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新春 Blanket of snow 6
「いっくん、お雑煮はよーくふぅふぅして食べるんだぞ」
「パパぁ……でもぉ……おもち、べとべと……むずかしいよぅ」
「よしよし、ほら、あーん」
「あーん」
箸で餅を小さく摘まんで食べさせてあげると、可愛い口を大きく開いて満面の笑みを浮かべてくれた。
いっくんの大きな黒目に映るのは俺だけで、全面的に信頼してくれているのが伝り、嬉しくなった。
小さな子供って、目も鼻も口も、全部まんまるで可愛いな。
可愛い頬がモグモグと動く様子を、目を細めて見つめた。
「パパ、おいちい! ありがと」
一緒に暮らすようになってから、いっくんは甘えん坊だ。
それでいい。
今まで我慢していた分も、オレには甘えて欲しい。
今はとびっきりの甘えん坊さんでいいよ。
「もっと食べるか」
「えっとね、パパもたべてほちいの」
ちょこんとオレの横でいい子に待っている姿は、いじらしい。
俺が小さい頃は、何でも自分が先で、どれも自分の物だと勘違いしていた。
広樹兄さんは10歳も年が離れていたので手出し出来なかったが、瑞樹兄さんは、その半分の年の差で、しかも遠慮の塊のような人に見えたので、オレが遠慮なく奪い尽くしてしまった。
あの頃の兄さんは家族を奪われたばかりだったのに……オレは兄さんの居場所や大切な文房具や食べ物まで奪って、本当に最低だった。
新年早々押し寄せる後悔の渦に巻き込まれそうになると、いっくんが俺の頬にチュッとしてくれた。
「えっ!」
「えへへ。パパぁにも、とっておきのおまじない。ママがえーんえーんのときね、いつもしてあげたの。パパにもこれからは、いっくんがしてあげるね」
なんとも甘酸っぱい気持ちになる。
そして切なくもなる。
今まで二人で暮らしていた時、菫さんにはしんどい時期も多かっただろう。人知れず泣いた事もあっただろう。そんな時いっくんが、いつもこんな風にママを慰めていたのか。
こんな風に男親にもべったり甘えてくれる時間は限られている。だからこそ、まだ3歳というあどけない時期に出逢えて本当に良かった。
「潤くん、すっかりパパらしいわね」
「そうかな?」
「潤くんといっくんは息もぴったりで、見ていて微笑ましいわ」
「全部、いっくんのおかげだよ」
そうか……
オレはいっくんによって、父親にしてもらっているのか。
親は誰でも最初から親なんかじゃない。
子供を育てながら泣いて笑って、親として成長していくんだな。
「いっくん、オレはまだまだ新米パパだが、いっくんが大好きだ」
ギュッと抱きしめると、いっくんもくっついてくれる。
求める愛情と求められる愛情が同じって、こういうことなんだ。
「えへへ、おひげくすぐったいよ。パパぁ、ママもしゅき?」
「もちろん、ママもだいすきだ」
「わぁい! うれちいなぁ」
いっくんはウサギのようにピョンピョン跳ねて、1日中大喜びだった。
****
「全く、宗吾はいつまで経っても、子供だな」
「兄さんにそれを言われると……なんとも」
「全く、どうしてあんな阿呆なことをしたんだ? 自宅まで待てば良かったのに」
「ははは……ですよね。今日は流石に瑞樹に嫌われたかもしれませんよ。さっきから近寄ってくれません」
「憐れな奴め、自業自得だ」
罰ゲームのように渋い色目のガウンを着せられた俺は、兄さんの隣にちょこんと座っている。兄さんにもやれやれと盛大な溜息をつかれてしまった。
「……宗吾は昔から楽観的だったよな」
「そういう兄さんは大真面目でしたね」
「……宗吾だって……昔は……可愛かったんだぞ」
おぉ?
兄さんがぼそっと呟いた言葉に、少し離れた場所に瑞樹がピクッと反応した。うさぎの耳を立てて一生懸命こっちの会話を聞こうとしているのが、メチャクチャ可愛い!
「瑞樹、おーい、そろそろ、こっちへ来いよ」
「……」
「えーっと、母さんが今から俺たち兄弟の秘話を話してくれるってさ、聞きたくないのか。正月の大盤振る舞いだぞ、新春初笑いだ!」
瑞樹の機嫌を取りたいがために母さんまで引き合いに出して、懸命に釣る。
「宗吾……母さんを呼ぶのか。後悔するかもしれないぞ」
「え?」
母さんがヌッと現れる。
「憲吾と宗吾の秘話? 素敵な提案ね、いくらでも話すわよ。ここだけの話、今だから言える話もあるのよ。さぁさぁ瑞樹もそんなにしょげてないでいらっしゃい。もう身体の方は、大丈夫なんでしょう?」
うはーっ、真っ白なウサギのフードに包まれた瑞樹の顔がまた真っ赤になるようなことを。
「みーずき、とっておきのお話があるのよ」
母さんは流石だ。
機嫌を損ねてしまった末っ子の心を掴むのが上手すぎる。
瑞樹も我慢できなくなったようで、トコトコやってきた。
「来たわね。これはむかーし、昔の宗吾と憲吾の小さい頃の話よ。聞きたくない?」
「聞きたいです!」
「じゃあ……さっきの宗吾のおバカな行動は許してあげてくれる?」
「はい……宗吾さんは……その、場所を考えてくれたら……僕だってもっと大人な対応が出来たし……守ってあげられたのに……いや褒め称えてあげることだって出来ました。宗吾さんの裸体は……ダビデ像の……モゴモゴ……っ」
おっと瑞樹ぃ~ よせよせ! それ以上は俺の方が小っ恥ずかしいぞ!
そんなに墓穴を掘るなよと、思わず瑞樹の口を塞いでしまった。
「か、母さん、こっちの話はいいから続きを!」
「ふふ、瑞樹はスレてなくていいこ」
「母さん、私もすれてないですが」
兄さん狡いぞ! そんな澄ました顔をして。
「母さん、俺だってスレてないよな、じゃなきゃあんなこと出来ないし」
「ふふふ、さぁどうかしら? 宗吾はね、ダビデの息子みたいだったわよ」
ちょっ! 誤解を招くような言い方をすんなよ!
「あなたは生まれた時、まるでキューピットのような健康優良児だったのよ。今日は特別に宗吾が生まれた時の話をしてあげるわ」
生まれたての俺なんて、俺の記憶にはないし、兄さんだって5歳の時のことだ。殆ど覚えていないだろう。そして瑞樹にとっては初めて明かされる『宗吾誕生の逸話』になる!
(……うーむ、なればいいが……一抹の不安が過る)
今度は俺の方がドキドキしてきた。
どんなヒミツが暴露されるのかは、乞うご期待!
あとがき
****
さてさて、宗吾さんがしでかしたことって、何でしょうね?
瑞樹がよそよそしくなっている理由はエッセイにて、「新春初笑いこぼれ話」として公開中です。あまりに宗吾さんがあれで、本編に入れられなかったというオチです。こちらから昨日の続きは読めます。他サイトでごめんなさい。
https://estar.jp/novels/25768518/viewer?page=758
小正月まではお正月モードなので、本編もふんわり軽い感じになっています。
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