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心をこめて 11

 休み時間の鐘がなった。 「そろそろ帰ろうか。芽生くん、少し待っていて。教室からランドセルを取ってくるよ」 「……うん、お兄ちゃん、ごめんね」 「謝らなくていいんだよ」  芽生くんの背中を、そっと撫でてあげた。  熱があってしんどい中、いっくんの気持ちを思いやる姿に心打たれた。芽生くんは、宗吾さん譲りの明るさと行動力を持っている反面、とても感受性豊かで優しい子なんだ。  内面的なことに、僕は寄り添おう。  僕はこの子を、全力で守る。  今度こそ……今度こそ、ずっとずっと成長を見守らせて。 「よし、取ってくるよ」  保健室から出ると、廊下に小さな男の子たちが息を切らせて立っていた。すぐに僕の横をすり抜けて、ベッドの芽生くんの所に駆け寄った。 「メイ、大丈夫か」 「ランドセルもってきたよ」 「まだ熱さがらないの?」  どうやら芽生くんを心配して来てくれたらしい。  あぁ、とてもいい光景だね。  僕も大沼の小学校では、同じ体験をしたよ。  気にかけてもらえるって嬉しいね、幸せだね。  辛い時こそ、小さな優しさが身に染みるよね。 「……うん、もう帰るよ、ありがとう」 「はやくよくなるといいな!」 「これ、おてがみ」 「わぁ……」  芽生くんは赤い目を擦って受け取った。いつもの元気は欠片もなく、しんどそうな顔だったが、ランドセルを持ってきてもらえたこと、お手紙をもらえたことが、かなり嬉しかったようだ。 「ほらほら、芽生くん疲れちゃうから、もう行きなさい」 「はーい、先生」  晴れているのに、北風が強い日だった。  熱がある芽生くんは、ぼんやりとした顔でかなり辛そうだ。ランドセルは僕が持ってあげたが、それでも歩くのが怠いようで、足取りが重たい。  こんな時、どうしてあげたらいいのか。 「芽生くん、やっぱりタクシーに乗ろう」 「大丈夫」 「そっか、もう少しだからね」 「……うん  口数も少なくなって顔色も悪い。これ以上は僕が耐えられないよ。 「芽生くん、僕の背中に乗って」 「でも……はずかしいよ」 「大丈夫だよ。お兄ちゃん、芽生くんをおんぶしたいな」 「……お兄ちゃん……いいの?」 「いいんだよ。さぁおいで!」  芽生くんが力なく僕の背中にもたれた。  熱をもった身体だ。 「さぁ、帰ろう」  こういう時、全身で頼られると、すごい力が湧いてくるよ。  なんとかマンションに辿り着くと、すぐにパジャマに着替えさせて、寝かせてやった。 「何か食べたいものはある?」 「……ううん、何もたべたくない」 「じゃあ……水分は取ろうね」  冷蔵庫には急な発熱に供えて経口補水液があった。あと冷却シートも。 「とにかく寝た方がいいね、この時間は病院も閉まってるし」 「うん……お兄ちゃんにうつったらどうしよう」 「そんなこと気にしなくていいんだよ。お兄ちゃん、こう見えても案外丈夫なんだ」 「……そうだといいなぁ」  こんな時にまで、僕の心配をして。 「ずっと傍にいるよ」 「うん」  安心しきった様子で、芽生くんはすぐに眠りに落ちた。熱がある時に眠たくなるのは、免疫反応が起きている証拠だ。  まるで冬眠するように、眠ってしまった。  僕はスーツ姿のまま芽生くんのベッドの脇に座って、その様子を暫く見つめていた。 「良かった、少しお眠り……」 **** 「いっくん、キャンプの時から、ずっとボールを欲しかったのか」  どうしても聞かずにはいられなかった。  いっくんがいつも諦めてしまっていたのか、気になって。  キャンプ場でのこと、オレたちは何も気が付かなかった。二人仲良く遊んでいるとばかり思っていた。大人から見える世界と子供から見える世界は、違うんだなと反省した。 「いっくんの本当の気持ちを、パパに隠さずに教えてくれないか」    いっくんはキョトンと目を丸くして、そのあと天使みたいに笑ってくれた。   「えっと……いいなって! めーくん、サッカー、とってもじょうずなの。だから、いいなって。いつかめーくんみたいに、じょうずになって、いっしょに、さっかーちたいの!」  えっ! そうくるのか。 「だからぁ、いっくんも、もっとじょうずになりたい。パパぁ、おちえて」 「いっくん……」 「パパぁ、パパぁ、ねぇ、おねがい」    いっくんが無邪気に甘えてくる、  必死に顔を上げて、オレを見つめてくる。    その目には、もう涙は一滴も溜まっていなかった。  その代わりに、憧れの星がキラキラと輝いていた。  このオレが、こんなに清らかな瞳で見上げてもらえるなんて。 「パパのすべてを、いっくんに教えてあげるよ」 「わぁ……いっくん、うれしいよぅ。パパがいてくれてよかったぁ」  いっくん、いっくん……  愛おしいという感情が、今日はいよいよはち切れそうだよ。 「よぅし! じゃあ今日から少しずつやっていこう」 「えっとぉ……まいにちコツコツ、だいじ!」 「難しい言葉を知っているんだな」 「めーくんがおしえてくれたの。あのね……ほんとは……さいしょは、いっくんも、もっともっと、いっしょにやりたかったけど……めーくんがじょうずにボールをけるのをみるの、たのちかったよ。それにね、めーくんはボールしゃん、だいじだいじ、していたよ」  いっくんがサッカーボールをギュッと抱きしめた。 「これはぁ、いっくんのぼーるしゃん! だいじ、だいじ、よろちくね」 「そうだな。いっくんのボールで、パパと一緒にコツコツ練習しよう! 次はもっと沢山一緒に遊べるさ」 「うん!」    いっくんと話していて、また過去を一つ思い出した。  あれは今の芽生坊位の時だった。  兄さんはよく練習に付き合ってくれた。兄さんに向かってボールを蹴ると、どんなボールでも驚くほど綺麗にパスしてくれた。俊足でサッカーの素質だって充分あった。運動神経は抜群だったのに……兄さんは一度も運動部には入らなかった。広樹兄さんもだ。  今なら分かる。  オレの家は母子家庭で子供三人……余裕がなかったのに、オレが好き放題出来た理由が。  広樹兄さん、瑞樹兄さん……ごめんな。  そして、オレに託してくれてありがとう! 「パパぁ……パパとサッカーできて、うれちいなぁ」  いっくんの声に涙ぐむ。  兄さんたちが託したくれたもの、今度はオレが伝えていくよ。  ちゃんと伝えていく。  絶対に無駄にしないから――    

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