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心をこめて 28

 大沼の実家に瑞樹がコールすると、その声が濡れていたことに、お母さんはすぐに気付いてくれた。  流石、育ての母だ。  瑞樹をちゃんと見てくれているんだな。 「助けて欲しい」と瑞樹が声を振り絞ると、話はトントン拍子に進み、明日には上京してくれることになった。 「宗吾さん、明日、大沼の母が来てくれるそうです。飛んで来てくれると言ってくれました!」    電話を切り、感極まった顔で振り向いた瑞樹を、俺は深く抱きしめた。  ありったけの感謝の気持ちを込めて。 「俺は今日、君に何度も何度も救われているよ、ありがとう」 「宗吾さん、僕は……こんなに素直に助けを求めたのは初めてです。今までどこか遠慮してしまい、何も言い出せなかったんです。一体何をしていたのかな? ずっと、大切なものを見落としていた気がして……」  悔しそうに胸を叩く手を、そっと制してやった。 「瑞樹、今、出来ているのだから悔しがるな。出来たことを素直に喜べ」 「そうですね。宗吾さんといると前向きになれます」 「さぁ明日からのローテーションを考えよう! 忙しくなるぞ」 「はい」  今度は俺の母に電話をして大沼から助っ人が来ることを告げ、面会のスケジュールを調整をした。そして瑞樹と仕事のスケジュールを共有し、夜には芽生に会いに行くことを、お互い誓った。 「僕は朝早く出社して作業すれば、残業をせずに済むかも。リーダーに早速相談してみます」 「あぁ、俺も工夫するよ」  ただ、その晩はどうしたって寝付けなかった。 「瑞樹、まだ起きているのか」 「はい、眠れなくて……芽生くんがこの家にいないのが寂しくて」 「俺もだよ。いつもいるのが当たり前だったからな」 「一番寂しいのは芽生くんですよね。朝までぐっすりと眠れるといいですね」 「帰り際、ぬいぐるみにしがみついていたな」 「とても、あどけなかったです。もう8歳ですが、まだたった8歳なんですよね」 「あぁ」  俺たちは布団の中で、どちらからともなく手を握り合った。 「手を繋いで寝よう」 「はい、僕たちまで、はぐれないように」 「夢の中で芽生を見つけ、暗闇から守ってやろう」 「はい、僕も一緒にいきます」  しみじみと……瑞樹と家族の絆を感じる夜だった。 ****  いつの間にか、朝がやってきた。  眠れたのか、それとも……ただ目を瞑っていただけなのか。  ぼんやりと目を開けると、宗吾さんも起きていた。 「瑞樹、おはよう」 「おはようございます。宗吾さん、そして芽生くん」 「あぁ、芽生、おはよう! 俺たちの声が聞こえるか」  ここにいなくても、声をかけてあげたかった。  病院でひとりぼっちで目を覚ました芽生くんを思うと切なくて。 「瑞樹は眠れなかったのか。目が赤いぞ?」 「分かりません。気が昂ぶって……あの、早速今日から、いつもより早く出社しても?」 「あぁ、俺もそうするよ」  黙々と家事をこなし、1時間以上早く家を出た。  会社に着くとフロアにはまだ誰も来ていなかったが、僕の机には休んでいた分の仕事が山積みになっていた。 「よし! パパッと片付けよう!」  夜になったら芽生くんに会える。  そのことを励みに集中した。  ふと珈琲の香りが立ちこめたので顔をあげると、菅野が心配そうに立っていた。 「葉山、どうした?」 「え……」 「顔が怖いぞ」 「あ……ごめん。集中していた」 「芽生坊、大変なんだな」 「あ……聞いて?」  菅野が珈琲を勧めてくれる。 「リーダーから内々にな。サポートしてやれって。あ、ミルク入れといた。胃に優しい方がいいだろ?」 「ありがとう。美味しい」 「本当は今すぐ病院に駆けつけたいよな」 「うん……でも面会は13時からだし、今日からは納期のある仕事が入っているので、そんなわけにはいかないよ」 「俺に出来ることがあったら言ってくれ。サポートさせてくれ」 「ありがとう」  同期で親友の優しい言葉が身に沁みた。 「夜にはどうしても芽生くんの元に駆けつけたいから、残業は回避したいんだ。その分、早朝しっかり働くよ」 「よし、夜のフォローは俺に任せろ」 「菅野、ありがとう」 「困った時はお互い様だ」 「うん」 「瑞樹ちゃん、ファイトだ!」  菅野の笑顔に、元気をもらった。 「芽生くんに新鮮な笑顔を届けられるように、頑張るよ」 **** 「勇大さん、待って! チケットは二人分よ」 「あのさ、俺も行っていいのか」 「当たり前じゃない。芽生くんはあなたに懐いているし、こういう時は人手は多い方がいいのよ」 「分かった。じゃあすぐに準備してくるよ」  翌日、朝便で旅立つために空港に行くと、広樹が走ってきた。  昨日、東京に行く連絡をしたからね。  芽生くんの入院も、伝えたし。 「母さん、間に合って良かったよ。これ、持っていってくれ」 「まぁ、可愛いアレンジね!」 「お見舞い用にコンパクトに作ってみたんだ」  黄色とオレンジのガーベラがバスケットに入った、アレンジメントだった。 「きっと喜ぶわ。病院は殺風景だものね」 「あの頃の病室には、いつも花があったよ」 「……花は安らぐから」 「それから……これも良かったら」 「まぁ、あなた、こんなのまだ取っていたの?」  それは大昔のボードゲームだった。もう箱はボロボロでテープで補強してあった。  広樹にいつかのクリスマスに買ってあげたもので、よく瑞樹と遊んでいたわね。うちにはテレビゲームを買ってあげる余裕がはかったから、遊べるおもちゃは限られていた。 「へぇ、広樹、これ懐かしいな。俺もやったよ」 「お父さんも?」 「あぁ大樹さんとね。今時の子供には、かえって楽しいんじゃないかな?」 「そうね、芽生くんも熱が下がったら退屈するでしょうし、一緒に遊べるといいわね」 「そう思って……今すぐは無理だろうけど、良くなってきたら」 「ありがとう。広樹の気持ち、届けてくるわね」  広樹は鼻の頭を赤くして、照れ臭そうに笑っていた。 「じゃあ、行ってくるわね」 「あ、あのさ……瑞樹にも無理すんなって伝えてくれよ」 「えぇ、分かったわ」 「母さん……瑞樹に会ったら、これを渡してくれ」  広樹が照れ臭そうに、私の鞄に突っ込んだのは、ころんとまるい形のハーバリウムだった。 「ええっと……四つ葉のクローバーと白つめ草、それから黄色い野の花も入れてみた」 「ピクニックの景色ね」 「あぁ、元気が出るかなと思って……滝沢ファミリーのイメージさ!」 「優しいお兄さんだわ」 「可愛い弟だからさ」  飛行機は、白い翼を大空一杯に広げて勢いよく飛びだった。  可愛い息子と孫が待っているから、お願いね。 **** 「芽生くん、検査、よく、がんばったわね」 「う……ん」 「あっ、もうすぐ13時よ。きっとすぐにおばあちゃんが来てくれるわよ」 「……そうだと……いいなぁ」  早く会いたいよ。    パパ、お兄ちゃん、おばあちゃん。  ボクのかぞくに、あいたいよ。  はやく、はやくきてね。          

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