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新春 Blanket of snow 8
「お、俺が女だって?」
このビッグニュースには、いじけていた瑞樹も流石にうさ耳をピンと立てて身を乗り出して来た。
くくっ、全く母さんもやってくれるよな。
俺の衝撃の誕生秘話に、誰もが愉快な気持ちになった。
まぁその気持ちも分かる。
俺には微塵も女っぽいところがないから、あまりに真逆でウケるよな。
俺の隣で、兄さんが変な汗をかいている。
「兄さんは俺が生まれた時もう5歳だったから、いろいろ記憶に残っているんじゃないか」
「あ、あぁ」
あれ? いつもポーカーフェイスの兄が崩れそうだ。
これは面白いと、ニヤリとしてしまう。
「何かとっておきの思い出でも? 赤ちゃんの俺は可愛かった? 生まれてくるまでワクワクしてくれたのか」
思いつくままに投げかけると、兄さんは困惑した顔になってしまった。
「宗吾、悪い顔をしているわね。母さんがトドメを刺してあげましょう」
「え?」
「瑞樹には悪いけど、宗吾のファーストキスの相手は、この私だったのよ。ごめんなさいね」
またまた母さんが爆弾発言をする。
焦って瑞樹を見るが、驚く様子はなく苦笑していた
「それはお母さん、よくある話ですから大丈夫ですよ。僕も小さい頃、母としましたし」
うさ耳を垂れさせて、頬を染めている。
「な、なぬ!」
それは初耳だぞ?
まぁでもその気持ち分かる! 瑞樹みたいな可愛い赤ん坊が生まれて来たら、毎日でもチュッチュしたくなるよな~
赤ん坊の瑞樹を想像してニヤけていると、突然兄さんが耳を赤くして頭を下げてきた。
「そ、宗吾……すまんっ」
「兄さん? 何で謝るんだ」
「その……私も宗吾としたんだ」
兄さんが口を手で押さえて、立ち上がった。
俺は椅子からずり落ちそうになった。
「ええっ!」
「あ、赤ん坊の頃だぞ。今思い出した。母さんがしているのを見て、こっそり……」
今の俺と兄さんで想像すると、とんでもない話だが、赤ん坊の頃なら仕方がないかと俺は肩を揺らした。
「あなたたちはね、小さい頃は本当に仲良し兄弟だったのよ。憲吾は面倒をよくみてくれたし、宗吾だって『にーたん、にーたん』って、いつもお兄ちゃんにくっついて可愛かったわ。ほら証拠写真よ」
母さんが昔のアルバムを見せてくれた。
確かに生まれたその日から雄々しいベイビーで、利かん坊で暴れん坊な雰囲気が炸裂していた。
そして満面の笑みで兄さんにくっついていた。
「俺たちこんなに仲良しだったんだなぁ」
脳天気に呟くと、兄さんは真面目な顔になった。
「全く、お前はいつも動じないな。私はいつも心配していたのに」
「え……」
大きくなるにつれ兄さんの表情が硬くなってきた。
俺を心配そうに見つめる写真が増えてきた。
うーむ、俺はよほどやんちゃだったのか。兄さんの生真面目な表情は、今とあまり変らないものだった。
ずっと性格が真逆な真面目な兄には疎まれていたと思っていた。やんちゃで暴れん坊で足を引っ張る出来の悪い弟だと、勝手に線引きして、兄さんから背を向けて勝手に走り出したのは、俺の方だったかもしれない。
「宗吾さん」
少し考え込んでいると、瑞樹が寄り添ってくれた。
もう怒っていないようで、ほっとする。
「瑞樹、今日はふざけてばかりでごめんな」
「いえ、僕も楽しかったです。こんな賑やかなお正月始めてで。あの……宗吾さんの通常運転、僕は好きですよ」
「うう、君は相変わらず寛大過ぎるよ」
「僕は宗吾さんと憲吾さんの今の関係、とても素敵だと思いますよ」
「そ、そうか」
少しだけ自分の過去を反省し凹んでいたので、瑞樹の優しい言葉に元気をもらった。
「瑞樹……今からでも、やり直してもいいんだよな」
「はい、二人とも今だから寄り添えることがあると思います」
「そうか、そうだな!」
「はい、絶対そうですよ。僕も憲吾さんともっと親しくなりたいので、その……宗吾さんと憲吾さんがもっと仲良くなると嬉しいです」
「そうだな。瑞樹はもう我が家の末っ子だもんな」
嬉しくなって肩を抱き寄せると「くすっ、樟脳の匂いって、なかなか強烈ですね」と笑われた。
「昔さ……父さんの部屋に行くと、押し入れからこの匂いが立ち込めてきて、背筋がシャンとしたもんだ」
「そうなんですね。宗吾さんがお父さんの話をしてくれるのは珍しいので嬉しいです。僕は……お父さんに、会えなかったのが残念です」
「俺も会わせたかったよ」
少しだけしんみりしていると、芽生が場を明るくしてくれた。
「パパの中にも、ボクの中にも、おじいちゃんのきもちがあるんだよ~」
「芽生はまだ小さかったのに覚えているのか」
「えっとね、よくボクのあたまをこっそりなでてくれたよ」
「へぇ、父さん、なんか言ってたか」
「えっとね、『めいはパパににて、かわいいな』って」
可愛いだと?
そんな言葉、父に言われたことないぞ?
まさか……遺してくれていたなんて思いもしなかった。
芽生の発言には母も兄も、目を丸くしていた。
「まぁ、芽生よく覚えていたわね」
「うん、おじいちゃん、ニコニコしていたよ」
「まぁ、あの人ってば……本当に不器用で、息子にはなかなか笑顔を見せられなかったのに、孫にはメロメロだったのね」
「おじいちゃんはね、おばーちゃんもおじちゃんもだいすきっていってた」
兄さんが顔を上げる。
「ほっ、本当か」
「あのね、おじいちゃんは、はずかしがりやさんなんだって……だから」
「そ、そうか。それは私も同じだ」
「けんごおじさんとおじいちゃん……にてるよ。なんかうれしいね」
「芽生……ありがとう」
「このにおいかいでいたら、おもいだしたの」
芽生にとってはかなり幼い頃の記憶だ。
まさか……今になって父さんの気持ちが届くなんて。
この樟脳臭いガウンが呼び起こした記憶は、俺たちにとって嬉しいものだった。
「兄さん、これからもよろしくお願いします」
「うむ、私もよろしくな」
改めて新年の挨拶をした。
「私はかなり宗吾に関して心配症なようだ。さっきは皮だけになってしまったと本気で焦ったんだ。その……お前もまた、可愛いうさぎになるといい」
「心配してくれたんですね」
「そ、そういうことだ」
この不器用な兄を……俺は本当は慕っている。
俺は兄が好きだ。
素直になれば溢れ落ちる気持ちは、暖かいものばかりだった。
父さんですか。
俺の気持ちを解してくれたのは、
芽生に『気持ち』を託してくれてありがとうございます。
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