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心をこめて 21

 じょう先生が、ボクの頭を優しく頭をなでてくれたよ。 「まだ熱も高いし辛いよな。今、芽生くんは病気と闘っている最中なんだよ」 「そうなんだ……」 「大丈夫だ。日に日に良くなるから、信じて。君は必ず良くなる」  コクンと、うなずいたよ。  ボク、お兄ちゃんのキシさんになるって、ヤクソクしたもん。  「おっと……そろそろ私は行かないといけない」 「え……行っちゃうの?」 「病院の先生をしているから、患者さんが待っているからな」  そっか……じょう先生、いそがしいのにわざわざ、きてくれたんだ。  先生のおかげで、こわかった気持ち、なくなったよ。 「さぁ、少し眠るといい。次に目が覚めたら、お父さんと瑞樹くんに会えるよ」 「ほ……ほんとに?」 「あぁ、約束しよう。だから芽生くん、頑張れ!『明けない夜はない』という言葉を忘れないでくれ」 「あけないよるはないって……?」 「悪いことは続かないという意味だ。つまり……夜が来れば必ず朝が来るように、今の状況がどんなに悪くても良くなる時が必ずるんだよ。私はそれを身をもって感じてきた」  じょう先生の言葉は、ボクには少しむずしかったけれどもね、なんとなくわかったよ。  ボクね、ようちえんから帰ってきたら、とつぜんママがいなくなっていて、びっくりしたよ。  みんなにはママがいるのに、ボクのママは……ボクをおいていなくなっちゃったよって、かなしかったんだ。  ボクだけでなく、パパもかなしそうだった。  だからね、パパとがんばろうって、おもったの。  『がんばったらね、きっといいことある』って、おばあちゃんがおしえてくれたんだ。  そうしたらね、お兄ちゃんを原っぱで見つけたんだ!  パパもボクもお兄ちゃんと出会ってから、ほんとうにしあわせになったよ。 「そうだ、楽しいことを考えてゆっくり目を閉じてごらん。いい夢を見られるよ」 「……はぁい」 「眠るまで傍にいるから、安心してお休み」  本当はね……体はまだ熱っぽくてだるいし、針がささっているうでを見るのもこわいよ。  でもね、じょう先生の言葉はとってもとってもほっとするよ。   ****  待合室で待っていると、再び丈さんが出てきた。 「芽生はどうです? 点滴は無事に出来たんですか」 「あぁ、落ち着いたよ。少し眠たかったのもあるのだろう。今は眠っている」 「そうですか。点滴も無事に出来て……眠れて良かった」  芽生、可哀想に。  ほとんど眠れてなかったもんな。  俺がかわってやりたいよ。 「私から今後のことを説明してもいいか」 「あぁ、是非」  俺と瑞樹は打ち合わせコーナーで、『川崎病』について詳しい説明を受けることになった。 「少し専門的な話になるが、川崎病の重大な後遺症、冠動脈瘤の発症を防ぐためには、発症から7日以内に薬物治療で血管の炎症を抑えることが大切なんだ。だから芽生くんは早い段階で治療を受けられて、本当に良かったな」  冠動脈に瘤が出来てしまうなんて、恐ろしい。  ブルッと体が震えてしまった。   「丈さんのおかげだ。夜間に相談にのってくれて感謝している。俺なんて午後診療でいいんじゃないかって軽く考えてしまって……本当に情けない父親だ」  あの時の判断を、とても後悔している。  だから……ついぼやいてしまった。   「宗吾はそう自分を責めるな。それにもう一度医師にみせようという判断は正解だ。今は目の前の現実に集中しないと、宗吾は芽生くんの父親だろう」 「ありがとう。そうするよ」 そうだ、俺は芽生の父親だ。 「芽生くんを引き受け、瑞樹くんと協力してここまで、あんなにいい子に、健康に育ててきたんだ。虫歯ひとつない真っ白な歯をみれば、どんなに丁寧に大切に育ててきたか分かるものだ」 「……あ、ありがとう」  白い歯まで誉められるのは、初めてだ。同時に、俺は芽生の父親だという気持ちがまた一層強くなった。   「ここからが肝心で、川崎病は免疫グロブリンの点滴とアスピリンという薬の併用で冠動脈瘤の発症を大幅に減らせる。今まさに芽生くんが受けている免疫グロブリンは点滴用の血液製剤で、全身の炎症を抑える効果が実証済みだ。ただ12-24時間かけてゆっくり点滴で注入するので、経過観察も含めると10日以上の入院治療が必要になるだろう。その間、仕事は大丈夫そうか」  10日も入院? いや、芽生のためなら絶対に何とかする。 「あぁ、俺がなんとかしてみせる」 「……宗吾、少し肩の力を抜け。私もそういう時期があったから気持ちも分かるが……あまり一人で抱えすぎるな。周りを頼っていいんだ。私もまた休診日に様子をみにくるよ」 「ありがとう」    それから安全性の高い治療法だが、まれにアレルギーや血圧低下などの副作用が現れることがあるので、点滴注入中は、誰かが付き添うように言われた。   「治療が効けば数日以内に熱は下がって症状も治まり、冠動脈瘤が出来るのを予防す出来る。ただこの治療法で効果がみられないケースが15~20%あるので……まずは今の治療がしっかり効くように祈ってくれ」 「分かった」  真剣な顔で瑞樹は言われたことを丁寧にメモしていた。 「じゃあ、私と洋は、そろそろ戻るよ。診療の時間があるので」 「ありがとう! 本当にありがとう」 「元気になったら、また皆で集まろう。私もだいぶ子供と接するのが上手くなった気がする。今日は芽生くんを寝かしつけられたしな」  丈が、少しくだけた口調になった。  俺たちが気負い過ぎないように、リラックスさせようとしてくれているのだ。 「そういえば、丈と子供ってあまりピンとこなかったが……」 「まぁな、それは認める」 「俺たち、なんだか……ますます絆が深くなった」 「あぁ、全ては縁があってのことだ。この世で出会い繋がった人は、だから大切にしたい」 「本当にそう思う」  丈と俺、瑞樹と俺。    出会い、繋がり、今がある。 「宗吾さん、人の縁って不思議ですね。僕たち……こんなに助けてもらえて幸せですね」  瑞樹が涙ぐんだので、その肩を支えてやった。 「あぁ、その通りだ。困難な中にも幸せを見いだせる君と過ごせて……俺は幸せだ……瑞樹、傍にいてくれて、ありがとう」  

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