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心をこめて 19
「芽生くんの容体は?」
「あ……」
丈さんの声に宗吾さんは長椅子から立ち上がったものの、言葉が続かなかった。
不安がる芽生くんを処置室に送り出して、まだ呆然としているようだ。
今まで……こんなに動揺する宗吾さんは、見たことがない。
とにかく、今は僕がしっかりしないと。
「丈さん、いえ、丈先生、ありがとうございました。こんな早朝に駆けつけて下さるなんて」
「いや、芽生くんはもう親戚のような存在だから、私に出来る限りのことはしてやりたくて居ても立ってもいられなかったんだ。それで……やはり川崎病だったか」
やはり丈さんには分かっていたのだ。
だから真夜中にも関わらず、小児科医のいる病院を紹介してくれたのだ。
「ここにいないということは……もう処置室に入ったようだね。様子を見てくるよ」
「お願いします。とても不安なんです。ひとりで怖がってないか」
「そうだ、あの子は注射が苦手だったな」
「どうして……それを知って?」
「キャンプで病院のことを、色々喋ったんだよ」
「そうだったのですか。芽生くん、丈さんの姿を見たらホッとするかもしれません」
「丈、頼む。お前なら出来る」
洋くんは丈さんの手を取って、祈るようなポーズを取った。
「洋……」
「瑞樹くんにとって芽生くんは、本当に大事な存在だから」
「分かっているよ。芽生くんは瑞樹くんと宗吾さんにとって『幸せな存在』なのだろう?」
『幸せな存在』という言葉に、はっと顔をあげた。
その通りだ。芽生くんは僕にとって……それ以外の何者でもないよ。
「流石、丈だな。本当にお前は頼りになるよ」
「洋はここで瑞樹くんたちのフォローを」
「あぁ任せておけ」
丈さんが来た道を颯爽と戻っていく。
医師の丈さん。
あなたの凜々しさ、逞しさ、頼もしさ。
全てが身に染みます。
「本当にありがとうございます。芽生くんをどうか……どうか宜しくお願いします」
去って行く背中に一礼すると、サッと右手をあげて応えてくれた。
丈さんの姿が見えなくなると、洋くんが僕をふわりと抱きしめてくれた。
「瑞樹くん、頑張ったね。本当に大変だったね。驚いただろう。そんな中、俺たちを頼ってくれてありがとう。少しは役に立てたのならいいが」
「洋くん……僕はどうしても胸騒ぎがして……真夜中に電話してしまったんだ」
「あぁ、その違和感を放置しなくて良かったよ。ところで、宗吾さん……落ち込んでいるようだね」
「あ……」
宗吾さんは僕たちの会話には加わらず、落ち込んだ表情を浮かべたままだった。
額に手をあてがっくりと項垂れている。
芽生くんの父親としての責任、後悔……
ひしひしと感じる、伝わってくる。
「だが宗吾さんの傍には瑞樹くんがいる。だから大丈夫だ。瑞樹くん、頑張れ」
洋くんは、こんなに逞しい人だったろうか。
どこか……儚げで消えてしまいそうな面もまだあったのに。
「洋くん、君は逞しくなったね」
「そうかな? 丈の診療所を手伝うようになったからかな」
「心強い言葉をありがとう」
「洋くん……言葉ってすごいよね。人を攻撃する時もあるが、守ることも、励ますことも、奮い立たせることも出来る」
「洋くんの言葉が、今の僕を奮い立たせてくれたよ」
今、一番辛いのは芽生くんだ。
それを第一に、宗吾さんと心を合わせて乗り越えたい。
「宗吾さん、処置室の近くまで行きましょう。入れなくても、せめて傍に」
「あ……あぁ、そうだな……芽生……」
宗吾さんがようやく顔をあげてくれた。
****
ボク、どこにつれていかれるの?
やだっ、こわいっ!
ここには、白いおようふくのひとばかりだよ。
パパぁ、おにいちゃん……
どこぉ?
「えっと、滝沢芽生くん、今から大切な点滴をするから、じっとしていてね」
腕をつかまれたよ。
「や……こわいっ」
「ああっ、動くと針がずれちゃって、もっと痛くなるわよ」
「……もっといたいの? いや、いや……こわい!」
ボク……ちゅうしゃがこわいんだ。
いつもお兄ちゃんがいてくれるのに。
「じっとして! もっと小さい子でもがんばっているんだから。ねっ、がんばろう!」
「……うっ、ぐすっ」
やさしくしてもらっているのに、こわくて、目からボロボロ涙が出ちゃうよ。
だって……ここしらないひとばかり!
「君、ちょっといいかな?」
「あ、先生!」
この声!
知っている! 知っているよ!
****
「パパぁ、パパぁ、おきてぇ」
「ん……もう朝か」
いっくんがオレの布団に乗って、可愛い声を出している。
「どうした?」
「あのね、いっくんね。しゅごーいゆめみちゃった」
「いい夢だったんだな」
いっくんが天使のように笑っているので、そう思った。
「うん! とっても」
「どんな夢だった?」
「あのね、めーくんがねぇ、しゅごーくおおきくなっていたよ」
「うん? 将来の夢かな?」
「いっくんも、せがのびていた!」
「そうかそうか、で、なにをしていたんだ?」
いっくがほっぺたに手をあてて小首を傾げる。
「えっとね、えっとね、おもいだちた! めーくんとサッカーしてたぁ」
「そうかそうか」
よほどもらったサッカーボールが嬉しかったんだな。
夢に見るほど。
「いつか、ぜったいに、かなうよ」
天使のようないっくんがそう言えば、絶対に叶うと思える。
「あぁ、いつかパパも見たいな」
「パパもいつもいるよ。いっくんのだーいしゅきなパパだもん」
「……いっくん」
大きくなっても、ずっと傍にいるよ。
いっくんとオレは親子だもんな。
「パパぁ、いっくんね、きょうもおんもでサッカーしたいなぁ」
「そうだな! 4歳になったいっくんとパパも遊びたいよ」
「いっくん、もう、4しゃいだね」
「そうだ、もう、ずっとパパといっしょだぞ」
「わぁぁ……うれちいなぁ」
今日もいっくんの幸せな笑顔から始まる1日だ。
兄さんの芽生坊のように、いっくんはオレの幸せな存在だ!
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