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新春 Blanket of snow 18

「瑞樹、行こう」 「はい……お兄さん」    あら? 今の聞き間違いではないわよね。  あの憲吾が、とうとう瑞樹くんを呼び捨てに。  これは新年早々、嬉しいニュースだわ!  生真面目で几帳面な憲吾は融通が利かない所もあるけれども、心根の優しい正義感のある息子よ。  しかも瑞樹も憲吾を「お兄さん」と?  あなたたちの距離が、ぐっと縮まったみたいね。  私も最近は意識して「瑞樹くん」ではなく「瑞樹」と呼んでいるのよ。  宗吾が瑞樹と知り合って三年。会えば会う程、知れば知る程、好きになるわ。宗吾との関係も揺らがないし、芽生も信頼しきっているのが、痛いほど伝わってくるの。もうあなたは滝沢家の立派な一員よ。  あとはそうね、もう少し我が儘を言ったり甘えて欲しいわ。  あなたはたった10歳で両親と別れてしまい、きっと思春期も反抗期も感情を封じて成長したのでしょうね。瑞樹のいじらしく優しい性格から、あなたが取った行動が手に取るように分かるの。  ねぇ、もう少し感情を出していいのよ。  もっと我が儘を言って。  もっと、もっと甘えて。  私には特にね。  親世代にはドンと甘えなさい。  あなたは今年はもっと自由になっていいのよ。 「母さん、腹減ったー」 「宗吾はもうっ、いくつなの? 相変わらずその貪欲なまでの食欲は衰えていないのね」 「食欲どころか……せっ、モゴモゴ」 「宗吾!」 「そ、宗吾さん!」    慌てて憲吾と瑞樹に口を塞がれる宗吾は、はい、見なかったことにしましょう。 「憲吾、ちょっと宗吾を見張っておいて」 「母さん~ 俺は三歳児以下ですか」 「そうよ!」  断言するわ。 「瑞樹は、ちょっといいかしら?」 「は、はい」  台所に瑞樹を呼ぶと、何故自分だけ呼ばれたのか分からないようで不思議そうな顔をしていた。 「あの……お母さん、僕、何かしましたか」  途端に心配そうにおずおず訊ねてくるのに、少し切なくなったわ。 「まぁ瑞樹ってば、一体何を心配しているの?」 「あ、ごめんなさい。僕の悪い癖ですよね」 「いいのよ。さぁ瑞樹、あーんして」 「え?」 「味見よ」 「ア……」  瑞樹の可愛い口に放り込んだのは、一口サイズの栗きんとん。  結婚して最初の新年に『市販の栗きんとんは甘過ぎないか』と主人が言ってから、手作りするようになったの。栗の甘露煮を使えば意外と簡単で、しかも市販品よりずっと甘さ控えめでほっこりな味わいで、美味しかったわ。小さな憲吾でも上手に食べられるように茶巾形にしたのが最初だったわね。   「どうかしら? 甘すぎない?」  瑞樹が目を見開き、長い睫毛を揺らした。 「あ……すごく美味しいです。甘さもちょうどいいです」 「良かった。いい塩梅でしょう」 「えぇ、変に甘すぎず、栗の味がしっかり感じられました」  いつもあなたは律儀に丁寧に答えてくれるのね。本当にうちの末っ子は可愛いわ。お父さんここにいたら、思いっきり目尻を下げたでしょうね。   「まさに今のあなたたちね」 「え?」 「憲吾と宗吾と瑞樹、うちの三兄弟のことよ」 「三兄弟って、あの?」 「憲吾と宗吾と瑞樹、性格が全く違うから……最初は相性を心配することもあったけれども、変にごちゃごちゃにならず、三人集まるとそれぞれの良さが引き立つわね」    その言葉に、瑞樹がニコッと微笑んだ。以前だったらほろりと泣いてしまいそうな脆さを持っていたけれど、今は笑ってくれるのね。良かった。 「それは、お……兄さんと宗吾さんが、僕を大切にしてくれるからです。お二人とも目の前にいる人を……僕を大切にしてくれるから息が出来ます。手足を伸ばせます。心から笑えます。お父さんとお母さんが育てられた息子さんはお二人とも……人として優しいです」  まぁまぁ、この子は。  そこまで言ってくれるなんて。  いやだ、私が泣いてしまうわ。  「今の言葉、そっくり瑞樹にも返すわ。あなたの根底にある優しさは、あなたに接する人の心をとかし続けるわ」 「そんな……」 「そうよ。あなたを産んでくれたお母さん、育ててくれたお父さん、そして函館の咲子さん、熊田さん、二人のご兄弟、みんなが育ててくれたのね。今のあなたは、そういう愛情のリレーを経て存在するのよ」 「はい……僕は皆に育ててもらいました」 「素敵ね。瑞樹……私はそんなあなたが大好きよ。今年もよろしくね」 「はい……お母さん、どうか元気でいてくださいね」 「あなたともっともっと一緒に過ごしたいから、少し我が儘も言って頂戴。励みになるから。ねっ、何か初お強請りして頂戴」  瑞樹の目元に真珠のように浮かんだ涙をそっと拭いてあげると、ニコッと笑ってくれた。やっぱり涙より笑顔が似合う子になったわ。 「じゃあ……お母さんの卵焼きを……食べさせて下さい」 「久しぶりね。すぐに作ってあげるわ」 「嬉しいです!」 **** 「ただいま~」 「すみれ、帰ったよ」  返事がないので慌てて部屋に入ると、すみれは布団に丸まってスヤスヤと寝息を立てていた。お腹に添えられた手が愛おしい。  オレといっくんは顔を見合わせて、頷いた。 「いっくん、そっとだぞ」 「うん、ママにもゆきのもうふしゃんだね」  真っ白な雪のような毛布を、すみれさんにそっとかけてやった。 「ママぁ……いいこ、いいこ……パパ、いるから、もう……だいじょうぶだね」   

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