがと!」    いっくんは布団から飛び起きて、ピョンと俺の膝に乗ってきた。 「お! かわいいウサギさんになったな。流石パパの子だな」 「うん! パパぁ……パパぁ」 「なんだ?」 「あのね、あけまして……おめでとうさんでしゅ」 「ははっ、よく言えたな」  俺の胸にくっつき恥ずかしそうに擽ったそうに笑ういっくんが可愛過ぎて、さっきからずっと目尻が下がりっぱなしだ。  このうさぎの衣装は菫さんお手製で、お正月のために準備してきた物だ。  実は布などのキットはクリスマスにエルフの衣装と共に届いていた。銀座のテーラーの店主は学生時代の先輩なだけあって、菫さんの手先が器用なことをよく理解しているようだ。菫さんもお腹が大きくなるにつれて行動が制限されつつあるので、俺といっくんが外遊びや買い物に行っている時に、コツコツと仕上げてくれた。 「可愛いうさぎだな」 「あったかいよ」 「冬は寒いから部屋着にするといい」 「うん! パパもあったかい?」 「あぁ」 「じゃあ……いっぱいくっついてもいい?」 「もちろんだ!」  オレが勤めているローズガーデンも冬期は決まった日しか営業しておらず、今日は休園で、菫さんが勤めるアウトレットガーデンも休みだ。  二人揃っての休みは貴重で、しかも元旦だ。菫さんといっくんと家族水入らずで過ごせるのが、とにかく嬉しかった。 「こんなにゆったりした気分のお正月は久しぶりだ。菫さん、いっくん、今年もよろしくな」 「私もよ、今年もよろしくね」 「パパぁ、ママぁ、よろちくおねがいしましゅ!」  いっくんにお年玉をあげると、すぐに中身を取り出して「わぁ~ キラキラきれい!」と喜んでいた。500円玉1枚でそんなに喜んでくれるなんて、微笑ましい。  そのままお雑煮とおせち料理を食べ、絵に描いたような幸せな時間を過ごした。これはずっと憧れていた家族団欒だ。 「潤くんのご実家に新年のご挨拶をしたいわ」 「ありがとう! 電話してみるか」  今年から母さんは大沼で過ごすことになったので大沼のログハウスに電話をかけてみると、熊田さんが出た。彼をお父さんと呼ぶのは、正直まだ気恥ずかしいが、思い切って口に出してみた。   「お……父さん」 「潤か」 「はい!」  声だけで見分けてもらえるのは、嬉しいものだ。 「あけましておめでとう!」 「あけましておめでとうございます。今年も母さんのこと宜しくお願いします。あの……母さんは?」 「あぁ、ちょっと待って」  電話の向こうで、母さんに優しく声をかける熊田さんの声が聞こえた。  …… 「さっちゃん、潤くんからだぞ」 「ん……あら私ってば……眠ってた」 「あぁ、少しだけ。パンケーキを食べたら眠くなったと、幸せそうに転た寝していたよ」 「まあ!」 ……  母さんの甘えた声、のんびりとした口調にホッとした。  毎日、心穏やかに過ごしているんだな。 「潤、あけましておめでとう」 「母さん、あけましておめでとう。クリスマスにはクッションカバーをありがとうな。家が華やかになったよ」 「また作ってあげるわ。花屋の仕事を広樹に譲ったら、時間が出来て編み物に夢中なの。でもまだ少し変な感じよ」 「これからは自分のために使ってくれよ」 「そうね。あとは息子達と孫の成長が楽しみよ」 「また遊びに来て欲しいし、オレも行く」  続いて広樹兄さんにも電話をした。  兄さんの意気揚々とした声が響く。  母さんから店を継いでヤル気に満ちているようだ。 「兄さん、あけましておめでとう」 「潤、今年は二人の父親になるんだな。頑張れよ!」 「ありがとう。兄さんも花屋の切り盛り頑張って‼」  10歳の年の離れた兄はいつも遠い存在だったが、今は違う。家族を支える父親同士、仕事を持つ社会人同士……以前よりもぐっと近くに感じている。これからは励ましあえる関係を築いていきたい。  そして最後に東京の瑞樹兄さんに電話をした。 「潤! あけましておめでとう!」  最初から声がキラキラと明るかった。   「兄さん、明るい新年を迎えたんだな。何か面白いことでもあった?」 「えっ、どうして分かるの?」 「兄さんの声、すごく楽しそうだ」 「そ、そうかな?」  以前はオレと話す時、いつも緊張していたよな。怖がらせるつもりはなかったのに収拾がつかなくなって……きっと思春期に散々暴言を吐いたせいだ。 「で、なに? また宗吾さんがハチャメチャな事でもした?」 「うう、潤にはお見通しなんだね」 「まぁな、兄さん家で面白いことするのは、宗吾さんだろう」 「くすっ確かに! それがねぇ、聞いてくれる?」  兄さんが話してくれた内容に、抱腹した。  いやぁ~ 初笑いだ! 「宗吾さんは大物だ! そんなことがあっても全然動じてないなんて」 「だよね」  そんな宗吾さんだから、兄さんを任せられる。繊細な兄さんを守り尚且つ明るくしてくれる宗吾さんは、オレにとっても頼れる兄だ。 「パパぁ、めーくんにあいたいよぅ」  うさぎの着ぐるみいっくんが涙目で訴えてくる。 「うーん」  それは叶えてやりたいが、今日は流石に無理だ。  兄さんにも聞こえたのか、同じく困った様子だった。 「潤、困ったねぇ」 「瑞樹、どうした?」 「宗吾さん、実はいっくんがめーくんに会いたいと言ってくれているのですが……」 「なんだ、それならテレビ通話に切り替えたらどうだ?」 「あ! そうですね」  本当にその通りだ! どうしてそんな簡単なことに気付かなかったのか。 「潤、テレビ通話しよう!」 「おぅ」  すぐに画面が切り替わり、兄さんの顔が見えた。  えっ、うさぎ?  予期せぬ可憐な姿に目が釘付けだ。 「あ……その、これは……滝沢家の恒例で……」 「最高に似合ってる」 「は、恥ずかしいよ」  照れまくる兄さんに、オレも赤面してしまう。 「お兄ちゃん、ボクもいっくんとおしゃべりしたい」 「うん」  続いて画面に現れた芽生坊も白くてモコモコしていた。  え? 芽生坊もうさぎ?  ってことは、宗吾さんも……まさかのうさぎなのか!  それは似合わないだろうと笑いを堪える羽目になった。  ところが、宗吾さんだけ、何故か妙に渋いガウン姿だった。  うーむ、相変わらず読めない人だな。  率先して嬉々としてうさぎの着ぐるみ姿になりそうなのに。  芽生くんといっくんが顔を合わせると、すぐにキャッキャッと可愛い声が響いてきた。 「いっくーん!」 「めーくん!」 「わぁ、いっくんもうさぎさんだったんだね」 「うふふ、ママがつくってくれたのー」 「ボクはおじさんが買ってくれたんだよ」 「わぁ、しゅごーい」 「いっくんもよかったね」 「えへへ」 「えへっ」    何はともあれ、いっくんと芽生坊の間を行き交う天使語には癒やされる。    子供の声は、まるで鈴の音のようだ。  乳幼児特有の鈴が転がるような透明感のある笑い声。  舌っ足らずのたどたどしいお喋り。  その、すべてが可愛すぎる!  この『幸せな鈴』は、お守りだ。  ずっとずっと大切にしていこう! あとがき(補足) **** 宗吾さんは一体何をしたのでしょう? どうして宗吾さんだけいつの間に渋いガウンなのか。 それはエッセイにて『新春初笑いこぼれ話』として、今日、明日で書いておきます。こちらから読めます。他のサイトですみません。こちらをコピペして飛んで下さい。 https://estar.jp/novels/25768518/viewer?page=757&preview=1        

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